第九自我 【ダンジョンに呑まれた自我】
第九自我 【ダンジョンに呑まれた自我】
渡界した瞬間、世界がねじれた。
いつも不敵な笑みを浮かべておられる館長さまが珍しく憔悴した表情を浮かべたのを見て、異常事態なのだとすぐわかりました。
「……変な世界に巻き込まれたようだ」
「そうなのか? 何ともないように思うが……」
美しい小川の流れる森の中。
そこで館長さまがしきりに視線を彷徨わせながらとんとん、とんとんとつま先を叩く。
「完全に閉じ込められたな、この世界に」
「えっ?」
「強引に破って戻ることは容易いがな……珍しいタイプの世界だ。生きている気配がまるでない」
さしずめ限界集落系列世界第一種 №1、とでも名付けようか──そう言って妖しく嗤う館長さまに、わたくしとどれいさまは思わず顔を見合わせました。
「限界集落、とは?」
「この世界、一キロ平行メートルしかない」
「はっ?」
一キロ平行メートル。㎢。
「え? 浮島とかそういう……」
「いいや。きっちり縦一キロ横一キロで世界が完結している。ゲームの世界だって言えば柊どれいには伝わるだろうが……」
「えぇ? ゲームの世界って……」
げーむ……館長さまが地球系列世界より持ち込んだげーむぼーい、というのをプレイしたことがございますが……つまり箱庭世界、と考えればよろしいのでしょうか。
「とりあえず村へ行くぞ」
れっつごー! と元気よく歩き出した館長さまについて歩き出したわたくしたちが、心身ともに摩耗しきって項垂れる羽目になるまで──実に一時間もかかりませんでした。
「ここは道具屋だ。何か買っていくかい?」「ここは道具屋だ。何か買っていくかい?」「ここは道具屋だ。何か買っていくかい?」「ここは道具屋だ。何か買っていくかい?」「ここは道具屋だ。何か買っていくかい?」「ここは道具屋だ。何か買っていくかい?」「ここは道具屋だ。何か買っていくかい?」「ここは道具屋だ。何か買っていくかい?」「ここは道具屋だ。何か買っていくかい?」「ここは道具屋だ。何か買っていくかい?」
十回きっちり同じ台詞をいただいて、わたくしはがっくりと机に突っ伏しました。
「ダメですわ……どなたに話しかけても同じことしか申し上げません」
「ははは、長老もそうでした。ダンジョンのボスを倒してくれって三十回頼んできやがりましたよ」
「見事に限定的な行動パターンしか取らんなぁ」
小さな村へ辿り着き、やけに家の数が少ないことに疑問を持ちつつも情報収集をすべく酒場らしきお店へ赴いたのを皮切りに、ここ道具屋に辿り着くまで十数人──どなたも同じでございました。
どのように質問を変えても返ってくる内容は同じ。最初に訪れた酒場では〝いらっしゃい〟しか言わないバニー姿のウエイトレスに〝うぃ~、ひっく!〟しか言わない酔っ払い。それに〝ダンジョンに行くのかい? やめとけ!〟しか言わない酒場のマスター。
その次に訪れた武器屋では〝よう、要り用かい?〟しか言わない店主しかおりませんでしたし、謎に店と同じだけしかない民家では〝長老さまに聞くといいよ〟をひたすら繰り返しておりました。試しにと民家のタンスを漁ってみましたがやはり何も言われることなく、同じことしか言われませんでした。
最後の方は疲れてしまって、どれいさまが相手が言い終わる前にこんにちはーと声かけるものですから〝ここはタワーの村ここはここはここはここはここはここはこここここここここここここ〟と壊れておりました。
「この方たちに自我はないのですか?」
「ない──と、いうよりあったと称すべきか」
「あった……って元々は普通の人間だったってことか?」
「そのようだ。まあ……滅びかけている世界らしい末路ではある」
滅びかけた世界。
終わりかけの、世界。
「調べてみたところ、どうも元々は多重世界系列世界だったようだ。母体となる世界が仮想世界を創り出し、そこに自己を投影して遊ぶのが日常的に行われている世界……だがある時、仮想世界にバグが生じて母体となる世界を喰ってしまい滅んで……母体を失った数々の仮想世界も時間の経過とともに少しずつ滅んでいき……今ではここしか残されていないようだ」
