楽園に水を(1)
海釣りを楽しみながら北へと向かう海路は快適そのものだった。
ルーチェが召喚した海の魔物に道案内をさせ、発見されていない航路を順調にたどって、南北の大陸を隔てる大海の中央付近にまでたどり着いた。
旅の最初に戦った捻くれクジラに会おうと思いつき、船を用意した迄は良かったが、イーディスときたら、どうやって海底の城まで行くのかのアテを持たずに来てしまった。
「結局ルーチェに頼っちゃってるなぁー」
「考えすぎて動けなくなるよりはいいと思うよ。あいつは食欲の塊だから、たぶん……」
ルーチェはデボリエから譲られた杖を海に放り投げた。
杖が空中に浮きあがって強い魔力を発し、小さな渦潮を巻き起こす。
その渦潮の下から巨大な魔物が現れ、大ジャンプして杖に喰らいついた。
──んがっ、堅てぇぇ……何だぁこりゃあ!?
捻くれたクジラみたいな見かけの魔物は文句を言って杖を吐き出す。
本当に、魔力があれば何にでも食いつく奴だ。
「久しぶり。あれから人を襲ったりしてないでしょうね」
──あー、あん時の乱暴な小娘かぁぁ。また槍で頭ァ突かれちゃ堪んねぇぇからなぁぁ、一回も襲ってねぇよぉ
「乱暴な、は余計よ。いきなりだけど相談していい? ちょっと問題があってさ」
──そりゃァ構わんけどよぉぉ。アンタも何かくれよなぁ、アンタに関わると損しかない気がするぜ、おれ
ぶぅぅ、と不満そうに鼻息を吹き出した魔物に、イーディスは懸案事項を手短に説明した。
「……ってわけで、何かいい方法はないかなと思って。あんた色々知ってそうだしさ」
──なんだぁ、そんなぁことかぁぁ。その島のぉ周りの海はぁぁ、どのくれぇー深けぇんだぁ?
「浅くはないと思うんだけど」
──そんならぁ、海底をよく調べてみなぁぁ。人間も飲める水が流れてるだろうぜぇ。おれも、そうやって水を確保してるからよぉぉ
「そうなんだ。助かったよ、ありがとう。子ども達は元気?」
──ああ、皆元気にしてらぁな。毎日魚尽くしですっかりグルメ三昧よぉ。経費の方が高くつくぜぇぇ
魔物はまた、不満そうに鼻息を吹き出した。
集めた『邪眼』の子ども達には意外と優しく接していて、意外と好かれているのかも知れない。悪い気はしていないようだ。
──怪しいもんだとは思ってんだけどよぉぉ。魔物ってよぉ、なんか他の種族に転生できるらしいじゃねぇかぁ。詳しく知りてーんだけどよぉ。あんたら情報持ってねぇかぁ?
捻くれたクジラみたいな魔物は暫く考えた後、慎重に言葉を発した。
イーディスは四番目の姉ネージュの話を思い出す。
魔物の研究と創造に深く傾倒している彼女の夫は、同じく長年に渡って魔物を研究し続けて来た古い魔導師(表向きは普通の青年)である。
義兄に当たるその人物の仮説を信用するならば。
魔物とは、次の再生と転生を待つあらゆる生命の魂の集合体であると言う。
世界に満ちる魔力によって現れ続ける魔物の肉体を破壊することは彼らの手助けをすることに他ならない、とする義兄の仮説は非常に新しいものであり、今のところ誰のどのような評価も得る事が出来ていない──ただ一人、ローゼンハイム公国第四公女を除いては。
──有益な情報だったぜぇぇ。アンタと関わって初めて得した気分だぁ
「そう、よかった。カネ払えとか言われたらどうしようかと思ったわ、今すっからかんでさぁ」
──ぐぉわはははは! すっからかんかぁぁ! カネと言やぁ……あの金髪の嬢ちゃんは元気かよぉぉ?
「呼んだ?」
ひょこりと顔を出す機を計っていたルーチェが、義姉の後ろから姿を見せた。
──おおぉ、随分かわいくなってんじゃねぇかぁぁ。おれン所に来るより良かったかもなぁぁ
「そう思う。……あの時はありがとね、詳しく聞いたよ」
──おれァ腹が減ってただけだぁぁ。けど、悪い気はしないわなぁぁ
陽気に言った魔物は、まあ頑張れやと大声を発して、イーディス達にくるりと背を向ける。
大きな波しぶきを立てて水面を割り、いつかと同じように猛然と泳ぎ去って行った。
2021/3/2更新。




