開拓(7)
いかにも資源や魔物や貴重な植生に溢れていそうな豊かな森を一気に突っ切り、大きな活火山とそれに連なる小高い山のふもとに出た。
当然ながら登山道など整備されていないので、とりあえず登れそうな獣道を探し出し、歩いてみることにした。
途中で『鰐顎族』達が好みそうな獣を仕留めて持ち帰るのが当座の目的だ。
高い山を見りゃあ頂を究めてみたくなる探究心を大人しくさせながら、イーディスは慎重に歩を進める。
デボリエの仕掛けを踏んだら、また奇妙な連中が襲って来るに違いないのである。
ツタを斬り払い、枝を落として進むことしばし。
前方をふさぐかのような影が現れた。
猪だ。
巨体に似合わず素早い突進を斧で受け止め、一気に腕力を爆発させて押し返す。
拳銃を連射して怯ませ、わずかな時間を稼ぎ出した。
背後でルーチェが細長い杖を操っているのが認識できたからだ。
彼女の武器庫から瞬時に呼び出された多数の槍が襲撃し、巨体を仕留めた。
『手早い狩りじゃのぅ』
都合よく飛び出してくれた獲物の為に瞑目して感謝を示したソフィアが、鋭い爪を伸ばした手を無造作に振りかざす。
風がわずかに鳴って、猪の巨体を瞬間的に解体し尽くした。
『時間はないがもう少し狩ろう。やつらは獣を余すところなく食うし、人数も多い』
「はい!」
獣の気配を察しては狩り、荒れた山でも育っていた野生の果樹を収穫した。
睡眠魔法の効き目が切れる直前まで粘って狩りを続けて、充分と思えるほどの獲物を例の洞窟まで持ち帰る。
袋にいっぱいの獲物の臭いを嗅ぎつけたのか、『鰐顎族』はこちらを襲うことなくおとなしく招き入れた。
麻袋から次々と出てくる解体された獣とイーディス達を見比べ、しゃあしゃあと音を発する。
『喜んでおるようじゃ。どれ……』
ソフィアは猪の肩の肉を掴むと、軽く炎であぶる。
兜ごしに見ていた異種族達は火をわずかに恐れたが、洞窟内に立ち込める香ばしい匂いに気をよくしているようだ。
どうやら火を焚き獲物を調理する文化はないらしい。
イーディスは遠慮がちに異種族の輪の中央に進み出ると、刈り取った枝と丸木で小さなやぐらを組み立てた。
ルーチェと二人で肉に鉄の細剣を刺し、やぐらに火をつける。
異種族のうち勇気あるらしい一人が進み出て来た。
鱗状鎧が金色だ。一族の勇者であろうか。
気をつけろと動作で示してから、串の代わりの細剣を持たせる。
火への脅威と食への関心がせめぎ合い、ちょうど良い焼き加減となって結実した。
『鰐顎族』の勇者は兜を取って鰐の頭を晒すと、思い切って猪肉に牙を突き立てた。
噛みちぎり咀嚼すると、彼が喉から機嫌の好さそうな音をさせた。
杯を傾けるような動作をするので、中身が空洞になった丸木を打ち割った杯に、ソフィアから受け取った酒を満たしてやる。
うまそうにがぶがぶ飲み、また肉をかじる。
そして金の鎧の蛮人が、ド派手な声を張り上げた。
一族の歓声を聞きながら、勇者が新しい動作をする。
自らを指差して膝を折ると、片手で武器を持ち、ソフィアの前にわずかに掲げる。
彼なりに半龍人の威容を感じ取っていたようだ。
ソフィアは余裕たっぷりに頷いて見せ、彼の意志を受け取った。
周囲で輪を作っていた集団も勇者と同じ動作をし、ソフィアにかしずいた。
火を使う異種族を従え、美酒を供した彼女こそを雇い主だと認識したのである。
イーディスは義妹と顔を見合わせ、無言で深く息をついた。
銀色の全身装甲を重そうに引きずって来た一人が、猪の毛皮と骨の入った袋を指差して胸を軽く叩く。
よこせ、と言うのだろう。
素直に渡すと、彼はそれを地面に組んだ膝の上にぶちまけて、楽しそうに組み合わせる。
すぐに原始的な太鼓のような楽器を組み立てて、猪の骨を削った棒で叩き始めた。
野生のリズムに合わせて、原初の蜥蜴人族たちが爬虫類の声を奏でる。
手早く狩りをこなした甲斐があったというものだ。
「雇えなくて残念? お姉ちゃん」
「ととととんでもない!」
イーディスが一番の苦手とする『暗黒』の魔力を、彼らは常に身に纏っている。
まかり間違って雇い主だとでも思われた日にゃ、恐ろしくて開拓どころではなくなっていたところだ。
2021/2/22更新。