その、あまりにも壮大な過去の歴史に言葉を失い、沈黙してしまう。
「技術が進歩しすぎて、その技術に人類が喰われたって感じか……文明社会の末路らしいっちゃらしいな」
「違うぞ」
どれいさまの言葉を否定して、館長さまは嗤う。
「人類が滅んだくらいで世界が終わるわけがないだろう? 惑星が爆発したくらいで宇宙が終わるわけがないだろう? 〝世界が滅ぶ〟ってのはそういうことじゃない」
文字通り、終わるんだ。
──そう言って館長さまは、嗤う。嗤う。ただ、嗤う。
「人類が滅んだ世界ならこれまでにも何度か行ったことあるだろ? 世界は終わっていたか?」
「……いや」
世界が滅ぶ。
人類が滅亡するわけでも惑星が消滅するわけでもなく、世界が滅ぶ。
それはつまり、基準と基盤と、常識と思想と、それどころか生態や生死の概念さえも何もかもが。ありとあらゆるもの全てが。根こそぎ全てが──なかったことになる。
「……こんなところに、〝僕〟がいるのか?」
「いる。北東に塔が見えるだろう? あのダンジョンにいるようだ」
だが問題がある、と館長さまは拘束している腕をどれいさまの頭に引っ掛けてぶら下がりながら続けて語る。
「滅びかけの世界だからワタシの力がほとんど使えん。下手に干渉するとすぐ滅ぶ。まあ滅んでも図書館に戻ればいいだけだからそのあたりは心配するな──問題は、〝ワタシ〟がいるダンジョンの最上階へワープできないことだ」
「転移する力に耐えきれなくて世界がハジけるってことか」
「そういうことだ。だから地道にダンジョンを登るわけだが」
「まあ……だんじょんということは、モンスターもおられるのですわね?」
げーむぼーいでプレイしたろーるぷれいんぐげーむと似たようなものだとするならばきっとモンスターやトラップ、謎解きなど色々あるでしょう。
「ああ。世界が壊れない程度にお前たちの肉体も弄るから死ぬことはないだろうが……問題は、何日かかるかだな」
「何階あるんだ?」
「百階」
「うげえ」
強きは弱き、弱きは強き──その意味を今知った気がします。
館長さまの理不尽を抑える最上の力は、吹けば消し飛ぶほどの弱さ。
どんなに屈強な腕力を誇るボディビルダーでも豆腐を切るには力を極力抜かなければならない──そういうことなのでございましょう。館長さまがこうも難儀しておられるだなんて、珍しいものを見ました。
「では〝わたくし〟に逢いにゆくために……準備をしなければなりませんね」
「ああ……おい柊どれい」
「ん?」
「図書館へ戻れば同時にこの世界が滅ぶ。だから〝ワタシ〟に逢うまで帰れん──おそらく一週間以上かかる。覚悟しておけ」
「えっあっマジか」
「ダンジョンに精気を蓄えられるモンスターでもいればいいがなあ~」
何やら、館長さまとどれいさまがこそこそお話しておりましたので聞き耳を立ててみましたが……よくわからない内容でした。
◆◇◆
〝いやはての塔〟と呼ばれているダンジョン。
百階あるこのダンジョンをクリアした者には伝説の剣が与えられるという、オードソックスな階層型ダンジョンで、十階ごとにフロアボスがおり、上に行けば行くほどモンスターもトラップも厳しいものになるようです。
入り口は神殿のようになっていて、番人と思しき御方が〝入るのか? おすすめしねえぞ〟と十回ほど警告してくださったのを聞き流しつつ、中に入る。
「明るいですね」
「まだ一階だしな。モンスターもいないようだ──二階に上がるぞ」
こつこつと靴が石を叩く音を聞きながら二階に上がれば早速手足が生えたキノコのようなモンスターと遭遇したので、とりあえずメイスで撲殺しました。
「躊躇ねえな」
「え、だってモンスターなのでしょう? 躊躇していてはやられますわよ」
「そうですけど……ああ、そういえばメイドさんの世界にはモンスターいるんでしたっけ」
