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自分図書館  作者: 椿 冬華
第二幕 「わたくし」の章
90/138

【   】


「愛しているわ、わたくし。わたくしの大切な体」

 わたしも! あ、いいえ。わたくしも!

「あぁ、可愛いわたくし。なんて可愛らしいの。素晴らしいわ」

 ほんと? ありがとう、おかあさま!

「あぁやはりわたくしはこの髪型が一番ね。毎日この髪型にしましょうね」

 うん! あ、ううん。はい! このかみがた、かわいい!

「お団子頭? あんなおかしな頭! わたくしに似合わないわ! わたくしはこの髪型が一番似合うの」

 う……うん。はい。そうだね、お母さま。

「あぁやはりわたくしは赤が似合うわ。さすがわたくし。赤いドレスをもっと揃えましょうね」

 お母さまはほんとうに赤いろがすきだね! わたくしも、すき!

「青? そんな根暗の色! わたくしに似合わないわ」

 え……で、でも。青いろも、きれい……ううん、何でもありません。

「誰!? 青いカチューシャなんて買ったのは!! ──執事ね!? 首を刎ねておしまい!!」

 やめて! お母さまやめて! わたしが悪いの! わたくしがお願いしたの! ナタは悪くないの!

「あぁ汚らわしい。青色なんてもう纏っちゃダメよ。わたくしには赤が似合うのよ。もっと可愛いものを買いましょうね」

 ……はい。

「あなたはわたくしの大切な体ですもの。愛しているに決まっているわ」

 ……うん。わたくしも……お母様のことを、愛しています。

「ああ、なんて美しいの。さすがはわたくしの体。ああ、愛しいわたくしの体」

 …………。

「メイド!! わたくしにこんな甘すぎるお菓子与えないでと言ったでしょう!? わたくしの体がブクブクに太ってしまったらどうするの!?」

 お母様……! 大丈夫だよ! 食べたぶん、運動するから……だから! チルチャはただわたくしのために……!

「シェフに美しく成長するための栄養を徹底するように言いつけましたからね。しっかり美しく成長するのよ、わたくし」

 はい……はい。ごめんなさい……申し訳、ありませんでした。

「おりこうさんね。えらいわ。その調子でわたくしの体を大切に育てていくのよ」

 はい……ありがとうございます、お母様。

「ジュースなんて飲まないで!! そんな砂糖だらけのもの口に入れて太りでもしたらどうするの!?」

 ごめんなさい……! ちょっと、おいしそうだと思って……! もう飲まないから……!

「水を飲みなさい。栄養はシェフに徹底させているから、余分な栄養は絶対に取らないで」

 はい……わかりました。気を付けます。

「きゃあああぁあああぁああ!! わたくしが!! わたくしの体が!! なんてこと! ああ、なんてこと!! わたくしの体が!!」

 お母様! 落ち着いて……お母様!! ただのにきびだって……思春期にはよくあることだって……!! だから誰も刎ねないで!!

「治して頂戴! ドクターでしょう? 治しなさい! これはわたくしの大切な体なの。ニキビひとつ、許されないのよ!!」

 ごめんなさい……申し訳ありません。先生……お願いします。先生……巻き込んでしまってごめんなさい。わたくしも、頑張るから……。

「あああぁあぁ、よかったわ。跡形もなく美しく治っているわ。あぁ、よかったわたくしの肌が穢れなくて」

 はい……よかったです。本当に、よかった……。

「わたくしは、美しい」

 …………はい。わたくしは……美しい。

「ああ、さすがはわたくし。体を痛めた甲斐があったわ。わたくしを産んでよかった」

 …………。

「バッド・ラックはもうないの? イライラするの、速く頂戴」

 お母様、もうやめてください! バッド・ラックは劇薬です! お母様のお体にもしものことがあったら……!

「わたくしは大丈夫よ。だって、わたくしは美しいもの」

 お母様……。

「この体は残念ながら失敗作なのよ。美しいけれど、バッド・ラックに弱いし寿命も短くて、老いるのも早い……」

 そんな。お母様はいつまでも美しゅうございます。

「でも、あなたは違うわ。なんたってわたくしがわざわざ魔王陛下に種をいただいて産んだ、わたくしの体ですもの」

 …………。

「ああ、楽しみ。楽しみねえ。早く熟さないかしら、わたくしの体」

 …………お母様?

「あなたはわたくしよ。それを、ちゃんと覚えておきなさい」

 …………は、い。

「これは何!? ──海!? 何を言っているの!? 海なんてただの汚水でしょう!! 汚らわしい!! 醜い魚人(うおびと)もいるのよ、信じられないわ!!」

 ごめ……ごめんなさ……ごめんなさっ……どうしても、どうしても欲しいって……おもって……。

「鋳造したですって!? あなたなんてことするの!! わたくしの体が火傷でもしたらどうするの!? 大切なわたくしの体なのよ!?」

 ごめんなさい! ごめんなさい! もうしません! もう二度と、わがままは言いません! だから──だから!! お願い、やめてお母様!! おかあさまぁっ!! いやだ、やめて、やめて!! やだ、殺しちゃやだ!

