楽園に水を(5)
「でもちょっと待ってぇな、爆破してもーたら島も沈んでまうやん!?」
親愛なる生徒の手を握ったまま、ステラが反論する。
掴みかからんばかりの勢いだ。やはり感情豊かな女性である。
「ご心配には及びません、魔導師殿。上層部には爆破すると伝えましたが、その必要はないだろうと私は考えています。異なる世界から来る者は、行く先の世界に迷惑を及ぼしてはならない。教官から、きちんと教育を受けております」
カズマはイーディス達の開拓の様子や、彼女達が艦の内部まで至る様を見ていたとも言う。
「あなた方はとても優れた開拓者であり、はるか遠い異世界の人間である私たちにとっても、須らく好意的に接する事が出来るだろう方々だ。本艦を新たな部材として開拓に活かしてもらえればいいと言う結論を、乗員の間ですでに得ている」
それに、と青年が言葉を切った。
「余った部品を集めただけの兵器でしたが、アルム03には私も愛着があった。幼い日に読んで憧れた騎士たちの物語に倣って造ったものだった。優しい処遇を頂けたことを非常にうれしく思います」
話し疲れた、と苦笑して、カズマは陶器の湯飲みで茶を喫する。
チェルシーが常に携帯しているらしい魚の干物を差し出した。
「これは僥倖、ありがとう美しいお嬢さん」
「おれ、男です」
「おおっと……これまた失礼をば。いやぁ、一番に口説こうとしなくてよかったですよ」
軽薄な冗談で一座を笑わせたカズマは、艦内放送で乗員に休息を呼びかけた。
──。
異世界の決戦兵器『スターゲイザー級三番艦』は開拓者たちの手によって丁寧に解体された。
戦艦の主砲を含む物騒な重火器・兵器群は性能や形状が調整され、アルム03の非常用装備品として再生産されることになった。
床や装甲の頑丈きわまる素材を用いて島の東側に金属製品の加工場を造ろうと決まり、生粋の金属オタクでもあるレメディを中心として具体的な構想が進められることとなった。
そして開拓者たちは総出で水道局の建設と上下水道の整備にとりかかった。
異世界の戦艦に水を与えていた長大な帯水層から地下水道を繋いで、地上の人工河川に水を循環させる仕組みを整えた。
数日をかける大工事を経て完成した楽園島の新たな河川に水を流した日が、島の新しい祝日になった。
機を同じくして、もと部下のエニシ=W=クズミ中尉と挙式したカズマ少佐は、南大陸を周遊する新婚旅行へと出かけて行った。
季節はいつの間にか初冬に入っており、『銀の樹の迷宮』の調査が終了した。
地底の空洞には地下水を貯める予定だったが、それを変更して迷宮そのものをジェダに移設してもらった。
ちょうどいいアトラクションになり、制覇した者らのためにもなるだろうと──これはニティカが彼女に似つかわしくないほど強く主張して実現した。
実際、迷宮の試練に打ち勝った者達が新たな資源や能力を持ち帰ったことで、開拓は更なる加速を見せている。
「ものすごいスピードで進むね……これでいいのかな」
「良いと思うよ。何も問題ないとつまんない?」
「う……ま、まぁ否定しにくいかな」
とりあえず問題としてイーディスの頭に浮かんだのは。
「わたし等の甘い休息時間の様子も『スターゲイザー』の人達に見られちゃってたかも知んないってことは、思いつかない?」
ルーチェが息をのむ。
急に顔を真っ赤にして、
「なっ……ないでしょ! ないよねぇ!? だってこれは……そのっ、完ッッ全にプライベートじゃん!? 見られてるとかないって、あり得ないって!!」
早口で一気にまくし立てた。
イーディスはニマニマしながら、愛する義妹の慌てぶりを見守った。
答えは得ているんである。
そう──開拓の様子はともかく、見せたくない部分までをも覗かれていたなどはあり得ない。
カズマ達はこの世界に赴く際、住人にいかなる悪意も向けず、迷惑をかけないと厳重に宣誓を行っていたのだから。
彼らは軍人だったのだ。誓いを破るはずがない。
「嘘うそ冗談、そんなのあり得ないって」
「……もーーっ、やっぱりぃ! びっくりさせないでよぉ」
「へへーん。こないだのびっくり箱のお返しだよ~だ!」
イーディスは腕力に物を言わせて、まだ赤面しているルーチェを抱き寄せた。
2021/3/4更新。




