第四自我 【天国に自我は昇る】
第四自我 【天国に自我は昇る】
「では、死ぬとしようか」
渡界した矢先に、風景を眺める暇もなく館長さまがそう嘯かれて──わたくしは、意識を失った。
それはあまりにも呆気ない、驚くほどに衝動も感慨も何もない──純粋にして無垢な〝死〟にございました。いえ、本当に〝死〟なのかはわからないのですが……意識を取り戻したわたくしの目の前で、どれいさまが館長さまに〝電車の音聞こえたわボケッ!〟と怒鳴っておられますので。
「……わたくしたち、死んだのですか?」
「ああ。と、言っても情報操作して疑似的に死んだことにしているだけではあるがな。多重世界系列世界第十一種 №49における〝死〟は三種類ある」
わたくしたちが今回、訪れたのは多重世界系列世界──つまり世界が幾つも内包されている世界。執事さまのお部屋にありました異世界トリップものなるジャンルの物語、あれらも多重世界系列世界に属するそうです。館長さまのように全く別の世界に渡っているように見えて、その実彼らは〝異世界が存在する世界〟にいるだけなのだとか。
真に〝別の世界〟へ渡ることができるのは現時点において確認出来得る限り、館長さまただおひとりだそうです。
……まっこと、理不尽にございますわよね。
「ひとつは〝生物としての死〟──コレは柊どれい、お前が死んだのと同じ原理だ。肉体としての死を迎える、普通はこれで終わりだがこの世界に限っては違う」
生物としての死。
どれいさまの死。
──やはり羨ましいと、少しだけ思ってしまう。どれいさまは死にたいと思って死に赴いたわけではございませんから失礼だとは、わかっているのですが。
「柊どれいの死と違うのは……この世界で生物としての死を迎えれば魂が残り、天国ないしは地獄に行く点だ」
「この世界、天国と地獄があるのか」
「ああ。生前の行いによってどちらかに揺り分けられる。そこで魂としての一生を過ごし、二度目の死を迎える。これは〝魂の昇華〟だ」
そう言いながら館長さまが足を踏み出されたので、わたくしたちも倣う。現在、わたくしたちはよくわからない白い空間におります。白い、くすみひとつない煉瓦が敷き詰められた道に、真っ白な雲で覆われた空。それしかない、本当に白い空間にございます。雲に覆われてはいるのですが、光を遮る雲ではないようでとても明るいです。
「昇華された魂がどうなるかはこれまた、死後の行いによって決まる。大概が浄化されて〝生命の泉〟に還る。だがごく稀に、天使ないしは悪魔に魂が変質する魂もいる」
そして三つ目の死というのが、天使や悪魔に成るどころか生命の泉に還ることさえ許されなかった魂が迎える〝消滅〟とのことでした。
「地獄に行った魂は半数が消滅してるな。天国に行った魂でも、一割は消滅してる」
「ふぅん……そういうのはやっぱり館長でもどうにもならないのか?」
「無理だ。肉体と魂が離れた程度ならどうにでもできるし、蘇生という概念がある世界ならその現象を呼び込むこともできる。だが、本当に〝死〟を迎えてしまえばここにある三種類の死のうちどれだろうと、ワタシには無理だ」
そう言って嘯くように笑う館長さまに、つい、そっとどれいさまの顔色を窺ってみますが──気にされているご様子はなく、少しだけ安心します。ご自分の死と直面し、崩れ落ちるようにこうべを垂れたどれいさまは……もう、拝見しとうございませんから。
……わたくしも死んでいればよいのにと、羨ましくなりはしますけれどさすがに、死を悼むくらいのことはしますわよ。
「それでメイドは?」
「え?」
「死んでみた感想はどうだ、メイド」
