【お風呂のアレのロースト】
どれいさまが怯えておられる。もう死んでいるというのに。
「……? コレのどこに怯える要素があるのだ? 間抜けな玩具にしか見えんが」
ダイニングテーブルの上に置かれた、オレンジに近いイエローの大きくつるりとした丸い物体。生気の感じられぬ、というかただペイントしたようにしか見えないまん丸な目と、その下についている些か気が抜けてしまいそうなほどに間抜けなくちばし。
……ええ、ダンジョンでこれを拝見した時、想いました。
〝お風呂のアレだ〟と。
館長さまがどこからか持ち込んできて、湯船に浮かべておられるのです。これよりもずっと小さい、手のひらサイズほどのものではありますが……ゴムのような材質で作られたおもちゃのそれと、そっくりなのです。
ええ……〝お風呂のアレ〟、アヒルのおもちゃと。
あんまりにも間抜けなお顔のアヒルのおもちゃがぽつんと通路のど真ん中に放置されていたものですからわたくしたちも拍子抜けしてしまって……いえ、サイズこそ人間の胴体と変わらないくらい大きかったですが。ペイントされただけの焦点の合っていない目と、半開きの間抜けなくちばしがダンジョンの雰囲気にそぐわなさすぎて……〝わたくし〟のいるパーティーの忘れ物なのかと思ってしまったほどです。
まあ、それで……どれいさまがなんじゃこりゃーと呟きながら近づいたのですが。
どれいさまがアヒルのおもちゃに触れた瞬間、ペイントされた目が、まぶたが開いて赤黒いグロテスクな眼球が現れ、半開きの間抜けなくちばしが剥がれるように大きく開いて細かく鋭い牙がびっしり生え揃った口が出てきて……どれいさまの、首を丸呑みにしてしまいました。
勿論、防衛魔法がかかっておりましたので首を食い千切られることはございませんでしたが。どれいさまはすっかりトラウマになってしまったようで。
「くちばしをこう、べりっと大きく開けると……」
「ひぃ」
「……これはまた、グロテスクな」
「ええ……おまけに一匹倒してひと息ついて次の部屋に進んだところ、部屋いっぱいにアヒルのおもちゃもどきがいまして」
「成程、それは不気味であるな」
ええ、まっこと不気味でした。わたくしたちを一心にペイントされただけの目で見つめるだけの、何もしてこないアヒルのおもちゃの山は……。
「こちらはローストにしてしまいましょう」
「鳥……なのか?」
「いえ、館長さまによれば牛に近いんだとか」
肉食ですけれど。
まずは首を肉断ち包丁で切り落として、館長さまに急遽こしらえていただいた血抜き用スペースに吊るす。スライムの体液を血管に注入して血の凝固を防ぎ、流れ落ちやすくしてから、先に血抜きを済ませておいたアヒルのおもちゃもどきを取り出して毛皮と内臓を取り除く処理に入る。
「……手馴れておるな」
「まあ、十日以上もダンジョンに籠っていれば」
「メイドさん、最終的には人型モンスターの脳天も躊躇なくカチ割るようになってましたよね……」
トロールの頭を砕いて微笑む、返り血まみれのメイドさんはトラウマだとぼやくどれいさまに、写真撮りまくっておいででしたくせに何を仰ると言い返して処理した内臓をポリバケツに入れて肉を洗浄する。
返り血にまみれながら微笑むわたくしはある種の〝絵〟になるらしく、どれいさまは丁寧に現像してコレクションに加えておいででした。何がトラウマですの、ふん。
「レバー喰えそうだなぁ」
「召し上がるのですか? 解体を専門としているわけでもありませんからおやめになった方がよろしいかと」
「ふぅーむ……鮮度に問題はなさそうだ。毒があるわけでもなし……よし、柊どれい。ミノタウロスの乳があっただろ? アレをボウルいっぱいに入れろ。そこに漬け込んでみよう」
食べる気満々の館長さまのためにレバーをそっと切り分けて、そちらはお任せして勝手に処理を進めていくことにします。さて、肉の洗浄が済みましたら下処理してオーブンで蒸し焼きにしなければ。
◆◇◆
「ヴォエェエエェェエ!!」
「ヴォエェエエェェエ!!」
アヒルのおもちゃもどきのレバーはこの上なく不味かったようです。
まあそんな些事はさておき。オーブンでじっくり蒸し焼きにして無事焦げ茶色のローストが仕上がったので、パンを焼いてホットサンドにすることにいたしました。
「スラ核揚げもございますのでどうぞお好きなように召し上がってくださいませ」
スライム料理の残りと、じゃが芋虫のポテトサラダにレタス蜘蛛、スライスしたトマトウサギとバジリスクの卵のスクランブルエッグ。ダンジョン飯詰め合わせ、ですわ。
「なかなかうまそうであるな。元のモンスターの姿形を知らなければ、だが」
「あら、案外繊細ですのね? 食べてしまえば同じですわ」
「たくましくなったな、おぬし……」
執事さまの言葉にくすりと笑いながらパンにアヒルのおもちゃもどきのロースト……ローストダックでいいですわね。ローストダックとスライストマト、ポテトサラダを少しとレタス。スラ核揚げはイカ下足の天ぷらのようで美味しいのですけれど、今回はパスしておきましょう。
具を挟み込んだサンドイッチにかぶりついて、少し弾力があって千切りにくいロースト肉にぎゅっと歯を擦りつけて噛み千切る。もっと薄く切った方がよかったですわね──あら、美味しい!
「ローストビーフよりも柔らかくて鴨肉のようですけれど、鴨肉のように独特の臭みが一切ありませんわね」
「美味いな。酒の肴にしたいところだ」
「では燻してジャーキーっぽくしましょうか?」
「それも良いであるなあ」
「ヴォエェエエェェエ!!」
「ヴォエェエエェェエ!!」
館長さまとどれいさまがうるさかったのでしばらく廊下にいてもらうことにしました。鬼畜? あの程度、館長さまがどうにかできないわけがありませんでしょう。愉しんでおりますのよ、あの状態を。……まあ、どれいさまは不本意でしょうが。
「愉しんでないぞっ! ワタシとてあまりのまずさに打ちのめされることもあるっ!」