「ええ。人間族に使役されていない魔物は気性が荒く、対処法を知らなければ命の危険もございます。……なので魔物に関する知識はあります。おそらく、学んだのでしょう。……この世界におけるモンスターと合致するとは思えませんが」
倒れたきり痙攣したまま動かないキノコを見下ろして、食べられるのかしらとつい考えてしまう。それを目ざとく館長さまに気取られてしまって、毒はないから食べられるはずだとウキウキ言われてしまった。
「いや食糧一応持ってきたし」
「精々三日分だろう? それなら無駄使いせずモンスターをおいしく料理しながら進もうではないか」
「うまいかどうかわかるのか?」
「神の味噌汁」
「お前神も凌駕するだろうが」
キャンキャン仔犬のようなじゃれ合いをしているお二方をよそに、キノコにそっと触れて確かめてみる。感触としてはキノコそのもので、縦に割いて焼けば食べられそうにも思えます。手足は人間の手足そのもので、食欲減退どころの話じゃないので切り落とすことにしましょう。
「……タフですねメイドさん」
「そうですか? 人肉を召し上がられたどれいさまほどではないかと」
「あれは人肉じゃねえってだから」
胴体ほどもあるキノコを包丁で丁寧に捌いて、スライスしたうちの何枚かを食糧袋に詰めて先に進む。階層が低いからかさほど強いモンスターは現れず、へっぴり腰のどれいさまによる華麗な剣捌きでも容易く倒せました。トラップもありましたが、館長さまが先んじて見つけてくださるのでさほど危険のない道程です。何回かどれいさまが館長さまのイタズラでトラップに引っ掛かっておりましたが、些事です。
「些事じゃねえ」
十二階まで辿り着いたところで日が暮れたらしく、館長さまがどれいさまにテントを張るよう指示しました。
十階までは明るい石造りの神殿のような内装だったのですが、十一階から石をつるや木の根が覆うようになりぐんと暗くなって、モンスターも少しばかり強くなっておりました。幸い、木の枝には苦労しませんでしたので組み木をし、館長さまに軽く火種を頂いて焚火を熾します。
道中で手に入れた食べられそうなモンスターを買い込んだ野菜と一緒に鍋に入れて水炊きにしていく。ちなみに道具類はどれいさまの四次元ショルダーに全て突っ込んであります。わたくしも渡界を始めた折に四次元ナップサックを館長さまにいただいたので、衣類や日用品などを中心に詰め込んであります。
ある程度煮立ったところで館長さまに見ていただき、毒の心配はないとのことだったので味見してみ──まあ、美味しい! キノコの繊維が非常に詰まっていて、そのくせ繊維と繊維の間に出汁がよく染み込んでいるものですから旨味もぎゅっと閉じ込められていてとても美味しい。
出汁の元にした一角ウサギの硬い肉もちょうどよい具合にほろほろ崩れていて、それもまた美味しい。
館長さまのお力にろくに頼れない前途多難なダンジョン攻略だと思いましたが、思った以上に楽しいものになりそうです。
──そう思っていたのですが、そうは問屋が卸しませんでした。
三日目、三十階。
「ふぅ……」
火照った体を岩に横たえて、水流の恩恵を受けた岩の冷たさに安堵の吐息を零す。
「フロアボスの水龍って食べられるのか?」
「ウナギみたいなもんだ。かば焼きにしよう」
「でかすぎるだろ」
モンスターと戦ったばかりだというのに元気なお二方にくすりと笑いつつ、わたくしも負けていられないと立ち上がって火を熾すのにいい場所を見繕う。
ちょうど下の階で平べったい鋼鉄のエイのようなモンスターを倒しましたから、あれを鉄板代わりにするのもよいでしょうね。
川や湖、滝に沼地と水棲に重きを置いている階層だからかひやりとしていて、火照った体にちょうどいい。ふうっと、息を吐く。
五日目、五十一階。
体が熱い。
どれいさまが五十階で討伐したフロアボス、砂蟲からくり抜いた肝であんかけを作ってくださっていたので、ありがたく頂戴いたします。砂蟲は一見巨大なワームのようで、とても食べられたものではないおぞましい外見だったのですが……驚いたことに、肝はとてもあっさりしていて美味にございました。