館長さまの、感情を読み取れぬ不明瞭で妖しげな光を宿した眼差しがわたくしをまっすぐ射抜く。
少し臆しそうになりつつも、何も感じなかったと正直に答えました。わたくしの答えを聞いて、館長さまはくっと口元を吊り上げて笑う。
「なるほど。と、いうことは……お前は死んでないのかもしれんな」
「……──え?」
「疑似的とはいえ〝死〟だ。柊どれいはかつて死んだことがある。だから、死がフラッシュバックした。だがメイド──何も感じなかったんだろう? なら、お前の本体は死んでないのかもしれんな」
足が、止まる。
館長さまとどれいさまも数歩、先を歩いて足を止める。止めて、わたくしを振り返る。きっと──きっと、館長さまとどれいさまの目には、わたくしの絶望したような表情が映っていたことでしょう。
死んでない。
元の世界のわたくしが、死んでいない。
だとしたら。だとしたら。
わたくしは、美しい。
あでやかな、あざやかな、あかい──あかい、くちびる。
「おい新入り! 今日の魂はあとお前たちだけだ! 早くこちらへ来い!」
鮮やかな赤い唇を掻き消すように響いてきた声に肩が反射的に震えて、絶望感に苛まれて硬直していた思考が弛緩する。
はっと視線を巡らすと、館長さまがたの前に〝わたくし〟がおりました。
「やあ、はじめまして。天使さん」
「うぉわ……天使だ」
耽美、という言葉が似合いすぎるほどに似合いそうな〝わたくし〟でした。濡れそぼってまどろんでいる眼差しといい、無駄なく引き締まった肉体といい、ひと房たりとて絡むことなくうねっている腰まで伸びた黒い髪といい──フェロモン過多な魅力的すぎる男性、をそのまま絵にしたような〝わたくし〟です。背中から生えた大きな、白く逞しい翼も相俟って本当に魅力的にございます。
まあ、所詮は〝わたくし〟ですから魅了されはしませんけれど。
「……なんだ、妙に自我の強い魂だな。それに……妙に私と似ている」
「いやあそれほどでも」
「容姿のことじゃねえよ骨」
館長さまとどれいさまが取っ組み合いの喧嘩を始められたのをよそに、〝わたくし〟の元へ歩み寄って、一礼いたしました。
「どうぞよろしくお願いいたしますわ。……死後、自我は残らないものなのでしょうか?」
「残らないというよりは、削られる。余分な脂を落とす、と言えばわかりやすいか」
こちらだ、と〝わたくし〟が促してくるまま、館長さまとどれいさまをなだめて後をついていく。道中で、天使たる〝わたくし〟はミレージュというお名前であることを教えていただきました。天国へ揺り分けられた魂を管理する〝管理天使〟のひとりだそうです。
「しかし、自我がここまで明確なのは──不幸だったな」
「え?」
きょとんとするわたくしに、天使さまは……ミレージュさまは、それはそれは耽溺しそうになる微笑みを浮かべて天国はつまらないところだぞ、と仰ってきました。
「いっそ消滅した方がいいくらい、退屈な場所だよ。地獄の方がマシとも言える」
「退屈……」
「唄い踊り飛び跳ね、果実を啄み果汁を啜り、心穏やかに過ごす場所──それが天国だ。そう、それしかできない」
天国に揺り分けられた魂は〝生命の泉〟と呼ばれる、現世に生命を芽吹かせる源へ還るためにある。生命の芽吹きに余計な濁りが含まれないよう、傲慢・憤怒・暴食・色欲・嫉妬・強欲・怠惰といった余分な〝脂〟を自我から削ぎ落として揺り分けておくのだそうです。
だから天国に昇ったとて、特に何か特別なことをするでもなく思考のない日々を過ごし、自我を研磨して完全に透徹した瞬間生命の泉へ還るのだと。
「ごく稀に、揺り分けられる際の濾過で自我を削ぎ落としきれなかった魂もいる。お前たちがそれだ」
