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自分図書館  作者: 椿 冬華
第三幕 「我輩」の章
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【溶岩フラペチーノ】




 ──ドレイク。




 海底の世界にて、ホテルに宿を取り一泊した翌日。異世界であってもレンの声で目覚められたことに安堵しつつ、胸の中で眠るドレーミアの頭を撫ぜる。

 ふむ、海底で過ごす一夜というのもなかなか悪くない。人魚の姿でも夜の営みはこなせるのか気になっておったが、無事にこなせて重畳であった。人魚の交尾というのは実に興味深く


「朝っぱらからやめろ」

「……何だ、羨ましければ今からでも第二ラウンドと行くが? 勿論お前相手でな」

「その前に舌噛み切って死ぬ」


 やれやれ、照れ屋であるなあ。照れ屋じゃねえ、というどれいの叫びを無視して貝殻のベッドから抜け出す。本物の貝殻では耐久度に難があるらしく、格式高いホテルになればなるほどベッドは加工品になるとのことだった。このホテルではウミウシガメの皮膚を貝殻風に仕立て上げたものに柔らかな海藻を詰め込んだクッションが敷き詰められているベッドになっている。


「朝食持ってきたから喰っとけ。館長が今日はレイシェルド王国辺境部の食材都市に行くってよ」

「ほう。それはまた楽しみであるなあ」


 言いながらどれいが持ってきたトレイを見やる。溶岩のような鮮やかな橙色の飲み物と、おそらくは芋と白身の練り物で具材を挟んだのであろうサンドイッチ。


「このドリンクは?」

「〝溶岩フラペチーノ〟──そのまま、溶岩を急速冷凍して砕いたものらしい」

「溶岩を?」


 溶岩といっても一般的に言われる高温で溶融状態の岩石ではなく、黒凍岩(こくとうがん)と呼ばれる特別な岩だけが融けたものを加工しているらしい。黒凍岩は海中に揺蕩う栄養分を際限なく吸い上げて固まった不砕(くだけず)の岩で、建造物の素材にするには硬すぎて、長年不可侵の岩盤として存在し続けていた。だがつい数年前、その黒凍岩の山脈に地底洞があることがわかり、さらにそこには海底火山があることもわかった。


「純粋な黒凍岩しか含まない溶岩だとわかり、食材にしたわけであるか」

「みてえだ。冷たいけど熱いから気を付けろよ」

「ふむ」


 とりあえずストローに口をつけてひと口。従来のフラペチーノと同じくシャーベット状のドリンクが流れ込んでくる。かと思えば舌先の温度に融かされたのであろうそれらが一気に熱を帯びて思わず咳き込んでしまう。味としては鶏ガラスープに近い感覚だろうか。フラペチーノというから甘いつもりで飲んで肩透かしを食らった気分であるが、美味い。


「朝っぱらから冷たいものかと思ったが、普通にスープであるな」

「スープという概念自体ねえからな海底には」


 そりゃそうだ。


「ドレーミアさん起きねえな」

「無理をさせたからな。もうしばらく寝かせておくがよい。ドレーミアの分は──」

「サキュバスを抱き潰すってどんだけだよお前……じゃあそこの保冷庫に仕舞っとくぞ」


 そこでふと、気付く。


「どれい、貴様我輩に(へりくだ)らなくなっておるな」

「あ? ああ……そういえば。いつの間に……」


 確か、一年前くらいまでは敬語であったような気がするな。元々館長に対してはそうでもなかったが、我輩とドレーミアには一応の敬意を払っておったように思う。目上に対する最低限の敬意、といった感じではあったが。

 館長? 目上だとか主従だとかの次元超えておるからなあやつは。


「う~ん……ドレーミアさんには何となく敬語の方がしっくりくるけど、執事さんにゃそう思わねえなあ……気になるか?」

「いや? そのままでよい」


 まあ、感覚としてはわからなくもない。ドレーミアはあの図書館における実質的なトップだ。館長さえドレーミアには逆らえんからな。台所を制する者は一国をも制する──我輩の故郷にある(ことわざ)である。地球系列にもあるのだろうか。


「へえ、そんなことわざあんのか。でもわからなくもねえなその感覚」

「レストランの料理長がそのまま国王になった古い歴史が元になった諺である」


 言いながらまた溶岩フラペチーノを口に含んで、熱くほどけていく氷にしばし口を閉ざす。そしてふと抱いた疑問を、口にする。


「このカップは何なのだ? 融けんということはそれなりの保冷効果があるのであろう?」

「おお~……執事さんってそういうの知りたがるよな。ドレーミアさんの時は景色とか料理とかに目移りしてるって感じだったけど、執事さんは気になったひとつのことを突き詰めていく感じだな」


 そう言って笑いながら、僕にもわかんねえと投げっぱなしの結論放り投げてきたどれいについ眉を顰めてしまった。


「僕も色々気になる方ではあるが、執事さんほど突き詰めたいとは思わねえなあ」

「流され気質であるからな、おぬしは」


 だからこそどれいは拒むこともせず館長に(いざな)われるがまま、渡界の旅へ出た。

 それが、全ての始まりであったのだ。

 総てはどれいから始まり、受け継がれるように続いている。どれいが始め、ドレーミアに繋がり、我輩にも引き継がれて。

 これは偶然なのか、あるいは必然なのか──もしくは。


 魔女(館長)の、思惑通りなのか。


「……どれいは奇特な〝我輩〟であるなあ」

「あん? 奇特っててめえらにだけは言われたくねえんだけど」

「おぬしが来て以来、色んなものが動き出したように思う」


 図書館の中も、外も。料理と食事の在り方も。終わらない館長の旅も。変わらない我輩たちの関係も。〝自分〟との向き合い方も。


「つくづく思う──」


 柊どれい。

 何の特技も持たぬ凡庸な〝我輩〟に見えて、我輩たちの誰よりも強く、劣らぬ個性を持った男。


「──〝ツッコミ〟の重要性をな」

「そりゃボケ倒しで話進むわけねえもんなあ!!」


 僕はお笑い芸人じゃねえ!! とキレッキレのツッコミをかましてくるどれいに笑いつつ、また溶岩フラペチーノを飲む。うむ、うまい。




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