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自分図書館  作者: 椿 冬華
第二幕 「わたくし」の章
78/138

【龍上野菜カレー】


 龍の世界において、日本の農耕文化は大きく変わりました。東京の博覧会でも人々の生活が大きく変わったことを重心的に展示されていて、中でも目立ったのは漁業、農業、貿易業、交通インフラの著しい変化でした。

 飛行機という空を飛ぶ乗り物がまず飛べなくなり、世界と日本を分かつ外骨壁ができたことによってタンクという大きな貨物船も日本に入れなくなり、元々自給自足率が低く輸入に頼っていた日本はだいぶ混乱したようです。そのうち龍に慣れ、飛行機の発着は龍が上昇を止めて最高高度に達し安定して飛行している時と、海に横たえ眠っている時に行い。また外海との船による交易は龍が眠っている時のみに行うようになり。

 龍神イザナギさまも人間の生活を気遣ってか風向きに逆らう飛び方は控え、眠る時も外骨壁をなるべく海に沈めて船が通りやすいようにしているようでした。

 漁業は最初こそ外骨壁に遮られて遠洋に出られなくなり深刻なダメージを受けておりましたが、そこはさすが龍神イザナギさま──外骨壁に守られている海は非常に肥沃で、魚の天国とも呼ぶべき環境に変質していたそうです。

 一番割を食ったのは電力会社でしょうか。日本では風力、火力、原子力、太陽光と様々な手法で電力を生み出していたのですが……龍神イザナギさまの目覚め以降、龍脈という日本全国に流れるイザナギさまの血管のような場所からエネルギーを吸い上げて発電するようになったのです。これは龍神イザナギさまからの提案で、小さき人間に吸われる程度で枯れるならば世界はとうに滅んでいるというお言葉を受け、転換に踏み込んだとのこと。イザナギさまのお力を借りるからということで龍脈を利用した発電は国営となり、主要電力会社がそのまま国営化してそれ以外の会社は軒並み潰れてしまったと。

 そんな状況下の日本ですから、農業もかなり変化しました。まず、気候の変化。日本列島は南が温かく北は寒い縦長の島国で、四季が明瞭なため様々な農作物が作られていました。ですが空を飛び、月の大半を空で過ごすようになったため気候に変動が起きてしまったのです。イザナギさまがなるべく影響のないようにと神通力のようなもので環境を守ってはいたようなのですが、それでも全てが元のままとはいかなかったようです。

 ですが龍の目覚めによって大地は色付き、農業の様式を変更せざるを得なかった農家たちはこの際だからと適応に努め──〝龍上野菜〟という新たなカテゴリーが生まれたのですわ。


「イザナギさまのお力が漲って全体的に肥大化したんですわ」

「成程……それでこのオバケカボチャであるか」


 人間が四、五人同時に腰掛けても大丈夫そうな大きなかぼちゃを前に、執事さまが顎を撫ぜる。


「小型化も図られて、ミニ・龍上野菜シリーズなんてのもありましたのよ」

「逞しいな」

「ええ。博覧会を見ていてそう思いましたわ。どれいさまは日本人らしいと笑っておいででしたけれど」


 言いながら、腕とさほど変わらぬ巨大なニンジンを手に取る。ここまで大きいと大味になりそうなものですけれど、そこはさすが龍神イザナギさまの体。隅々までぎゅっと旨味が詰まっていて非常に美味しいのです。

 本日はこれらの野菜を使ってカレーにする予定です。


「カレー♪ カレー♪ カレー♪」


 館長さまが嬉しそうにくるくる回っております。どれいさまの頭上で。


「パンツ見えてんぞ」

「エッチ! 柊どれいのエッチ! 今夜のオカズにするつもりだな! いいぞ!」

「しねえよ萎えしかねえわ」


 相変わらず仲のよろしいおふたりですこと。




 ◆◇◆




「いっただきま~す!! 喰わせろ柊どれい!」


 館長さまの元気いっぱいな声を合図に、本日も和やかな夕餉(ゆうげ)が始まります。どれいさまが館長さまを無視してまずひと口食べて、館長さまが怒るのもすっかり慣れ親しんだ光景になりましたわね。


「柊どれいのくせに生意気だぞ!」

「はいはいほらあーん」

「あ~ん」


 仲がよろしくて十全ですわ。

 わたくしもスプーンで少し多めのひと口分を掬い、思いっきりかぶりつく。かぼちゃの甘い果実とルーのピリッとしたスパイスがなんとも美味しくて、思わず笑みが零れてしまう。


「龍神ブドウもいただきましたので後でデザートにお出ししますわね」

「ひゃっほい!」


 イザナミさまのブドウ園にていくつかもぎ取らせていただいたのです。龍神ブドウは普通のブドウのように段状に連なっているのではなく、鈴蘭のように一列に連なっているのです。ブドウ園に一歩足を踏み入れればダークバイオレットのカーテンに囲まれて、なんとも神聖な空間であるかのような心地に浸れるのです。


「イザナミさまおひとりでは大変だろうからって〝わたくし〟もブドウ園の管理を手伝っておられて、まっこと精力的な御方でしたわ」

「ほう。それはまた〝我輩〟らしくない奴であるなあ」


 ひねくれ者で尊大でそのくせ変なところで弱く臆病で、おまけに偏屈。

 それが〝我輩〟だからなと仰ってカレーを頬張る執事さまに、どれいさまが自覚してたんだなと冷静なツッコミを入れる。

 わたくしはくすりと笑って、そんなことはないと口を出す。


「わたくしも最初はそう思いました──けれどしばらく見ていて、思ったのです。どれいさまや館長さまにそっくりだと」

「へ?」「ふむん?」

「溌剌で快活な〝わたくし〟ではありましたけれど……あれはあそこが、彼にとって何物にも代えがたい場所だからですわ」


 大切なもののためならひたむきになれる。

 ある意味偏屈とも偏執ともとれる性質がまさにあったのです。どれいさまはカメラに関することであれば迷いありませんし、そのためならば館長さまさえ利用します。何より、どれいさまはご自分を認め傍に置いてくださっている館長さまのことを大切に想ってらっしゃる。

 館長さまだってそう。楽しいことのためならば、おいしいもののためならば、未知なるもののためならばどんな理不尽も捻じ曲げてしまう偏執さがあります。けれどその実、図書館という領域と、そこに住まうわたくしたちに害が出ないように細心の注意を払っていることがよくわかります。適当な想いであれば──渡界のたびにわたくしたちがすんなりその世界に適応するわけございませんものね。

 言葉や態度に出さないだけで、大切なもののために必死になる。

 かの〝わたくし〟──零度さまはそれが素直に表面化されただけのこと。


「まっこと、〝わたくし〟らしいですわ」


 ──願わくば。

 わたくしにも、そんな面が芽生えてほしいものです。





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