銀の樹の迷宮(3)
義妹の言葉を聞き届けたか、ハイネがゆっくりと立ち上がった。
「そうね、イーディス。私は愛されてるんだわ──その有り難さや嬉しさを、知ってるもの。少しの間でも忘れてしまうなんて情けない……!」
黒い姿の王が、イーディスのわずかな隙を巧妙に衝いてハイネを容赦なく射撃する。
「ふふっ……あはははっ!」
ハイネの小柄な全身が、青く美しい燐光に覆われた。
暗黒の力となって彼女を撃つはずの多数の矢が溶けてゆく。
黒い姿の王は少しも怯まず、矛を構え直した。
「ええと、……よ~し!」
十一番目の姫君が小さな拳を作って開く。
お呼びですか姫様! と、四人分の声が響いた。
君主を守るように並び立ち、騎士たちが姿を現す。
今にも投槍で君主の敵を撃たんと構える長女、マリー・フルール。
あるじの号令を待ちきれずに影と切り結ぶ次女、ライムツィード。
カッコつかないなぁー、なんてため息つきながら拳銃とクロスボウで援護射撃する三女、ヘイズヴェリ。
眼を閉じて集中力を高め、強い結界を展開する風の魔導師、四女トルナトサージュ。
ハイネの『招集』とも呼べる要求に応じた四人は、君主を守るという共通の目的のもとに義姉妹の誓いを立てた者らである。
「ご命令を、姫様!」
そして、あらぬ角度──天井近くから魔法の弓を放つ義妹、イーディス。
彼女たちが待ちわびた声を、彼女たちの君主がようやく発した。
「かかれぇっ!」
長女の投槍が唸る。命中したと見るや、高く跳躍していた次女が大剣で斬りつけ、激しく攻め立てる。
執念深く第十一公女を撃たんとする無礼なる弓矢は、三女が誇る正確無比な射撃によって撃ち落とされた。
一撃離脱を旨とする三姉妹の戦略的で力強い攻撃を防げず、影が人の形をどんどん失ってゆく。
長大な四肢と凶悪な牙、巨大な体躯を持つ、大型犬の姿が現れた。
「化け物の正体見たりただの犬! 主人公らしく……行けっ、イーディスちゃん!」
トルナトの魔法によって傷を治癒され、強力な身体強化を受けたイーディスは、『成長金属』製の短剣を鞘から引き抜いた。
「だからメタ手法使うんじゃねぇぇっ!」
影が大きく振り上げた腕とイーディスの魔剣が激しく交錯する。
鋭い爪を受けながら魔物の腕を消し飛ばしたもと姫騎士が、息吹でこちらの身を焼かんとする挙動を素早く察知した。
突き刺さったままの投槍を力いっぱい引き抜いて構え、左腕ごと魔物の大口に突き込んだ。
魔法の槍が影の巨体を貫き、引き裂く。
身体を八つ裂きにされてなお凝集しようとする影の破片を、再び四姉妹が存分に打撃する。
ハイネリルクが自ら護身用の短剣を投げつけるまで、漆黒の魔物との戦いが続いた。
──。
黒い影が、小さな石を残して消えた。
転移魔法もどうやら使えるようになったらしい。
四人の騎士は姫君を連れ帰りたがったが、ハイネは「まだ森の開拓と植物の調査が残ってるから」と言って、帰りを遅らせるよう頼み込んだ。
義姉妹達は揃って肩をすくめたけれど、仕方ないと言いたげに並んで青い光に包まれ、姿を消した。
「勝ちましたね、義姉様」
「うん。皆のおかげだね。ありがとう、イーディス」
ハイネはゆっくり立ち上がると、部屋の壁面に目を向けた。
魔物が残した石が、ちょうどぴったり固定される台を見つけたのだ。
直感のままに動いた姫の手から石が離れるとともに、壁が音を立てて左右に開いた。
「この冒険は、これで終わりみたいだね」
「すると、あれは報酬ということなのでしょうか?」
そうみたい、と笑ったハイネが近づくだけで、豪華な宝箱が自動的に開いた。
中から首許に大きな縫い跡のある熊のぬいぐるみが飛び出してくる。
おどろく姉妹に軽く右手を挙げ、やたらとハスキーな声を発した。
「お久しゅう御座います、ハイネリルク様。壮健なるご様子、このランスロット心より安堵いたしました」
「ランスロット。あなた、いつの間に話せるようになったの?」
「は。シエル姫様のお傍につく役目を御身より与えられ、それからすぐに」
ランスロットはかつて、ハイネからシエルに譲り渡された。
血の繋がらぬ公女たちの共通の友人であり、また最初の『護衛騎士』であった。
2021/2/25更新。