「何度言ったらわかるの? あなたはわたくしなのよ。勝手な真似しないで頂戴」

 はい……ごめんなさい。本当に、申し訳ありません。

「美しいわたくしがこんなもの、するわけないでしょう」

 はい……。

「あなたは、わたくしなのだから」

 はい。

「わたくしの美しさに泥を塗らないで頂戴」

 はい。畏まりました。以後……気を付けます。

「あなたの好きなもの? 何を言っているの、笑わせないで頂戴。あなたに好きなものなんていらないの。だってわたくしの体ですもの」

 ……そうでございますね。わたくしは、お母様がお体を痛めて産まれた美しい体ですから。

「足りない! もっと頂戴! あぁあ、わたくしの美しさが!」

 お母様、もうバッド・ラックはお控えになってくださいませ。

「わたくしらしくないことはしないで頂戴。わたくしらしく振る舞うの! わかった? わかったら返事なさい──〝わたくし〟!!」

 ──はい。申し訳ございませんでした。お母様の仰る通りに。

「愛しいわたくし。美しいわたくし。愛しているわ、わたくし」

 …………。

「ようやく百五十歳になったわね。これで儀式を執り行うことができるわ──長かった。あぁあ、楽しみ」

 ……儀式? 成人の儀礼以外にも何かあるのでしょうか?

「儀式を執り行う前に邪魔なものは取り除かなくっちゃね。わたくしの大切な体」

 ……お母様? 邪魔なもの、とは……。

「──娘? 何をおかしなこと言っているの。わたくしは娘を持った覚えなんてないわ。わたくしが産んだのは、わたくしの体」

 お……おかあさま?

「そういえばあなた、わたくしをお母様と呼んでいたわねぇ。おかしいこと。あなたはわたくしなのに」

 あ……ああ……。

「これ? 大丈夫。肌に痕が残らないくらい細い針なの。これで抽出薬を注入するのよ。わたくしの体に傷がつくことはないわ。わたくしがそんなことをするわけないでしょう?」

 ちが……わたくしがいっているのは、そうじゃなく、て。

「何を抽出って……おかしなわたくし! そんなの、邪魔な中身に決まっているじゃない。わたくしが移るためには邪魔なんですもの」

 おかあさま……おねがいです、おねがいですから……どうか。どうか……。

「まあ、なんて酷い顔。わたくしの体でそんな顔をするのはやめて頂戴! 醜い皺でもついたらどうするの!?」

 やめて──やめて!! やめて!! お願いお母様!! やめてぇええぇええ!!

「ああやっぱり美しいわ! お人形さんみたいに──いいえ、お人形さんよりも美しいわ。さすがわたくしの体」

 ────。

「ぬいぐるみを買ってきたの。ほら、こうやって飾り付ければ──ああ! なんて素敵なの! わたくしがまるで夢の国の姫のようよ」

 ────。

「本当は最初からこうしたかったのよね。わたくしの中身が邪魔すぎるのですもの……でも、最初からこうしちゃうと美しく保つための筋力維持も栄養補給もできないから」

 ────。

「あとは儀式の準備を進めるだけ……ああ、待っていてね。わたくしの体」




 ──あああぁああああぁああああぁああああ!!




 絶叫する。絶叫する。絶叫する。

 泣き叫ぶ。泣き叫ぶ。泣き叫ぶ。

 けれどわたくしの声は形にならない。だらりと垂れ下がった腕も動かない。ひゅうひゅうと空気を押し出すばかりの喉も震えない。眼球さえ動かない。ぼんやりと、色とりどりの花とかわいらしいぬいぐるみに囲まれた、赤いフレアスカートが広がる足元が見えるだけ。

 どうして。どうして。どうして。

 おねがい。おねがい。おねがい。

 死なせて。死なせて。死なせて。

 

「まずいな。魂が精神に引き摺られて千切れかけている。急いでメイドの元の体を探す必要がある──図書館に戻るぞ、柊どれい」


 虚ろな意識の向こうで、誰かの声が響く。わたくし? 違う。だって、わたくしはお母様だもの。この声は、わたくしではない。


「なにか、できることは……」


 あたたかい声。

 誰の声? こんなあたたかい声、わたくしは知らない。ああ、違う。わたくしじゃない。わたくしは、お母様なんだった。

 じゃあ、ここにいるのはだれ?


「いや。ここから先はワタシたちの領域だ。手出し不要。ま、しいて言うなら次訪れた時、もう一度同じメニューを御馳走してくれ」


 それと、とわたくしじゃない声が言葉を重ねる。


「感謝する、黒錆つゆり。おかげでメイドが擦り切れる前に元の体を見つけられそうだ」


 その声を最後に、わたくしの視界は暗転した。

 ああ、違う。また間違えた。わたくしはお母様なのでした。


 ……じゃあ、〝自分〟のことを、何て呼べばいいのだろう?




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