「では……わたくしたちはどうなるのでしょうか?」
「案ずるな。その場合、私たち天使の補佐をしてもらうことになっている。お前たちのような魂は天使の補佐として練磨を続け、いずれ私のように天使へと変質する」
「まあ……それではミレージュさまは」
「ああ。元々人間だったよ」
そう言ってミレージュさまはやはり、耽美な微笑みを浮かべられました。
◆◇◆
彼の人は耽る。
思考なき死人たちを眺め想い耽る。
憐れみ? いいや。慈しみ? いいや。
その眼差しに宿るは、退に始まり屈に終わる二文字。
館長さまが、高らかに唄う。
その唄声に、それまで退屈そうに魂たちを眺めておられたミレージュさまがおもしろそうに目を細めて微笑む。
「天使にあるまじき唄だな」
「天使であることが嫌なのか?」
「嫌ではない。が、つまらない」
管理天使の仕事は単純なもので、天国に揺り分けられた魂のうち、担当となった魂たちを見守るだけにございます。そう、見守るだけです。指示を下すわけでも注意を促すわけでもなく、本当に見守るだけなのです。
「敵がいるわけでもない。悪魔がこちらに来るわけでもない。神々が降りてこられるわけでもない。ここは本当にただ過ごすだけの場所なんだ」
「過ごすためだけの……」
言われて、視線を下ろす。
ミレージュさまが居住されている白亜の塔から見渡せるこれまた白亜の街、そこでは現世で死を迎え、天国に揺り分けられた魂が思い思い好きに過ごしております。白亜の街とはいっても屋根のある建造物はひとつもなく、仕切り代わりの白い布と白い植物で居住が区切られているようです。食事をする場所、歌い踊る場所、眠る場所と一応は定められているようですが……区切りはあってないようなものですわね。
だって、そこで過ごす彼らに自我は見えないのですもの。
そう、とても薄いのです。白亜の街で過ごす魂たちは一見、ただの人のように見えます──が、目を見ればすぐわかりました。
彼らの自我はひどく薄い。欲求が薄く、喜怒哀楽も薄く、生存本能も薄い。ただ楽しく。ただ気楽に。ただ気ままに。ただ気の向くままに。
ただ、過ごしているだけ。
だから、笑いが絶えません。
街からは、笑いが絶えないのです。とても楽しげで伸びやかな笑い声がひたすら上がっています。
それだけなのです。
それだけ。
「まあ、既に死んでいるのだ。死人とはこんなものなのだろう。我らが特異なだけだ」
こんなもの。
死人とは、こんなもの。
「……生きていて、死んでいる……」
「ああ、まさにそれだね。彼らは生きているように見えるが、死んでいる」
生きていて、死んでいる。
〝生きている〟とは何か。心臓が鼓動して、血潮が通って、呼吸をしていて。
〝死んでいる〟とは何か。心臓が止まって、血潮が凍って、呼吸をしていなくて。
どれいさまは死んだ。血肉を失い死んだ。もう生きていない。ですが、今わたくしの隣にいるどれいさまは生きている。死んでいるけれど、生きている。それは何故? 館長さまの魔法で生きているから?
「おい柊どれい。いくらワタシが情報操作で撮影行為に対する不審性を消したとはいえ、あんまりはしゃぐな。さすがに変なポーズを取ったら怪しまれるぞ」
「変なポーズ言うな! この角度から撮りたいだけだ! こんな真っ白な世界、陰影をうまく利用しねえとろくに写らねえんだよ!」
ガニ股になって姿勢を低くしておられるどれいさまに館長さまが突っ込まれ、それにどれいさまが噛みつく。いつものコントめいたやりとりをなさっておられるどれいさまは──実に、生き生きとしておられます。
何故か?
