真相(2)
「そうなんだよね……困っちゃうよねぇ、ふふふっ!」
「楽しい状況になってよかったね、デボリエ。ガズは?」
「誰か追って来ないか見てくれてる。ぼくの方が、話すの得意だからね」
「そう。あたしは元気で幸せだって、ちゃんと伝えてね。これは、とてもいいこと。わかる?」
「わかるよ。そうすればルーチェは喜ぶ。誰かが喜ぶことは大体いいことだって、ネージュ様が仰ってた。伝えておくね」
どうやらローゼンハイム公王家十六姉妹のうち何人かが、全力でガズとデボリエを見守っているようだ。
相棒に強い愛情を向け続ける以外には、何もわからない子どものようだったデボリエの考え方にも、少しは分別のようなものがついて来たらしい。
「義姉妹のこと、けっこう信用してくれてるみたいね」
少し疲れて来たと示すように浅く息をついたルーチェに代わって、イーディスがデボリエと対峙する。
騎士団の総力で捕まえた時と違って一対一での話し合いだから、丸め込まれないとも限らないけれど──今の彼となら襟を開いて話してみたいと、イーディスも思ったのだった。
「うん。とても厳しく叱ってくれたし、とても良いように取り計らってくれた。っていうか君、あの姫騎士イーディスかい? 変わったねぇ。それは良いことだった?」
「わたしにとっては。それと、当時は見習い」
「そうだったの。叙勲は?」
「残念ながら受けられなかったわ」
「残念そうじゃないね。それは良いことだった、んだね」
「わたしにとって、だけは……ね」
「そっか。君は権力に利用されるだけなのかと思ってたよ」
「褒めてるの?」
「たぶんね。自分の意志で強くなった訳じゃなさそうだなーってのは思ってたから。でもそれを教えるのは、ぼくの役目じゃないとも思った。だから何も言わなかった。あの頃は話し合う余地もなかったし」
「そうね。許可もなく異世界の技術を持ち出されたんじゃ、少なくとも実父養父は許さんわよ」
「公王妃様なら許したとでも言いたげだね?」
「そうなんじゃないかなー、養母様はヒマさえあれば皆を驚かせる手段ばっかり考えてたし」
「うわーしまったねぇ、相談すりゃよかった」
悔しそうに指を鳴らした美少年に、あの技術は何の役に立ったのか尋ねてみた。
「『遺伝子操作』ってやつ。あれの研究をこっそり手伝ってたんだよ。記録と機械は、ぼくらにしか分からないところに隠してある。ローゼンハイムの皆の記憶からも消した」
「どうして?」
「異世界の技術を独占したかったから。それと……ぼくらから見ても気分の良くない実験とかも、されてたから」
我知らず固唾を吞んで、実験とやらの内容にまで斬り込む。
聞くな、と厳しく叱責する実父の声の幻聴を無視した。
「イーディス。君は身体が破裂しそうな腕力を手にしていた。上手にコントロールできていたね」
「ええ。それがどうなの」
「ぼくが"普通"って概念を論じるのもどうかと思うけどね」
などと前置きしながら全く遠慮する気なんてないのが、デボリエと言う人物である。
「普通は重い全身装甲を身に着けて、斧と槍を背負って、一般的な訓練を重ねた騎士と同等かそれ以上の動きを長時間し続けるなんて芸当は──スキルでも持ってなきゃ、できっこないんだよ。遺伝子っていう人間の設計図みたいなものに加工とかでもしない限りは。で、君は腕力とかに関連するスキルを持ってない、これはつまり、」
「あー、なんか、分かっちゃったわ」
「……実父養父を制裁するなら手伝ったげるけど?」
「どーでもいい。わたしの身体と腕力がわたしの人生を豊かに有利にしてくれることに変わりはない、今までの努力も否定されない。なら、それでいいよ」
実父養父には実父養父の考えがあったのだろう。
それを知ることはないし、知りたいとも思わない。
「わたしはイーディス。どんな状況になって、どんなに姿が変わっても。わたしは、わたし」
君ならそう言うと思ってたよ、と先ほどと同じことを言って、デボリエが笑った。
「さて」
お気に入りの椅子を魔法の小箱に片付けて、くるりと踵を返す。
デボリエの感情に連動でもしているのか、フードの猫耳が上機嫌に揺れた。
「十二分に話ができた。長居は損だねぇ」
2021/2/20更新。