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自分図書館  作者: 椿 冬華
第二幕 「わたくし」の章
85/138

【プリズム因子団子】


 ジングジャー家は王都の上級貴族区にある大屋敷──おそらく図書館と同じくらいあるでしょうか。とは言っても豪奢さでは図書館のほうがはるかに劣りますけれど。

 赤色の硝子……赤煉瓦でしょうか? ともかく赤色を基調にしたお屋敷で、豪奢ではあるのですが道中で見かけた、色とりどりな硝子を用いているカラフルなお屋敷に比べると統一性があって上品に感じます。

 その応接間にて、〝わたくし〟──ミドさまが体を小さくして怯えておられます。それは当然でしょう……数日前までスラム街にいたのが、いきなりこちらに住み込むことになったんですもの。しかも、ミドさまの目の前にはジングジャー家の嫡子であらせられる不機嫌そうなお顔の青年。委縮しないはずがないでしょうね。わたくしたちもついてきているとはいえ、姿を消しておりますし……。


「成程な。それで弟を取り込んだわけか」

「は、はひ」

「ある程度プリズム因子を蓄えたら弟を分離して成形し直したい、と」

「す、すみません」

「何故謝る。不必要な謝罪はするな」

「す、すみません」


 ……大丈夫なのでしょうか。

 こちらの青年はジングジャー・レンデライトというお名前の、若き実業者として名高いご子息なのだそうです。面接が始まる前に街で軽く評判をお聞きしてみましたが……非常に頭が回る切れ者だが無愛想でいつも不機嫌、何を考えているのかよくわからないといったお声が多いように感じました。本当に大丈夫……なのでしょうか。


「まあ、大丈夫だろ。魂の片割れだし」

「魂の片割れ?」

「ん~、魂が惹き合う、と言った方がいいか……要は()()()だ」


 必ずしも(つが)うとは限らないが、世界が変われど不思議なことに惹かれる相手は同じなのだそうです。これまでに出会ってきた〝わたくし〟の中には配偶者がおられる方もいらっしゃいましたが、なんとその配偶者たちはみな同じ魂だったそうなのです。必ずしもそうなると決まっているわけではなく、ただ単に相性が良く他人よりも番う可能性が高いというだけのようですが……なんだか、ロマンチックな話ですわね。


「じゃあ僕の世界にもいたのか? そのつがいってのが」

「いる。それはもうとんでもないカワイ子ちゃんがな」

「……会ってみたかったようなそうでないような」

「もう別れてるけどな? お前が大学三回生の時に」

「蓮香かよ!! ……あ~でも言われてみるとあの男、確かに蓮香っぽい」


 あらまあ……どれいさまにもいらっしゃって、でもお別れしてしまったようですわ。


「ちなみにお前の葬儀にもやってきて大号泣してた」

「…………」


 ……言わなくてもよろしいことを。全く、これだから館長さまは。


「とりあえずそれを食え」

「え、あ、え」

「食え」

「ひっ、ぇあ、あう」


 面接の方は……どういう流れなのか、レンデライトさまが串団子をミドさまに勧めておられました。勧めて……と、いうか強要……?


「プリズム因子の塊だな。どれ、ワタシたちの分も」

「うおっ!?」

「キッチンに余りがあったからいただいた」


 突然手の中に串団子が現れて取り落としそうになって、支え損ねて指先が少しべちゃっとしてしまったのを舐め取りつつ……串団子を眺めてみる。

 一見、ダイヤモンドの結晶をみっつ連ねたようなお団子のよう。けれど見ていて、わかります。この硝子の団子には〝ぎゅっ〟と何かが詰まっていると。輝きが違うと言いますか、厚みが違うと言いますか。まあとりあえずひと口。

 つるりとした硝子の表面が舌先を撫ぜた、と思った瞬間にぽぱりと体が輝く。ああ──これがプリズム因子。食べやすいように加工されているのでしょう、餡子のように甘いそれは驚いたことに、硝子しかないこの世界で初めて味わうまろやかで柔らかな食感でした。ええ、まさに餡子そのもののような。


「おいひぃ、おいひぃれふ」


 心の底から幸せそうな、それでいて今にも泣き出しそうな声にはっと顔を上げれば、ミドさまがそれはそれは幸せそうなお顔で、大粒の涙を流しながら串団子を頬張っていました。

 ──それを、レンデライトさまがじっと凝視する。


「…………」

「フフン! このふたりの行く末を見守りたいって顔だな?」

「あ、ええ……だ、だって……なんだかその、なんというか」

「どう分岐するかはあのふたり次第だ。シンデレラストーリーにもなれば、破滅への下落コースもある。レンデライトヤンデレ化ルートもあれば女王ミド超ハーレムルートもある」

「何ですかそれは……」


 ……と、いうかそれを言うということはこれから先の未来が館長さまには既に見えている、ということですわよね。


「見えているだけで見たわけじゃないけどな。いずれそれぞれの世界線へ渡ってみるとしようか」

「……そういえば館長。世界は分岐するって言うけどな、じゃあ僕らは? 例えば今、柊どれいが串団子を食べなかった世界線、ってのは生まれるのか?」

「生まれない」


 ()()()だからな。

 ──そう言って館長さまが、嗤う。わたくしたちは既に世界から弾かれた存在で、世界線というシステムから外れた存在。

 世界へ渡ればその時点で〝わたくしたちという異物が紛れ込んだ世界線〟が生まれはするけれど、異物は異物。枠外は枠外。〝その異物が右に行ったのと同時に左へ行く世界線も生まれる〟なんてことはない。


 仲間外れは、仲間外れ。


「──ま、あくまでワタシたち目線で、だけどな? もしかしたらワタシたちという存在を観測している更なる高次元の存在がいるかもな? なんせ、世界は広い」


 館長さまが、嗤う。

 それは愉しそうに──嗤う。




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