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自分図書館  作者: 椿 冬華
第三幕 「我輩」の章
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【マリンウエディフラワー】


 海底の世界の〝我輩〟──レミリナ姫は伴侶に幸せそうな微笑みを向けながら大輪の花のようなウエディングドレスを揺蕩わせている。〝ジュエリーマリンフィッシュ〟と呼ばれる巨大な青いクラゲを模したドレスであるらしい。猛毒を持つゆえに近付けぬが、青く発光するゼリー状の球体がとても美しく、装飾のモチーフによく使われるとのことだった。

 ドレーミアが館長に実物を見てみたいとねだっておったが、ともあれ。


「我輩を台代わりにするのはやめんか」

「しょうがねえだろ! カニ足だから浮遊難しいんだよ! 動くな、ブレる!」


 どれいが我輩の背にカニ足を絡ませた上に頭をカメラ台代わりにして無心にカメラのシャッターを切っておる。しかももう少し高く浮け、などと不躾にもリクエストしてくる始末だ。まあ、後々ご褒美をたっぷり貰うことにして今は命じられるまま、尾びれをはためかせて高く昇るとしよう。


「ドレーミアさ~ん! ウエディングケーキ──でいいのか? そんな感じのが出てきてますよ!」


 我輩にしがみついたままどれいがドレーミアたちを呼ぶ。同時に他の来客たちも歓声を上げだして、ちょっとした賑やかな祭りごとのようになる。


『皆様ご覧ください!! 我が国の一流シェフ団とオーロフィクシャー王国の誇る王族コック兄妹により(しつら)えられた〝マリンウエディフラワー〟にございます!!』


 拡声器か何かを通した声の響きとともに、レミリナ姫のドレスの比にならないほど巨大な花が現れた。人間の顔ほどもある花びらが数百、数千──下手すれば数万。(おびただ)しい数の花びらによって半球体状の大輪の花を形成している。直径十五メートルはくだらないだろうか。それが宮殿前広場の空中に──いや、海中であったな。まあどうでもよい。宙に浮いてきらきらとサファイアのような輝きを放っている。


「わあ……!! 見てください館長さま! なんて綺麗なのでしょう」

「見事だなあ。ちなみに海底の世界じゃあウエディングケーキ代わりにああいう花を作って、花嫁が花びらを一枚ずつみなに配る習わしなんだ。配られた花びらは口に含んで泡沫(うたかた)に還すことで、海の神ポセイディアへの感謝としているようだな」


 あの花はウエディングケーキと同様に甘味の一種であるらしいが、バブルリーフなる植物も用いていて、ひとときの甘味をもたらしたのちに消えゆく泡沫のようなデザートとなっている、そうだ。


「ホラ、花嫁が花びらを配るぞ」


 マリンウエディフラワーの前に立ったレミリナ姫が腕を広げ、海を映し出したような髪とドレスを揺蕩わせる。海のゆったりした流れのようなメロディが流れ始めて、それに合わせてレミリナ姫が讃美歌を唄う。館長も唄い出そうとしたが、ドレーミアが尾びれで締め付けて黙らせた。

 やがて終わりを迎えた讃美歌そのままに、レミリナ姫がマリンウエディフラワーの花びらを一枚、千切り取る。それを呼び水にしてマリンウエディフラワーが瓦解してゆき、花吹雪となって宮殿前広場を──いや。レイシェルド王国全体に広がっていく。

 それは花吹雪というよりはもはや、輝くサファイアの雨だった。どれいが興奮していて地味にカニ足の掴む力が強くなっていて痛い。やがてふわりと降ってきた青い宝石を手に取る。フラワーと銘打っていたが花びらのように薄くはなく、アロエーラのような肉厚で弾力がある葉っぱくらいには手応えがあった。

 とりあえず隣でうっとりサファイアの雨に見惚れているドレーミアの口元に運んでやった。


「んんっ、あら……思ったよりも甘くはないですわね。くちどけがとてもよく……んむっ、泡が」

「そのまま吐き出すんだ。泡は上まで登り、氷穴を潜り抜けてどんどん上に昇り──誰も知らぬ果てへ往く」


 館長に促されるままドレーミアは泡を吐き出して、それはほのかな煌めきを帯びたままゆっくりと上に昇っていく。

 我輩も倣って新たに降ってきた花びらを一枚つまみ、口に含む。とろりとほどけたそれは聞いていた通り甘かったが、思ったほど甘くもなかった。綿菓子のような、すぐ消え失せてしまう儚い甘み。直後に溢れ出す空気の塊──それを泡として吐き出しながら、陸がないというこの世界において〝泡〟はどうなるのかぼんやり考える。


「正確には空気じゃないからな、これ」

「む、そうなのであるか」


 館長によればこの世界に〝空気〟と呼べるものはなく、我輩たちが空気と認識しているものは正確には〝老廃物〟なのだそうだ。人魚も魚も植物も、生きとし生けるもの全ては死すればどんどん分解される。例えば魚──我輩たちが食べ、不要な鱗や骨、食べ残しは捨てる。それを小さき魚たちが喰らい、さらに小さき目に見えぬ微生物たちが喰らう。その一連の分解作業には必ず老廃物が出る。人魚たちの間では〝(コア)〟と呼ばれている、取り込む必要のないエネルギー分がガスという形で出るのだそうだ。そのガスは海をどんどん昇り、生物の生存が許されぬほどに厳しい冷たさと流れを孕む海層で弾けて海水に溶け込み、他のエネルギー分と合体しながら海底へ向かう緩やかな流れに乗るのだとか。


「そうやって海は循環する、というわけであるか」

「そうだ。どんな世界にだってうまく循環するシステムはある。それがない世界は滅ぶだけのこと」


 どんな世界にだってうまく循環するシステムはある。

 ──その言葉に、思い出すのは我輩の世界。全てが対となり、総てが対で在り続ける双対界(そうついかい)。そのうち、現在確認されている限り生物が多数存在している唯一の惑星──〝シュヴァルツヴァイス〟……あの世界は、どうなのだろうか。

 生物は生まれ、死に、また産まれ、死ぬ。そこに普通は()()()()()()()()()()()()()()()()()()もないことを、()()()()()()()()()()()()()()


「執事さん、泡の写真撮りたいからもう一回──今度は十枚くらい一気に頬張ってくれ」

「カメラを構えている時は強気であるな、おぬし」


 後で頂くご褒美をグレードアップさせなければな。さて、どうしてやるか。


「なんか今すっげぇ寒気するんだけど」

「気のせいであろう? そんなに寒ければ我輩が温めてやるが?」

「要らねえよバカ」


 ご褒美の口付けは当然として、追加で何処まで推し進めるべきか。いきなりはどれいも痛いであろうしなあ──おや、どれいが離れていきおった。


「今てめえにすっげえ身の危険感じた」

「気のせいであろう? 我輩は可愛がることしか考えておらんぞ」

「それだよ馬鹿野郎!!」


 カニ足で蹴られた。痛いではないか。




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