開拓(10)
最初は二人だけで使う別荘地にでもしようかと考えていた島だったが、気づけば結構な人数が集まりつつある。
そろそろ本格的な宅地が必要になって来たと考えたイーディスは、厄介なギムレット山脈の探索を後回しにした。
山脈を挟んで反対側──島の西側へと向かうことにしたのだ。
その為にはまず、かつての勇者と魔王の対決の最中にひっくり返された島の森林地帯を整備し直し、通行の便利の良い街道を整備する必要があった。
『鰐顎族』の戦士達が、凶悪そうな武器を大きな鋸や伐採用の斧に持ち替え、イーディスの求めをよく聞き入れて、強力に森の開拓を進めてくれた。
あちこちに事業や案件を抱えて華麗に立ち回るソフィアは、イーディス達の参謀役として様々な取り計らいをしてくれるようになっている。
彼女の提案と資金援助があって、北大陸の農業立国であるグリューンエヴェネン公国から、地質学者や農耕に長けた者を雇い入れた。
彼らに一日遅れで到着した植物学者の一団を率いて来たのは何と……。
「正直、出番はないものと思ってたんだけど」
「いきなりメタ発言をするのはおやめください、お義姉様っ!?」
「そうね、イーディス。私も真面目に取り組むことにするわ」
島の空中庭園を目当てにスケジュールに三連休をねじ込んだ、第十一公女ハイネリルクであった。
「部下や友人には事情を説明してあるけど……問題ないよね?」
「はい。イーディスはなんだかんだで楽しく生きておりますので」
「それならよかった。早速、空中庭園を見てみたいのだけど」
こちらです、と義姉の手を優しく引き、住居と工房を併設した拠点から東へ、広い浜辺を数分ほど歩いた。
ソフィアから売ってもらったボロボロの飛行船をバラし、その動力を使って、日光を遮断しない異世界の構造物で覆った小さな庭園を浮かび上がらせてある。
ハイネは小柄な身体を構造物の扉に滑り込ませるなり、うっとりとため息をついた。
「うーん、いいわねぇ。古代の樹木に熱帯の植物……島の植生を植え替えてあるの?」
「はい。ただ切り開いて木材を得るだけでは、もったいないかなと思いまして」
「お姉ちゃん嬉しくなっちゃうなぁ。もうここに住みたい」
「……なんだかローゼンハイムの王室が大変なことになってません?」
「そんなことないわよ。ただちょっとお義父様が王宮改革とかを始めたくらいで」
シエルを公国の正当な後継者と定めた後も、現公王は彼女の後見として存分に権力をふるい続けているらしい。
それってば結構大変なことなんじゃないだろうか。
「うん、まあね。十四姉妹にも"いる・いらない"の判断をし始めるとは思ってなかったけど」
「ニティカとレメディの件は相談されたんで知ってますが……まさかお義姉様がたを次々と王宮から追い出してるわけじゃないですよね?」
「そこまではないよ。お義母様が留めてくれてる状態だけど」
力強く国をまとめ得る優れた世継ぎが生まれないうちは政略結婚のために養女を拾い集め、国の後継者が決まった途端に、養女達をも排除しようとする。
ローゼンハイム公王は、人の親としては既に腐りきってしまっているようだ。
為政者としてどんなに優れているとしても、それでは片手落ちもいいところである。
「ねーねーイーディス、ハイネってばやらかしちゃったかもしんない!」
「え!? な、何をですかー!?」
「なんかスイッチっぽいの押しちゃったんだけど何なのこれ、なんかヤバい!?」
らしくもなく慌てふためくハイネの足元が陥没する。
イーディスは素早く跳躍して義姉を抱え、浮遊魔法を使って体勢を整える。
「わあい、お姫様だっこだー」
「アンタはお姫様でしょうがっ!」
デボリエが残した魔法にかかって混乱しているらしい義姉をしっかり守りながら、陥没した地面の先の空間へゆっくりと降り立つ。
ぱしゃりと水音がした。
虹色の水が浅く溜まっていて、わずかな風で波立っている。
「ハイネ義姉様、大丈夫ですか」
「うん……。イーディスのおかげだね」
ハイネは小さな荷物入れから数枚の葉っぱを取り出すと、すぐにすり潰して飲み込んだ。
ものすごい辛さで痛覚を刺激し、精神攻撃から立ち直るための薬草だ。
「ぎゃああーっ、辛ぁぁいっっ!」
美しい異空間に細い叫びが響き渡った。
2021/2/23更新。