【絶品夏色まかない】
〝元王様のパン屋さん〟の隣に居を構えている〝もろみ食堂〟にて。
「らっしゃい! お? 魔女──じゃねえな。また来てくれたな!」
「ああ。夏色まかないを食べたいんだが、セットの種類は?」
「味噌汁はデフォルトでセット、追加料金でサラダと日替わりデザート、食後の珈琲付き」
「じゃ、追加込みのセットふたつ」
「おうまいど! ん、ふたつ──お? 今日は兄ちゃんと一緒なのか」
〝家庭の味〟を売りにしていることがよく染み込んでいる、家の中にいるような安心感に満ちた定食屋。その奥、キッチンで料理をこさえていた美女が僕らを見て満面の笑顔を零す。
「もろみさん。ここの店主だ」
「はじめまして。いつも妹が世話になっています」
「おう! 似てるな~ほれ、適当に座っとけ」
もろみさんは溌剌とした姐御肌な美女って感じで、さっぱりとした笑顔がとても似合う人だ。ゆーちゃんとは対照的な印象だけれどこちらも人に好かれるであろうということはすぐわかった。
〝元王様のパン屋さん〟、そして〝もろみ食堂〟──このふたつの店目当てに、この田舎町に人が訪れるわけだ。
「この店の料理がまた美味しくてな」
「そうなのか──あのメニューなんだ? 王様のランチセットに反乱軍セットって……」
「ああ、それか。隣で買ったパンをここで食べられるっていう連携メニューだよ。王様のランチセットは王道にスープやサラダが付くが、反乱軍セットはおにぎりと味噌汁のセット」
「パンに……おにぎりと、味噌汁?」
なるほど、反乱だ。
戦争だ。
「うはは! 面白いだろ? 結構人気あるんだぜ、反乱軍セット」
「へぇ……物好きがいるもんですね」
「悪かったな、物好きで」
お前かよ。
「へいお待ち、夏色まかないスペシャルセットだ! 食べ終わったころにデザート持ってくるからな~。珈琲と紅茶どっちがいい?」
「ありがとうございます。珈琲で」
「ワタシも」
「りょーかい!」
にかっと、晴れ晴れとした夏の空のような笑顔を浮かべて他のお客さんのところへ向かうもろみさんに、気持ちのいいひとだなあと思わず漏らしてしまう。
「だろ? ごはんもうまいしな」
「んぐ──なるほど、こりゃうまい」
絶品夏色まかない。
一見すれば海鮮丼のよう。分厚い刺身のネタにタレがよく染み込んでいて美味いんだが、それだけじゃない。刺身と同様にタレ漬け込まれて味がよく馴染んだ冷製肉も絶品だ。さいころステーキ状に切り分けられていて、なんとも贅沢な気分になる。冷たい夏色まかないをひと口ふた口味わったら熱々の味噌汁を啜る。この味噌汁もまた、たまらない。どんな味噌汁かってーと、普通だ。赤味噌に豆腐にワカメにネギに、普通の味噌汁だ。けれど体によく染みる。冷房と夏色まかないで冷え切った全身に熱が行き渡る。
ああ、たまらない。
「お前が〝お気に入り〟にするわけだな」
ゆーちゃんももろみさんもすぐ認識する程度には、見知っている常連客。
──いつだって一線引いたところから世界を観察──いいや、閲覧して楽しんでいる享楽主義者な節のある館長が、ひとつのことに執着するというのは本当に珍しい。いや、食べ物には執着してるけど。
そう、図書館で館長と出逢ってからおおよそ一年。
最初は、館長のことを観察者であり記録者なのだと思っていた。世界を渡り歩いて世界を観察し、〝僕〟を記録する。
けれど違った。
館長は観察者でも記録者でもない──閲覧者だ。
館長は観察なんかしていない。閲覧しているだけなんだ。
無数にある物語の中からひとつ無作為に選んで、薄い笑みを浮かべながら閲覧する。それはまさに神の如き所業。けれどそれを驕りだと糾弾する者はいない。
何故ならば、館長は魔女だから。
魔女を魔女たらしめる魔女が魔女たるゆえんに魔女でしかなく魔女と魔女や魔女にしか成れない魔女の果ての魔女。
──そんな館長が、見知った常連客と成るほどにひとつの世界に固執するのは、結構珍しいと僕は思う。
いつだって楽しそうにしている館長だけれど、この世界にいる館長は──本当に、心の底から楽しそうだ。
「…………」
「おい、ぼけっとしてないでワタシにも食べさせろ!」
「自分で喰えよ。……館長は魔女だが、僕は何だろうって思ってな」
館長に夏色まかないを突っ込みながらぼんやりと考えていたことを吐露する。
「もきゅっ……お前は〝ワタシ〟だ。それ以外に何かあるか?」
「それを言うならお前だって〝僕〟だろ。でも〝僕〟であると同時に、魔女だ」
「そうだな」
「じゃあ、僕は〝僕〟であると同時に何だろうって思ってな」
人間。それは当たり前だ。いや、いろんな世界を見た今となっちゃ当たり前でもねえけど。まあともかく、僕も館長も人間だ。そこは変わらない。
館長は人間である以前に、魔女だ。
なら僕は? 僕は人間だ。何の力もない、ただの平凡な人間でしかない。けれど──けれど。
本当にそうなのか?