じわりと体に栄養が染み渡るような感覚がして、ほうっと息を吐く。
「おお、だいぶ顔色が良くなった……よかった、この食材アタリだったな」
「二日くらいしか保たんだろうから次の食材探さにゃあならんけどな」
「この階層、金属性だろ? さっきから鉄のモンスターしかでねえぞ……あるのか、精がつく食材」
「まあなくても大丈夫だろ、柊どれいがいるんだから。安心しろ。その時は眼鏡をメイドにかけてやるから」
「おい待て、どういうことだ」
「好きだろ? 巨乳眼鏡っ娘」
「何で知ってる!? いやちげえ、ちげえから!! いや待てマジでなんでっ」
「ベッドの下」
「ぬうぅうぁああぁあああああ!!」
「安心しろ、柊めぐりも発見した」
「ああぁああああぁあああぁぁ!!」
……賑やかなこと。
八日目、七十五階。
体が、重い。
「ちょっとメイドさん、すみません」
唇に何かが触れる。ざらりと舌先をなぞるひんやりした、おいしいものにちゅうっと吸い付く。吸い付く。吸い付く。
「っごほっ……すげえな、執事さん毎回これ受けてんのか」
「メイドの体質に真っ先に気付いたのは執事だったしなあ」
「館長の力でなんとかできないのか?」
「できるっちゃできるが、この世界が壊れる。それにワタシの力はメイドには重すぎるんでな。ギリギリまで見定めたい」
「なるほど……あ、マンドラゴラだ。館長、メイドさん頼む」
「よし来たぶちゅー」
今度は先ほどのよりも柔らかく小さなものが滑り込んできた。躊躇なく、吸い付く。吸い付く。吸い付く──……
十日目、九十階。
とてもまろやかで甘く、いくら噛んでも味が少しも落ちない不思議な不思議なお肉。それを何度も何度も咀嚼して、咀嚼に咀嚼を重ねてお肉がようやく味の薄いゴムになったところで嚥下する。
「あぁ……?」
「あっ、よかった。目を覚ました」
「一応ベッドの用意はしておいたんだが……必要なさそうだな」
「わたくし……」
「少し体調を崩していたんですよ、メイドさん」
──記憶がところどころ飛んでしまっているようです。
やわらかな赤い絨毯の上に寝かされていて、どれいさまと館長さまが心配そうにわたくしを見下ろしていました。
どれいさまの背中で臥せっていた間、ずっと考えておりました。
百年以上前に図書館に降り立ってすぐのころにも、同じことがありました。図書館で倒れ、高熱に魘されているわたくしに執事さまがもっと早く言えとかなんとか罵倒してきて……そう、あの日初めて執事さまに抱かれたのです。
そうして執事さまと肉体関係を持つようになり、それ以降体調を崩したことは一回もありませんでした。
どれいさまに誘われ、初めて渡界した日。執事さまがどれいさまに何かしつこく言い募り、慌てたお顔で拒絶するどれいさまになおも食い下がり……それを、館長さまが一週間以内に帰ってくるからといなしました。それ以来、渡界した先から帰ってくるたびに執事さまに手荒く抱かれるようになりました。
ふう、とため息を零す。
「──魔人でしたのね、わたくし」
中でも、精気をエネルギー源とし他人を魅了する技能に長けている淫魔種。
あぁ、気付いてみれば当然のことですのに何故気付かなかったのでしょう。と、いうか言ってくださればよかったものを。
「いや……わからなかったんですよ。メイドさんの世界でどういう位置付けの種族なのか……僕の世界じゃあフィクションの種族ですし、あんまりいい扱いは受けていないし」
「……なるほど」
確かに、蟲人とかの短命種は蔑まれる傾向にあるとわたくしの知識にはあります。
「体調はどうですか?」
「ええ……おかげさまでだいぶいいですわ。ありがとうございます」
そう言いながら起き上がって、先ほどのあの美味しいお肉は何なのかと問う。どれいさまが硬直した。
「……どれいさま?」
「いや……えぇっと……あー、フロアボスがですね。ドラゴンで」
「まあ。それはそれは、精気に溢れていそうですわね」
「そりゃ溢れているだろうなあ。金タマ十個ついてるとか壮絶だった。あ、今は九個だが」
「館長ぉおおぉおお!!」
……きんたま?