どれいさまが〝生きている〟からでしょう。
生きて、死ぬとは肉体の生死が根底にあります。ですが……精神の、そして魂もまた、生きて、死ぬものなのでしょう。どれいさまは死んだ。死んだけれど、その魂は死ななかった。死なず、館長さまの元へ堕ちた。だから生きている。
「その通りだ」
わたくしのなんてことない思考に、館長さまが不敵に口を吊り上げて嗤う。
「〝死者を甦らせることだけはできない〟──そう言っただろ?」
「え、ええ」
「肉体だけなら甦らせられる」
館長さまは、嗤う。なおも、嗤う。
「生きているだけでいいんなら簡単だ」
──ただ、嗤う。
「……生きているだけ、か」
「ああ。心臓が動いて、血潮が通って、呼吸もしているだけの肉体でいいなら蘇生はできる」
「とんでもなく残酷だな、それ」
「だろう?」
館長さまとどれいさまの声が、やけに遠い。
生きているだけ。
〝生きている〟と、〝生きているだけ〟は違う。
まさに、眼下におられる彼らは〝生きているだけ〟だ。思考も嗜好も志向も何もなく、ただ虚ろに楽しく生きているだけ。
生きているだけ。
生きて、いるだけ。
生きて──いる、だけ。
「館長……さま」
「うん? 何だ。そういえば腹減ったな。メシだメシ!」
「……どれいさまに、蘇生はできないと……あの時、仰いましたよね?」
「……ああ。柊どれいは蘇生できなかった。どうしてもな」
「……ですが、どれいさまの魂はきちんと生きておられました。では……肉体だけ蘇生させて……魂を、戻せば……」
「無理だ」
柊どれいの場合、精神が既に滅んでいた──そう仰って、館長さまがわたくしを見上げて妖しく嗤う。わたくしの反応を愉しんでいるような、愉悦に満ちた嗤い。
「世界にもよるが、大概は肉体・精神・魂の三つから生命が成っている。精神ってのは要するに肉体と魂を繋ぐ鎖のようなものだ。これがなけりゃ、たとえ肉体を蘇生して、魂を元の世界に戻してやっても幽霊と植物人間が出来上がるだけだ」
鎖。
肉体と、魂を繋ぐ鎖。
きしきしと、体が軋む。
「〝死〟ってのはそんなに簡単なもんじゃあないんだ、メイド」
「じゃあ死ぬかって僕ら死なせたお前が言うか」
どれいさまがぐいっと館長さまを脇に押しやって、わたくしの頭に手を載せてきたかと思えば乱暴に撫でくり回されて、慌てて両手で止めにかかる。髪が乱れてしまうではありませんか。
「メイドさんも生きていますよ」
「──……え?」
「今、僕の目の前にいるメイドさんは確かに生きていますよ。僕と同じでね。多少執事さんの悪影響が過ぎたせいでちょっとねじくれてしまったみたいですけど、綺麗なものや可愛いものに目がなくて、素直で正直で、考え込む癖があって、とにかく真面目で」
僕の目の前にいるメイドさんはそういう人です──そう言って、どれいさまは朗らかな笑顔を浮かべられました。
わたくしは呆然と、乱れてしまった髪を直すのも忘れてどれいさまを見つめてしまいました。
わたくしは美しい。
そう、美しい。美しさこそがわたくしの全て。
わたくしには、美しさしかない。
──そう思って、おりましたけれど。
……もしかしたら、もう少し……違うものも、あるのでしょうか。
「──ふむ、やはりお前たちはここにいるべき者たちではなかったか」
白い蔓で編まれたかごを手に、ミレージュさまが物憂げな表情を浮かべながらやってきました。思考に集中していて気づきませんでしたが……どうやら、館長さまのリクエストに応えて食べ物を持ってきてくださったようです。かごの中には大量のフルーツと、豆……でしょうか。それらが入っておりました。
「私と近すぎる存在だとは思っていたが……ふむ、その魂、擬態してあるな。天国の門を騙せるほどの擬態とは……」
それはそれは耽美な、思わず耽溺しそうになるほどの微笑みを浮かべてミレージュさまは館長さまをまっすぐ見据える。
敵意はございません──が、友好的にも見えません。
「目的は」
「食べある、観察」
「どこから来た」
「どこでもないところ」
「何者だ」
「魔女」
館長さまの答えに、ミレージュさまはふんと気怠げに鼻を鳴らして食糧の詰まったかごをどれいさまに手渡して、土産にやるから還るよう言ってきました。
お願い、ではありません。
命令でした。
「つれないな」
「ここは死した魂を浄化する場所。興味本位で足を踏み入れていい場所ではない──それに、料理なんて高等な退屈しのぎはここに存在しない」
食べ歩き、と館長さまが言いかけたことには気付いておいででしたのね。
「マジか。じゃあ帰ろう」
「おい」
お料理を楽しめないとわかるやいなや、あっさり扉を召喚する館長さまにどれいさまが冷静に手刀でツッコミを入れる。
「……なんだ、その扉は」
ふと、それまで耽美な、物憂げな表情を浮かべておられたミレージュさまが恐怖に震えた声を振り絞る。はっとミレージュさまを窺うと、蒼褪めた顔で唇を戦慄かせておられました。
「……なんだ、その狂った……理不尽な力の塊」
──神々さえ、はるかに凌いでいるではないか。
ミレージュさまの震える声に、館長さまはやはり──嗤いました。
「ワタシは自分図書館の館長」
──魔女である。
そう嘯いて、館長さまは扉を開いて潜り抜けていく。
どれいさまに促されてわたくしも扉を潜り抜け、しばしの浮遊感と体がぽかぽか温まっているような、おそらくは世界に合わせて作り変えられた体を元に戻している感覚とともに、慣れ親しんだ図書館の食堂へと降り立ちました。
最後にどれいさまが潜り抜けてきて、扉は重厚な音を響かせながら閉まり──消え失せた。実に半日にも満たない滞在にございました。
「あっさりだったな……しかもなんかどえらい爆弾残しちまったような」
「くっくっく……あの世界には監視を遺してある。はてさて、あの〝ワタシ〟はどうなるか。しばらく観察するとしよう。ああ、そうだテレビに繋ぐか!」
てれび?
