真相(1)
翌日から、また開拓の日々が始まった。
イーディスはソフィアとどちらが早く険しい森を切り開くか競ったり、甘くておいしく食べられる木がどれかを教わったりしながら、楽しく仕事を続けた。
自分の発案とソフィアの技術でいわゆる『空中庭園』の基礎を作り上げられたことが、昼食時までに得られた大きな喜びであった。
木材だの資材を調達する必要があるが、島の植生や固有種らしき果樹をできるだけ温存したいと考えていたのだ。
魅力的な植物園を作り上げて展示物を充実させ続ければ、そのうちハイネリルク義姉様が遊びに来てくださるのではないかと──結局、十五人の義姉妹たちのことを忘れることはできないんだなぁと、ぼんやり思ってみたりする。
「呼びたい人は呼べば来る。来たい人は呼ばなくても来る。と言う訳でなんか来るよ、お姉ちゃん」
ティラミスからの差し入れの弁当を平らげたルーチェが、ドームの外に出て凛と身構えた。
シエルと同じく『邪眼』の特別な作用によって成長は既に止まり、体格も目立った変化は見られない。
だが……出会った頃とは明らかに異なっている部分が確かにある。
能力を開花させたことや様々な人物と出会ったこと、楽しい事や厳しい訓練をも経験したことが、大きな自信になっているのだろう。
浜辺が揺れた。
魔導師だ。
ソフィアが瞬時に飛翔した。
空中から警戒してくれるようだ。
フードに猫の耳が付いた可愛らしいデザインのローブをまとった美少年が、ルーチェの放つ魔力に眩しそうに目を細めた。
「やあ……大きくなったね」
「“名前くらい決めておけばよかったね”」
美少年が紫の口紅を塗ったなまめかしい唇を小さく動かすのに合わせて、ルーチェが声を発した。
警戒するような響きも、憎悪に満ちた棘もない。
どちらかと言えば、優しく気遣うような声だ。
「って言いたいのよね? デボリエ」
「よく分かったね。でも、ぼくが考えるより良い名前をもらったじゃない──ルーチェ」
「うん。自慢のお姉ちゃんに。いっぱいいっぱい、いろんなものを貰ったよ」
「よかったね。ガズと話し合った通りだ」
「相変わらず人の気を引く話し方するね。それを話しに来た感じ?」
「うん。勝手に座っちゃっていいかな」
「どーぞ。お気に入りの椅子は?」
「まだ使ってるよ」
デボリエが小さく手を叩くと、それらしい丸い木の椅子が出現した。
ゆったりと身体を動かし、ちょこんと腰掛ける。
「さて。まずは、君を捨てるような真似をしたことを、一所懸命あやまらなくちゃ。あれはとても悪い事だったって、シエル様に懇々と叱られちゃったよ」
「そうだね。良い事とは絶対、言えない。謝ってくれるなら拒まないけど……あれはガズと話し合ったことだったの? 早く教えてよ~」
「君ならそう言うと思ってたね、ぼくは……ふふふっ」
いちいち妖しい微笑みを浮かべて、デボリエが笑う。
「今更だけど、ぼくらだけが知っていた事情を話そう。ずるいと思ってくれて構わないよ。──ルーチェ、君の『邪眼』は魔力が暴走する寸前だった。何か大きなきっかけを与えて、一刻でも早く力を安定させなきゃいけなかったんだ。本当だよ、君の義姉さんに誓って言う」
「それで、憎まれ役をしてくれる気になったの?」
「大いなる怒りと共に地の果てまで追いかけてきてくれるなら、それはそれでいいと思ってたよ」
「刺激になるし?」
「……お見通しだな。うん、認める。ぼくらは欲望のために君らを利用したんだ。それはよくないことだった」
デボリエは先ほどから、指折り数えるようなしぐさをしながら、一つ一つの事柄を確かめるかのように話している。
「少しは善悪の区別をつける練習をなさい!」
そう言って二人を鋭く叱りつけるシエルの姿が、ルーチェには見えるようだった。
剣に手を添えたまま黙って見守るイーディスにも。
「君達なら、ぼくらを極限状態にまで追い詰めてくれるかもしれないって期待してたんだよ。アリスやルドルフ、レン。他の子ども達、皆にも」
分かってあげられない訳じゃないのよ、と小さく言って、ルーチェが首を横に小さく振る。
「でも……あたし達だけじゃなくて。他の子たちが『両親』を必要としてた事は、分かってる?」
「うん。良い親にはなれなかったし、なれそうにないね」
「永遠の指名手配犯だもんね、うはははっ!」
2021/2/20更新。