【日本風朝食】
白ごはん。豆腐とワカメの味噌汁。焼き鮭。卵焼き。
どれいの故郷、地球系列平行世界の〝日本〟という国の一般的な朝食。館長が真っ先に味噌汁を白ごはんにブチ撒けておったが、〝猫まんま〟という料理らしい。見た目がよろしくないものの美味であるようだ。
「僕はおかず全部食べた後に猫まんまにしちゃうかな」
「ねこまんま……なんとかわいらしい響きなのでしょう。ですが……猫には塩分過多なのでは? 以前食した猫用のフードはどれも味が薄めでございましたし」
ドレーミアの問いかけにどれいが答えたところによれば、どれいの世界で言う昭和……三、四十年以上前の時代のペットは人間の食べ残しを与えられていたらしい。ペットフードが普及していなく、また種類も少なかったこともありそうする家庭が多かったそうだ。つまり残飯の混ぜ合わせ、それを〝猫まんま〟と呼ぶようになったと。
「なるほど……館長さま、犬食いはおやめになってくださいませ。行儀が悪うございますわよ」
「いいんだ。猫まんまだから。にゃーん」
「猫に失礼ですわよ、謝罪なさいませ」
「えっ……」
地味に傷付いた顔をしている館長をよそに、白ごはんを口に含んだまま味噌汁を啜る。磯の香りが些か強いこのスープはあまり多飲したいものではないが、なるほどこうやって白ごはんと絡めればなかなか美味い。
「別に混ぜずともこうやって食べればよいのではないか?」
「まーそうなんだけどよ。なんかこう、混ざり具合が違うってか……気分が違うってか」
混ぜ方で気分が変わる……? 相変わらず地球系列平行世界の慣習はよくわからんなぁ。食事は美味いが。
「そういえばドレーミアさんの世界の食事ってどんなのなんですか? あ、吸精の方は別にして」
「わたくしの世界ですか? そうですわね……ミルクがローズ色であったり、卵を産むのはニワトリでなくコカトリスであったり、普段の飲料用水が炭酸水であったり……」
もむもむと卵焼きを頬張りながらかわいらしく首を傾げて言葉を連ねるドレーミアにちょっかいかけたくなり、かける。三つ編みを引っ張られたドレーミアが怒るが、それもまた愛らしい。
「んもう……ああ、そうですわ。主食はお芋でした。ですが食べ過ぎると太るからとあまり味の濃いものは食しておりませんでしたわね」
そう言うメイドに、ふと館長が持ち込んだ〝思い出の味〟を再現するプログラム料理を思い出した。深層心理を読み取りその人間の舌に染みつく〝味〟を再現するプログラム。確か館長はコンビニ弁当、どれいは味噌汁、ドレーミアは水──そして我輩は、アップルパイ。
──ドレイク。
ああ、声がする。
忘れておらぬよ、レン。お前の作るアップルパイはいつだって世界一だ。
「水ばかり飲んでおったのだったな」
「ええ。ミルクも脂肪分が多いからとあまり飲ませてもらえませんでした」
「包丁の使い方も知らなかったであるからなあ」
今でこそ料理人としての腕は随一であるが、ドレーミアが図書館に落ちた百年前当時、火の扱い方はおろかフライパンの使い方さえ知らぬ状態であった。ドレーミアの過去を知った今となれば〝規制〟されていたからだとわかるが、当時はどこぞの姫君なのだと思ったものである。
「今はロイヤルミルクティーにハマっておりますの。ミルクで煮出すのは少々手間がかかりますけれど、たいへん美味しゅうございますわ」
「僕はラッシーにハマってますね。ゆーちゃんとこで飲んだアレ忘れられなくて」
「カップラーメンの残り汁はカレー味と味噌かつ味と地獄味がうまかったぞ」
「飲み物じゃねえよ。ドレーミアさんに喰わされたのまだ糸引いてんだな……てか地獄味? そんなカップヌードルあったのか? 辛いのか?」
「気付けば安らかな眠りについている味だ」
「劇物じゃねえか」
そう言いながらどれいが卵焼きを館長の口に運ぶ。放ってても勝手に食べるというに、甲斐甲斐しいやつだ。どれいが来て以来館長のダメ人間化が著しいであるな。
どれいが来る前? 我輩もドレーミアも館長に仕える立場であるからして、身の回りの世話はしておった。まあまず自分のことをやるがな。食事も同様、まず自分の腹を満たすゆえ、大概は館長も自分で食べておった。どれいは甘すぎるのだ。あぁ、確かどれいには妹がいるんだったか……兄としての気質か?
「執事さまはお酒ですわよね、お好きな飲み物といえば」
「んん……飲み物、と言われると少々違うがな……飲み物は飲み物、酒は酒だ」
そう言いながら焼き鮭を頬張る。調味料も枯渇してたゆえにコンソメで味付けたが……やはり塩焼きの方がいいな。くどい。
「執事さんは割と何でも呑みますよね。でも最近日本産の吟醸酒と純米酒ばっか呑んでません?」
「日本酒は美味いであるからなあ。ディモスリーンというウイスキーも最近のお気に入りだ」
ディモスリーンというのは二週間ほど前か、館長たちが訪れた火の海が広がるという世界で手に入れたという燃え盛る酒のことである。文字通り、酒が燃えている──いや。アルコールが燃えているわけではないから少々違うか。〝炎〟に酒のルビを振れば一番わかりやすいであろうな。そう、〝炎〟そのものを閉じ込めた酒だ──傾ければ水のように炎が流れ出し、グラスに溜まる。ゆらゆらと燃え盛るそれはグラス越しにテーブルを照らし、ゆらゆらとグラスの模様を浮き上がらせる。舌の上に転がせば焼け付く感覚が一瞬で口内から喉を駆け巡り、全身に広がる。──この瞬間がたまらないのである。
「呑みすぎですわよ」
「別によかろう。お前たちがいない間の楽しみだ」
「ああ、今は一本もございませんわよ」
「なぬっ?」
不覚にも上擦った声が出てしまった。思わず身を乗り出して、動揺を取り繕えないままどういうことか問う。
「大丈夫ですよ、執事さん……館長が異次元に移動させてますから」
「さすがに執事さまのコレクションを破棄するほどわたくしも鬼ではございませんわよ」
「あ、うん……そうしないとごはん抜きって言うから……」
「…………」
頭を抱えた。ここまでやるか、ドレーミア……。




