銀の樹の迷宮(4)
「此方はシエル姫様のお力により、幸運にも正しき心を得ました。そして騎士となり、ご恩返しを果たす機を望みました──ハイネ様もシエル様も、お人形やぬいぐるみ達を一度としてお捨てになりませんでしたゆえに」
懐かしそうな護衛騎士の言葉に、ハイネはじっくりと耳を傾ける。
「修行の旅に出てすぐ、大魔導師を名乗る者に出会いました。ぬいぐるみの身体では騎士になるのは難しいだろうと大いに笑われましたが──此方が聞き入れぬのを見て、存分に戦い修行する場を提供してくれました」
大好きだったぬいぐるみの騎士に向ける義姉の視線はとても優しく、表情もとても無邪気だ。
あの四人が心酔するわけだ、とイーディスも内心で納得することしきりである。
「此方は大魔導師の業によって、人の身を手に入れるに至りました。我が最後のあるじ──かの大魔導師が子セシル様も、此方の勝手をお許し下さった。こちらでお二人をお待ちするようご命令を賜った次第」
ランスロットの身体が魔力に包まれる。
次の瞬間、イーディス達の眼前には、可憐な姿の騎士が跪いていた。
「いざ報恩の時──如何様にも御命令ください。ハイネリルク様、イーディス様」
馬の尾のように結んだ明るい金髪、つぶらな茶色の瞳。
首には真っ赤なスカーフを巻き、それで口許を隠している。
灰色のローブで覆った全身は小柄ながら出るべきところは出ていて、シエルが羨ましがるだろうなー、などと余計なことまで考えてしまう。
ランスロットの小さな大冒険はデボリエあたりが画策した出来事かと考えて確かめてみたが、騎士は静かに首を横に振った。
「かの者の名を決して明かさぬことが『条件』であると厳命されておりますゆえ。申し訳ございません、イーディス様」
というわけで詳細は一切分かりかねるが……どうやら彼らの他にも遊び好きな大魔導師が存在しているようだ。
彼/彼女にとっては、可愛らしいクマのぬいぐるみだったランスロットに人間の身体を与えて、騎士たる力を得るために助力するなどは容易い所業だったに違いない。
そして今ランスロットは、望んだとおりの姿でかつての主の前に跪き、その言葉を待っている。
ハイネリルクは静かに頷き、凛と声を発した。
「ランスロット。私はあなたを一度、手放した人間です。私の命令に従う必要はありません。自由にお生きなさい。その中で君主を見つけるもよし、己の意志のみを理由として道を貫くもまた良し」
「……有り難き幸せに存じます、姫様。しからば叙勲は望まず、我が心の望むままに道を歩むことと致します」
騎士は跪いた姿勢を崩し、悠然と立ち上がった。
スカーフを丁寧に外して一礼し、笑顔を弾けさせる。
「ええ。会えて嬉しいわ、ランスロット。ようこそ自由な世界へっ!」
ハイネは、幼い日の彼女がそうしていたように、眼前の騎士を思い切り抱きしめる。
ランスロットは少しだけ戸惑ったようだったが、抱擁に応えて姫君の背を力強く包んだ。
二人が再会を祝した触れ合いに満足して離れるまで見守っていたイーディスは、帰還を促して同意を受け、滅多に使ったことのない転移魔法を行使した。
普段は歩いた方が早いと考えるところなのだが、もと姫騎士は銀の樹の宮殿の構造を全くと言っていいほど覚えていなかったのである。
異空間を脱出した三人は、仮の住人たちの驚きによって迎えられた。
迷宮を歩いている最中に感覚的にとらえた通り、彼女たちが空中庭園で罠に落ちてから、まだ一時間も経っていなかった。
島の皆はイーディス達が空中庭園を見るついでに、島の東側の更なる開発計画について話し合いでもしているのだろうと思っていたとのこと。
イーディス達が経験した小さな大冒険と試練の地は恰好の冒険の的となった。
空中庭園に仕掛けられた罠についての調べが、開拓と同時進行することを条件として大々的に行われた。
罠の先にある異空間は『試練に打ち勝った者が望みを手にできる、挑む者によって形を変化させる迷宮』であると結論が出て、ジェダの力によって浜辺の洞窟の地下に移し替えられたのは、この日から十日後のことであった。
2021/2/26更新。




