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自分図書館  作者: 椿 冬華
第二幕 「わたくし」の章
80/138

【毒ムカデのトラップ焼き】


 ダンジョン内でどのような食事をしていたのか、ですって?

 そうですわねえ……最も抵抗があったのはやはり虫ですわね。




 ◆◇◆




「ゼハァーッ! ゼハァーッ!」


 盛大に肩で息しておられるどれいさまの横で、人の胴体ほども太い巨大な毒ムカデがぴくぴくと痙攣している。


「よし、今夜はこいつにするか」

「きが くるったか」

「なあに、エビみたいなモンだ」


 毒ムカデ討伐を完全にどれいさま任せにし、折れた柱の上に座って呑気にテンポの外れた鼻歌を奏でていた館長さまが唐突に言い出したその台詞には、さすがのわたくしにも抵抗がありました。


「どう見ても毒持ちですわよ」

「毒袋を取り除けば大丈夫だ。ほれ柊どれい、ボケっとしてないで頭を切り落とせ」

「ざっけんな少しは労れ」

「柊どれいを強化したワタシおつかれ」

「ふざけんなてめえ」


 それから館長さまの指示に従ってムカデの頭と尻、それに手足を切り落としていく。毒袋も皮手袋を装着して館長さまに指示された手順通りに袋を破かないよう細心の注意を払って、抜き取った毒袋を館長さまに渡す。食べた。


「ふむ、神経毒だな。喰らえば一瞬で呼吸困難に陥り、一分も経たず脳が麻痺して昏睡状態に陥り、死に至る」

「当たり前に毒喰うな」

「食べるか?」

「食べねえよ館長の解毒あんま期待できねえのに」

「ワタシが全力出せる状況なら喰ったわけか」


 ……どれいさまも大概、館長さまに染まりましたわね。


「それで……この後いかがいたしましょう? 火を熾して焼きますか?」

「いや、これだけデカいのを十分に焼ける火力を熾すのは難しいだろう。さっき炎のトラップあったな?」

「僕が丸焦げになりかけたやつな」


 ああ、ありましたわね。館長さまが〝右から来るぞ! 気を付けろ!〟と鋭く叫んだ直後に真上から火炎放射。どれいさまのおぐしが少しばかり焦げてくるくると丸くなってしまわれて……。


「あれはいい具合に均一の温度で焼けそうだ。亀もさっき倒したろ? あの甲羅いただいて蒸し焼きにしよう」


 ワニガメ、とでも申し上げればいいのでしょうか。頭部がワニのようになっている巨大な亀がおりまして、どれいさまが噛まれてデスロールされている間にお尻から剣をぶっ刺して倒したのです。デスロールというのはあれですわ、ワニって噛んだあと体を高速回転させて千切り取りますのよ。どれいさまには館長さまの防壁呪文が掛けられていましたから一緒に回転するだけで済んでおりましたが。


「電車の音聞こえましたけどね」


 それからワニガメの死骸の処理に取り掛かり、甲羅の中を綺麗にした後は切り分けた毒ムカデの殻付き身にたっぷりの調味料と薬草をすり込んで中に入れていきました。ダンジョンにあったトラップ用の鎖をいくつか頂戴して甲羅に巻き付け、炎のトラップのところへ運んだあとは蒸し焼きにするだけです。


「あっちあっちあちぃあづぅ!!」


 トラップの発動から少し逃げ遅れてまたもやおぐしをお巻きになられたどれいさまをよそに、ごうごうと燃え盛る通路を眺める。


「炎のトラップがあるということは油があるのでしょうか?」

「かもな。揚げ物もできそうだが……いかんせんワタシがか弱くてなあ」

「トラップの元を取り出すだけでもダメですか……残念ですわね」


 常日頃からいかに館長さまに頼っていたかよくわかります。一応の加護はあるとはいえ、戦闘もトラップ解除もマッピングもほぼ自力でやらなければなりませんでしたから……すごく疲れてしまうのです。これが当たり前のこと、ではあるのですけれど。館長さまがいらっしゃること自体理不尽。奇跡ではありません──()()()なのです。

 つくづく、館長さまがどこの〝わたくし〟なのか気になりますわ──おっと、そろそろ頃合でしょうか。

 皮手袋を嵌めて鎖を手に持ち、思いっきり引く。ほわりとエビが焼けたような香ばしい香りが熱風に乗って漂ってきて、おもわず口内に唾液が溜まる。

 斧を振り下ろして甲羅の柔らかい、腹の部分を割り、じゅうっと熱風とともに噴出してきた灼熱の出汁に呻きつつもメイスで掻き出すように毒ムカデの身を取り出す。毒々しい紫と青の斑模様だったのが赤々と変色していて、ぷりぷりとした身が殻からはみ出そうになっている。

 皿代わりの葉っぱを敷いて載せ、タガーナイフで殻を割る。身はエビやカニに近く繊維状になっていて、よだれをだらだら垂らしておられる館長さまの口にとりあえずひと口、放り込む。熱さに悶え苦しんだ。


「ざまあ」


 頭部を素敵なアフロにアレンジしてらっしゃるどれいさまが笑いながらやってきましたので、先に用意してあったじゃが芋虫のバター焼きを主食にして夕食タイムとすることにしました。


「こうしてみるとエビやカニにしか見えないですね」

「ええ。味の方はいかほどでしょうか──いただきます」


 どれいさまや館長さまと渡界するようになってどれくらい経ったでしょうか──気付けば、わたくしも食前の祈りに加えて〝いただきます〟をするようになっておりました。こうすると、三人で食べているという感じがして、なんか楽しいのですわ。

 タガーナイフで切り取った身を手のひらの上で軽く冷まして、頃合を見てかぶりつく。カニに近い風味に加えて、なんとなくピリッと舌先が刺激される。このピリッとした感じはすぐ消えるのですが……痛いわけでも辛いわけでもなく、舌先が痺れてじんじんするような。


「毒だからな」

「げほっ」

「安心しろ。人体に影響はない。あるのは毒袋の中にある神経毒くらいだ」

「なんちゅうもんを……」

「でもピリッとくる感じがなんとなく癖になるだろ? イルカと同じだ。フグをあえて攻撃して毒を喰らってる感覚を楽しむ」

「薬中みてえな味わい方するんじゃねえ」


 薬。

 ……くすり。




 足りない! もっと頂戴! あぁあ、わたくしの美しさが!




 狂ったように泣き叫ぶわたくしと、それを眺めているわたくし。

 ぴりぴりと痺れる舌先は、果たして悦んでいるのか怯えているのか。





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