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風使いソフィア(2)

「“おばさん”は“おばさん”でしょう。あなたはずっと変わらず、アタシ達の親代わりだワ。アタシ達……“春風の園”の子ども達が、貴女に敬意を持っていないと思うの?」


『まあ、そうじゃなぁ。そういうことにしておいてやるか』


マリウスという人物が発する“おばさん”という言葉には、確かにソフィアへの尊敬と思慕が込められている。

なんてことは指摘されるまでもなく分かっているだろうから、イーディスには口を挟む隙がない。


そこにあるのは、養い親と養い子の信頼関係だ。

手厚く育てた者と、育てられた者との、絆だ。

欲しても、手にできなかった。諦めていたものだ。


いや──違う。

ローゼンハイム公国最強の姫騎士イーディスは、末姫シエルのための剣であったのだ。盾であったのだ。

誰より近くで彼女のために働いたではないか。妹姫の愛を受けたではないか。姉妹たちの誰よりも、誰よりもだ!


それは生涯で最も誇れる仕事であったのだ。

多くを望むのは誤りである。


故に、眼前の二人の親子関係をうらやむ余地はない。

親子の関係は、親子の数だけ存在するのだから。


「……で、おばさん。そちらは?」

『新たな友、イーディス。変身願望があると言うでな、おぬしに施術を頼みに来た』

「それは嬉しいわねン──お嬢さま、心が大丈夫なら、これを見て」

「大丈夫です。これは?」

渡された厚紙を開く。

事情も心情も全く話す必要がないと知って、もと姫騎士の心は随分と楽になっていた。


マリウスが彼女の問いに答える。

「当マジカル・エステサロンのメニュー表であります、お嬢さま」

「マジカル・エステ……」


イーディスは目を見開いてメニューを確かめた。


『ドキッ!? 皆をトリコにしちゃう、傾国けいこくの美男美女コース!』

『わお! 身体強化魔法のコツと身体の使い方教えちゃいます、剣闘士養成コース!』


などなど、軽薄で煽情的で、たまらなく魅力的な文言が並びまくっている。

その中でイーディスの目を引いたのは、

『キュートで激強ゲキツヨ、美少女勇者も夢じゃない! ギャップ萌え萌え胸キュン大変身コース!』

というコースだった。

「あの……これ、痛かったりします?」

「音やら見かけは派手ですが、それほど痛みが出ないよう工夫しています。ご心配には及びません。そちらになさいますか?」

「はい!」


こうなったらとことんまで楽しんでやろう、という気分が、今はイーディスの心を満たしている。

半分トラウマみたいになっているから、あの敗北は忘れられないだろう。

義妹の策略の一部だったと分かっても、国を追放されたという事実も変わらない。

ならば自分は、義妹が与えてくれた自由を思う存分に楽しむべきだ。


『マリウスよ、代金はわしが持つ。最上の仕事をしてくれ』

「承知いたしました。万事、お任せください」

ソフィアが小切手に金額をさらりと書き込み、かつて養子だった人物に手渡した。


「……ではお嬢さま、さっそく施術台にどうぞ」


言われるがまま、イーディスは目の前の施術台に腰かけた。

上着を脱ぐべきかと思ったが、それはしなくていいと言われた。

国を出る前に買い求め、私服がわりに着ている戦闘服のジャケットの上から、マリウスの手が触れた。ひどく冷たい。血が通っていないのだろうか?


「すごい筋肉ですね。よほど鍛え抜いたと見えます」

「はい、一応……」

「よく頑張りましたね」

「……そんな」

「『大変身』コースをお選びになりました。戦いに用いるには十二分に力強く、また美しい肉体をお持ちのようですが──あなたは今よりもさらに、いわば深窓の令嬢のように、可愛くなりたいのですか?」


「はい。強さと可愛らしさを両立できると、証明して見せたい人がいます。それと……まだ十五歳なのに大人として見られることも多くて」

ためらいながらも口にした言葉は、イーディスにとって、誰にも言えないコンプレックスの一つだった。


それに、己を鍛え上げて手にした肉体を必ずしも必要としなくてよくなった以上、割れた腹筋も力強い肩周りも、女の子としては太い腕や太腿ふとももも──意味のないものに思えてならない。

2020/11/26更新。

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