温泉調査(1)
突然だが、イーディスの誕生日は初冬である。
双大陸暦11月16日──つまり三日後。
たまには休暇でも取ってはどうかと皆が気遣ってくれたので、思い切って島の総意に甘えてみることにした。
で。
皆が用意してくれた休暇に、もと姫騎士が何をしようとしているかというと……。
「よいしょーっ!」
小さな爆発音が、温暖な原生林に響き渡った。
気合いを載せたもと姫騎士の一撃が、巨大な単細胞生物を消し飛ばす。
『グラシェ・デパート』に務める仕立て屋のテオが最近になって魔法の衣服の製作にハマっており、新開発の製品のテストを引き受けることになった。
いまイーディスが身に着けている緑色のローブ、仮称『大地の衣』がその第一号だ。
「ゴキゲンだね、お姉ちゃん」
「うん! 全然疲れないよ。ルーチェは?」
「問題なし。魔力が安定してるのが自分でも分かるよ──テオさんってすごいんだね」
上機嫌のルーチェは同じくテオが開発した子ども用ジャケットの裾を翻す。
着用する者の魔力を少しずつ蓄積する人工皮革で形成されており、おしゃれなデザインでありつつ魔力の暴走を抑える役目をきちんと果たしてくれる優れものだ。
「あなた達のことをイメージしながら作ってみたんだけど、ぶっちゃけ需要あんのかしらね」などと謙遜したような手紙が添えられていたが、少なくとも『邪眼』を持つ者達にとっては理想的なおしゃれ着の一つになるに違いないとルーチェは確信している。
疲れたらいつでも言ってね、などと言いながら、イーディスはまたも大きな魔物を撃破した。
ルーチェにとっては見慣れた光景だが、わざわざ休暇の用意を整えてくれた他の開拓者が見たら呆れてしまうかもしれない。
趣味と実益を兼ねた『休暇』の過ごし方として、イーディスは火山の麓の温泉地帯を調査したいと言いだしたのだ。
南大陸地底の『水晶の塔』を調査する任務が終わった時の為に。
アリス=クルーガー以下"スキル・コレクター"が──長い休息から目覚めるはずのスィルヴァ殿下がこの島にやって来た時の為に、温泉施設も経ててしまいたい、という思惑でいるようだ。
私的な志に基づく冒険を『休息』と解釈するあたりが何ともイーディスらしく、ルーチェも双子の魔導師たちも、異論反論を少しも挟まなかった。
「ねぇー、お姉ちゃん! これホントに休みになってんの~~!?」
異形の大木に駆け登って巨大な鳥を迎撃しようとしている義姉に向けて、大声で尋ねてみた。
「なってるなってるぅ! "わたし強えええええ!!" って感じ! これよこれ、一回でいいからやってみたかったんだよねぇぇ! ひゃっほー!!」
などと意味の分からない叫びを上げながら、イーディスが魔法の大弓を力いっぱいに引く。
ニティカとレメディの強力な弱体化魔法を受けた鳥は狙撃を回避する事が出来ず、一撃で叩き落とされることになってしまった。
「まったく、本当に嵐みたいな人ね……」
「チートもいいとこだお。もう補助魔法なんかいらない、とか言わないのがまたかっこいいんだなー」
敵意あるものの身体能力を大幅に引き下げ、味方するものの能力に変える。便利すぎるオリジナル魔法を行使していた双子の魔導師が、肩をすくめながら一方的な戦いから戻って来た。
さっそく獲物を捌いているらしい最強の騎士と合流した魔導師たちは、内部の空間を魔力で拡大できる魔法のテントを用意した。
『スターゲイザー』の燃料を使って火を起こし、獲物の肉に次々と熱を通してゆく。
一口大に切って焼いた鳥のもも肉(右脚)は噛み締めるたびに濃い味がにじみ出て、いくつ食べても食べ飽きない。
持って来た小鍋でさっとゆでて特製ドレッシングをたっぷりとかけた胸肉は実にしっとりとしていて、ぱさついた同じ部位の食感しか知らなかったレメディを釘付けにした。
ニティカは手羽先と手羽中と手羽元の食べ比べに夢中になったし、イーディスとルーチェは骨付きで焼いた左脚のもも肉を分け合っておいしく頂いた。
先ほどから現れる巨大な魔物といい巨大生物といい、まるっきり別の世界に入り込んでしまったかのように豊かな生態系が、この原生林には存在しているようだ。
2021/3/5更新。
2021/3/7更新。
2021/4/1更新。




