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自分図書館  作者: 椿 冬華
第二幕 「わたくし」の章
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【扇風バナナパフェ】


 ブゥゥンと、扇風機の音が静かに響く。

 執事さまの汗ばんだ胸板に手を這わせて、そっと口づけを落とす。執事さまがわたくしの顎先を掴んで引き上げて、でろりと唇を舐めてくる。舌先を突き出せばそれに絡んできて、しばし耽る。扇風機の音に混じって響く、水音。生々しい汗の香りと混ざり合う、甘く豊潤な果実の香り。


「……あのシュールな扇風機、どうにかならんのか」

「あら、お気に召しませんでして? かわいらしいと思うのですけれど」

「シュールすぎる」


 執事さまが仰っているのは、サイドテーブルでモーター音のようなものを響かせながら回っている扇風バナナのことですわ。ええ、空中都市の世界のバナナは扇風機のように回って飛んでいますのよ。バナナ畑に赴いた折、大空犇く扇風バナナの群れに言葉を失ったものですわ。空にロープを張ってバナナのつるを固定し、バナナが実れば根元に紐を括り付けてもぎ取り、風船のように持っていくんですわ。もちろん、わたくしもお買い物袋に紐を括り付けてバナナを浮かべながら帰ってきましたわよ。


「回転させたままにしておくのが一番保存状態いいんですのよ」


 言いながら、備え付けの小さな冷蔵庫を開けて小ぶりなパフェを取り出す。おやつ用に持ち込んで冷やしておいたものですわ。


「同じバナナか?」

「ええ。扇風バナナは皮に磁気が含まれておりますから、剥いてしまえば普通のバナナになりますのよ」


 とは言っても回転し続けるからか、Vの形に折れ曲がっていておもしろい形をしているのですけれど。

 ポン・デ・ストロベリーという品種の、花冠のように円状に連なっているいちごはその特性を利用して球体のパフェが作られたりするのですけれど……生憎、わたくしにはそこまでの技術がございませんでしたので。

 ちなみに明日、館長さまとそのストロベリーパフェを食べに行く予定でございます。楽しみですわ。


「はい、あ~ん」


 スプーンで生クリームとプリン、それにバナナを掬って執事さまの口元に運ぶ。執事さまはさして抵抗することなく口に含み、しばし咀嚼する。


「些か硬いが、そこがいいな」

「で、ございましょう? わたくしもバナナは硬めの方が好きですから、このバナナはお気に入りなんですのよ」


 少し行儀悪く、パフェを持ったまま執事さまの上に寝そべって食べては食べさせ、を繰り返す。執事さまは為すがままで、時折わたくしの腰を撫ぜては揉む。んもう、えっち。


「艶めかしくいちゃついてるところ申し訳ないんですけどね、館長がおやつ求めて咽び泣いてるぞ」

「あら……邪魔が入りましたわね」


 いつの間にかどれいさまが腕を組みながら扉にもたれかかって立っておりました。執事さまは気付いていたようで……と、いうか視界に入りますから気付いて当然ですわよね。

 裸で睦み合っていたわたくしたちに動ずることもなく、まあ〝わたくし〟なのですから当然ですけれど。自分の裸体に動揺したり興奮したりするわけがございませんもの。執事さまは興奮するようですけれど。


「キッチンの冷蔵庫に入れていたと思いますけれど」

「え? ありませんでしたよ」

「あら……おかしいですわね。確かにふたり分仕舞ったはずなのですが」

「二時間ほど前か。館長が冷蔵庫漁っておったが」

「犯人館長かよ」


 いつものオチですわね。

 自分で食べておいて泣くんじゃねえ、ってか僕のまで食べるんじゃねえ! と怒りながら出て行ったどれいさまに笑いつつ、またひと口執事さまの口元に運ぶ。


「どれいさまは変わられましたわね」

「ああ」

「一時はどうなることかと思いましたが……まっこと、どれいさまは強いですね」


 あの、一年半ほど前の絶望。

 どれいさまが全てを取り戻し、同時に全てを失ったあの日。

 そっと寄り添ったどれいさまの体はひどく冷たく、昏い絶望に取り憑かれて小刻みに震えていた。

 けれど──どれいさまは立ち上がった。絶望の淵から立ち上がり、そればかりかわたくしの手を取って渡界の旅へ(いざな)った。


「本当に……強い御方ですわよね」


 あの強さは、わたくしにもあるのだろうか。

 〝わたくし〟の持つ強さは、わたくしにもあるのだろうか。


「お前も今、必死で抗っておろうが」

「!」

「考えたくないだろうに、向き合おうと目を開けておるだろう」


 執事さまの大きく、角張った手がわたくしの頬を包む。


「お前は、我輩よりも十分強い」


 そのお言葉で思い出すのは、〝わたくし〟を愛せなくなったら困るとどれいさまに零した、執事さまの陰鬱な表情。

 つい、身を乗り出して執事さまの瞳を覗き込む。グレーに見えた虹彩は濁った青みがかかっている不思議な色合いで、思わず魅入りそうになるのを堪えつつそっと唇を──


「唄い忘れてた!!」


 バァーンッと扉が蹴り破られて、館長さまがそれはそれは腹立つドヤ顔で高らかに唄い始めた。




 ()の人は吹き荒ぶ。

 暴風とともに現れ暴風の如く全てを薙ぎ倒し。

 過ぎ去りし跡地には暴風に心攫われ魅入った者しか残らんとや。

 人々は語る。暴風宿す不屈の女傑、なんと高潔なりや。




「空気読め!!」


 どれいさまが華麗なる裏拳を決めて、館長さまが吹っ飛んでいく。

 ええ、その通りですわ。今夜の夕食にからしでも混ぜて差し上げましょう、まったく。




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