【泥団子】
敗者には泥団子を、勝者に肉団子を。
この世界にはそんな伝統があるそうです。
「ごめんよ、おらが買えるのこれだけなんだ」
「いいえ──お気になさらず。わたくしたちをもてなそうとしてくださるそのお気持ちだけで嬉しゅうございますわ」
武闘会を終え、家に帰ることを許されずしばらく暇を潰さなければならないという霊霧さまにお付き合いして公園にやってまいりました。公園のベンチに座るわたくしたちに霊霧さまが屋台で買った団子をくださったのですが、どうやらこの世界においては強さで買えるものが制限されているようです。
団子を売り出す屋台が多いそうなのですが、腕章の色によって買える団子の種類が決まっているようで、霊霧さまのように敗けっぱなしのFクラスを示す鼠色の腕章だと泥団子しか買えないそうです。
「……厳しい世界ですわね」
「多民族文化で一見、強さありきで種族の壁がないように見えたけど……とんでもない弱肉強食の世界ですね」
「装魂、即ち魂の強さ。シンプルでわかりやすい強さの識別手段があるからこそ、だろうな」
館長さまが、嗤う。
そのお顔に先ほど垣間見たあの怯えはもう見えない。館長さまは一体、何にあんなにも怯えたのでしょう。
「ねえちゃんたち不思議だな~。なんか他人って気がしないや」
「そりゃ〝ワタシ〟だからな」
「ところでこの泥団子の材料って何なんだ? そこらの土で作ったわけじゃないんだろ? さすがに」
「えっ、そこらの土? 何いってんだにいちゃん。お腹壊すだろそんなんしたら」
「あっはい」
泥団子とは言いましてもさすがに人が口にする食べ物。本当に泥で作っているわけではないようです。確かに、ほのかに甘い匂いがしますもの。
「ねえちゃんたちどんな田舎から来たんだよ?」
「住民がわたくしたちしかいない山奥ですの」
「ふぅーん……この泥団子はハチの巣で作ってんだよ」
「ハチの巣?」
煉瓦蜜蜂と呼ばれる煉瓦色のハチが創り上げた巣を細かくすり潰してペースト状にし、泥団子にしたものだと霊霧さまが教えてくださいました。Eクラスになればその巣から取れた蜜で作った蜜団子が食べられるそうです。
「なるほど、ハチの巣ね……そういえばツバメの巣も高級食材だったなあ……」
「え、何言ってんだにいちゃん。ツバメの巣なんて食べられないだろ」
「あっはい」
どれいさまの世界ではツバメの巣を召し上がるのでしょうか……奇天烈ですわね。
「では、いただきますわ」
霊霧さまがわざわざ見知らぬわたくしたちのために買ってくださったものです。ありがたくいただきましょう。
膝の上に載せていた、ナプキンに包まれている泥団子をそっと持ち上げてまずは硬度を確認する。白団子よりは硬く、けれどあまり強く握りすぎると崩れてしまいそうな程度には脆く、といった感じでしょうか。
ナプキンで口元を隠すように──と、考えて首を横に振り、そのまま思いっきりかぶりつくことにしました。きしきしと体が軋むけれど、無視します。
「んん、不思議な味ですわね。少し甘いくらいで味はほとんどないように思いますが……ああ、でも噛み締めればはちみつが滲んできますわね」
食感としてはまさに泥団子、いえ食べたことありませんが。土を食べているような、と申し上げればいいのでしょうか……ざりざりしていて決していい食感とは言えません。味も、元がはちみつを貯蔵しておくハチの巣だからかほんのりとした甘みはあります。が、ほとんど無味で決して美味しいと手放しに褒められるものではございません。けれどハチの巣のかけらをよく噛めばじんわりとはちみつが滲み出てきて、それが甘く美味しいのできっとこうやって甘味を楽しむ食べ物なのでしょう。
「おら、肉団子食べるのが夢なんだ」
「美味しそうな匂いがしておりますものね」
「うん。でも食べるためにはみんなに認められるくらい強くなんねぇと……おら、本当に弱いから」
「弱くありませんわよ」
霊霧さまは強い。強すぎるくらいに、強い。
「〝強さ〟にも種類がございますの。例えばこちらの館長さま……もはや〝強さ〟を語ることさえおこがましいくらいに理不尽ですのよ。それに、どれいさまも……ほら、この通り装魂がハリセンですのよ」
「うわ、マジだ……」
「けれどどれいさまはお強いですわ。〝死〟とまっすぐ向き合えるくらい──」
肉体の強さのみで語るならば、館長さまは貧弱もいいところでしょう。どれいさまだって決して筋肉質ではございません。けれどお二方には他の人にない〝強さ〟があります。
館長さまはそのまま、理不尽を形にした強さ。いつだって薄い笑みを浮かべてありとあらゆる世界を花でも愛でるように眺めておられる、理解の及ばぬ強さ。
どれいさまは一見何の強さも持たない痩せ型の男性ですが、その実誰よりも揺るぎない信念を芯に携えています。流されている体でありとあらゆる世界を見つめ、ありとあらゆる〝わたくし〟を見据え、ご自分の〝死〟とさえも向き合う。
「メイドさんも強いですよ。以前にも言いましたけど、メイドさんはなんだかんだ言って〝僕〟らと向き合おうと必死になるし」
「ねえちゃんは優しいよな。おらを励まそうとしてくれたもん!」
ねえちゃんの装魂も優しそうだ、と言って笑う霊霧さまに、改めて自分の手のひらを眺め下ろす。ほわりと青い光が現れて青い硝子玉が手のひらに落ちる。
「これは、何の武器……なのでしょう?」
「閃光弾じゃね? ねえちゃん優しいから、ケガする武器はでなさそーだもん」
霊霧さまのお言葉にどれいさまが確かに、と同調して泥団子片手に装魂の種類についてあれこれ話し込み始めました。それをぼうっと聞きながら、両手にある球体を眺める。片や食べかけの泥団子。片や海を閉じ込めたような青い硝子玉。
不思議と、くすりと笑みが零れた。
──こんなわたくしも、悪くありませんわね。