……睾丸?
ちらりとあたりを軽く見回す。広々とした玉座のような広間の中心部で、漆黒のドラゴンが仰向けに倒れていた。股間があられもなく曝け出されていて、そこには袋のようなものがいくつも──
「…………」
「す……すみません」
「……いいえ、確かに……精気を得るには絶好の部位ですわね」
言いながら立ち上がってどれいさまの手を取り、立たせる。どれいさまがきょどきょどとわたくしを見下ろしている。
とりあえず、お仕置きに睾丸との関節キッスをさせてあげましょう。
十三日目、百階。
漆黒のドラゴンより残り九個の睾丸ももぎり取ってわたくしの精気補給用にしたおかげで、体調を崩すこともなく無事百階に辿り着けました。
──そして館長さまが高らかに、唄う。
彼の人は絶望する。
終わりなき迷宮。終わりなき回路。終わりなき役目。
閉ざされ朽ち滅びゆく箱庭に抗わんとする自我さえ亡く。
滅び朽ちる運命を甘受せんとする諦めの気概さえも失く。
ただただ絶望に涙す。
最上階の、最後の扉の前。
そこで数人のパーティーが不動のまま、涙を零しておりました。
『頂上の鍵を使った』『扉が開かない。鍵が掛かっているようだ』『頂上の鍵を使った』『扉が開かない。鍵が掛かっているようだ』『頂上の鍵を使った』『扉が開かない。鍵が掛かっているようだ』『頂上の鍵を使った』『扉が開かない。鍵が掛かっているようだ』『頂上の鍵を使った』『扉が開かない。鍵が掛かっているようだ』『頂上の鍵を使った』『扉が開かない。鍵が掛かっているようだ』
おそらくはシステムメッセージなのであろうナレーションが延々と最上階に響き渡っている。
「バグだな」
「鍵を使えば扉が開くってフラグが設定されていないのか」
パーティーの、おそらくはリーダーであろう鎧の殿方が扉に鍵を差し込んでは開けようとし、そしてまた差し込んでは開けようとしの繰り返しでその場から動かない。動けない。彼の背後にいる、〝わたくし〟を含めたパーティーのメンバーも動かない。動けない。
「館長……」
「無理だ。扉にフラグ追加するだけでもこの世界が壊れる」
「……もう、駄目なのか」
フラグ、というのはゲームにおいて特定の動作を引き起こすのに必要な条件のことだそうです。ボス部屋の扉を開くために宝玉を集めるとかげーむぼーいでやったことがありますが、あのことなのでしょう。特定のイベントをこなさなければ次に進めない、とかもそうですわね。
この場合、鍵を差し込めば扉が開くはずなのですが……バグにより鍵と扉の間にあるはずの関係性がなくなっている、つまりフラグが立たなくなっているのです。だから先に進めない。とか言って戻ってもダンジョンと生気のない村しかない。
そうこうしているうちに世界は少しずつ滅び──自我も、大部分が呑まれ根本的なプログラム通りにしか動けなくなったのだろうと囁いて、館長さまが興味深げに〝わたくし〟たちを眺める。眺める。眺める──閲覧する。
ぞっとした。
館長さまがダンジョンの最上階を目指したのは〝わたくし〟を助けるためでも世界を救うためでも逆に世界を滅ぼすためでもなく、ほんとうにただ。ほんとうに純粋に。ただただ無垢に──〝わたくし〟を見てみたいと、それだけで何日もかけてダンジョンを攻略したのです。わたくしがいよいよ危なくなれば捨てるつもりだったようですが……改めて、館長さまという存在の理不尽さを噛み締める。
そういえば、闘争の世界で。
……母親に手酷く扱われていた〝わたくし〟を前に、館長さまは怯えておいででした。館長さまにも……あの、理不尽かつ不条理な御方にも〝人間らしい過去〟が、あるのでしょうか。
つきりと、体がひどく痛んだ。
【終末】