開拓(9)
「……にゃ。手術、グロかったんでないかい? すまんねぇ」
睡眠魔法から目覚めた半猫族が、ゆっくりと半身を起こしながら謝意を示した。
「大丈夫、腫瘍を切り開いたら、ごく小さな魔物が大量に飛び出して来ただけだから」
「十二分にグロいにゃー!? ああーヤダヤダ!」
イーディスが平然と答えると、ぞわぞわぞわっと全身を震わせた半猫族が激しく首を振った。
「でも、きれいにしてくれたんだな。ありがとな……」
本人が言うところの"バカみたいな威力"の魔法が使えなくなったと思っているのか、少女は少し寂しそうに笑む。
「魔法は使えるよ。これ、腫瘍の中にあったの」
ルーチェが携行していた清潔な水に浸して洗い流した物体を手渡す。
「わわ。黒真珠みてぇだ。すげぇ魔力……これが腫瘍の中にあったにゃ?」
興奮したり油断したりすると、半猫族の訛りが出てくるようだ。
おお、『鰐顎族』と比べて何と可愛らしいことだろう!
取り出した方法は聞かない方がいいと思うけど──という魔導師見習いの忠告に、少女は素直に従った。
訥々と雑談しながら、ソフィアが薬を持ってくるまで待っていた。
聞いたところによれば、二日ほど前にいきなり召喚されて島に来てしまったとのことだ。
山を挟んで反対側から走ってたどり着いたらしいので、未だ遠く離れた地点の様子を聞いてみる。
「麓に温泉があって、川が何本か流れてる。でも川は途中で干上がってて、残りはまるっと何もねぇ荒れ野。ここって一体、どうなってるにゃ?」
「壊れるかどうかギリギリまで追い詰められて、復興して、今は南大陸の一部になってる古い島……を、ある人が魔法で再現したの」
「な、なんか複雑な背景……あんだけ荒れ放題ってことは、壊れてた当時の状況まで再現されてるってことでいいのか?」
「うん、そんな感じ。ホントは資源とか食べ物がいっぱいあって、豊かだったらしいんだ。で、あたし達はその楽園みたいな状態を取り戻すべく開拓者となっているわけよ」
何となくわかった、と言って、半猫族の少女が笑む。
「ウチはリミュ=アって言うにゃ。このでっかい恩義、返さずには置きませんにゃ」
「帰らなくていいの、もとの世界に?」
「ウチは元々、あの世界には要らん人間。国から追放されてどこにも行けなくて、異世界渡航局に駆け込むカネもなかったから、どうしようかと思ってたところだった」
異なる世界でも変わらない、理不尽な事情と寂しい境遇だ。
それなのに、だからこそ、リミュ=アの笑い顔は明るく愛らしい。
イーディスは頷いて、小さな荷物入れから真紅の宝石を取り出した。
「これ、あげる」
イーディス自らとルーチェに使う機会がなかったのが幸いだったが、第九公女リンナから賜った大粒のガーネットには、止血と増血の効用がある特殊な果実の果汁がたっぷりと溜めこまれている。
「おおっ、美味いにゃ!」
熱を浴びても冷気に晒しても鮮度が変わらず、味はたまらないほど甘美。
そのうえ習慣的に飲むと体力が大幅に向上し、吸血鬼とも単独で戦えるようになるとかならないとかいう、大変に魅力的で危険なドーピング剤でもある。
統治能力があまりに高いために基本的に永遠のヒマ人であるアイゼンシルト公国の吸血鬼王が特製、ヴァンパイア・スレイヤー(遊び相手)養成のための七つ道具のひとつだ。
その副作用の説明をしたところ、「大歓迎にゃ!」とはしゃいだ。
「お兄ちゃんたちより強かったら、国を追い出されなかった。リミュは強くなりたかったんだにゃ!」
「軍隊連れて仕返しに行く? おあつらえ向きの戦士もいるっちゃいるけど」
「恩返しの方が大事。あんなのほっとけばいいにゃ、けけけ」
中央の部分が魔法で柔らかく加工されたガーネットには、話す間にも例の果汁が溜まってきている。
リミュ=アは数滴を飲み干して、一息に立ち上がる。
「なり損ない猟兵リミュ=ア、これより恩返しのため、島の開拓をお手伝いいたします!」
こうして異世界の国の猟兵は、復讐よりも島の開拓を選んだ。
単に果実ジュースを飲み続けたいだけなんじゃなかろうか、とイーディスは思ったが……。
黙っておいた方が良いことも、世の中にはたくさんあるんである。
2021/2/23更新。