と、首を傾げたわたくしにどれいさまが談話室にある黒くて大きな壁掛けモニターのことだと教えてくださいました。なるほど、そういえば映像を映し出す機械猫の世界でも見ましたわね。
時折館長さまが持ち帰ったお土産のでぃーぶいでぃー、なる映像記録媒体を執事さまと拝見しております。でぃーぶいでぃーラックをご覧になったどれいさまが〝ホラーしかねえじゃねえか!!〟と叫んでおいででしたけれど……でぃーぶいでぃーには色んな種類があるのでしょうか?
「あ~、猫の世界行った時にいくつか買ってきたんでラックに追加してますよ。猫が主人公の映画もあるんで見てください」
「ねこ!」
それはなんだかおもしろそうです。見なくてはなりませんわね。
「もう帰ったのか? 出たばかりではないか」
わたくしたちの声を聴きつけてか、執事さまがスラックスにワイシャツというラフな出で立ちで足早にやってきた。どれいさまが軽く事情を話すと、ため息を零して館長さまの頭を撫ぜながら程々にするように、と苦言を呈されました。
「──大丈夫か」
「え?」
ああ──今日はなにやら、問い返すことが多い気がします。
「何があった?」
「何が……と、申されても」
──お前の本体は死んでないのかもしれんな。
館長さまのお言葉が脳裏に蘇って、体が震える。唇が戦慄く。呼吸ができなくなる。思考が、止まる。
体が、軋む。
「きゃあっ!」
硬直したわたくしを突然、執事さまが抱き上げて思わずあられもない声が喉を突いて出てしまった。そのままわたくしを土嚢でも担ぎ上げるように肩に背負い込んだ執事さまは館長さまとどれいさまにひとこと、〝夕食までには済ます〟と伝えて食堂を後にすべく歩き出しました。
これまでに何度もかような事態はありました。ので、これから執事さまが向かわれる先はわかりきっております。──執事さまのお部屋です。
「ち、ちょっとお待ちなさいませ! わたくし、そんな気分では……!」
「我輩はそうしたいのだ」
「ひとりで扱いてなさいな!!」
確かにわたくしも嫌いではありませんが、いつも盛っているわけではございません! ああ、毎回毎回還ってくるたびにこうでは……! いえ、確かに前回も前々回も溺れるように身を委ねてしまいましたけれど! 今回は違いますわ!!
「下ろしなさいませエロガッパ!!」
「何処で覚えたのだそんな言葉」
やれやれ、と執事さまがわたくしの体を抱き起こして、腕にわたくしを座らせました。視線は若干、わたくしの方が高うございます。
そのまま、口付けられました。
ぞくりと肩が震えて、あんなにも嫌だったというのに体が悦ぶ。きしきしと、幾十もの糸に絞められているように軋んでいた体も不思議と軽くなってゆく。
ああ──全くもう。
これだから、執事さまは。
内心悪態を吐きつつ、執事さまが与えてくるまま、悦楽に溺れていくことを選んで目を閉じました。
【耽溺】




