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自分図書館  作者: 椿 冬華
第一幕 「僕」の章
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【絶品メロンパンくま】


「いらっしゃいませ~……ああ、魔女く──あれ、違った。ごめんね、また間違えちゃった。いらっしゃいませ」

「いいや。また来たよゆーちゃん」

「嬉しいよ──おや、今日はお兄さんも一緒かい?」

「ああ。愚兄だがよろしくな」

「愚兄言うな愚妹」


 さいはて荘から歩くこと二十分と一瞬。二十分歩いたあたりで館長が飽きてワープしたからだ。

 ここは豹南町(ひょうなんちょう)という、観光地もなければ名産品もない田舎町で、けれど他の町からの客はそこそこある。その要因のひとつ、〝元王様のパン屋さん〟という小さなパン屋さん──そこに今、いる。

 焼きたてほかほかの香ばしいパンの香りに満たされた、素朴ながらもかわいいお店。店主は二メートル近いんじゃないかってくらい縦にも横にもデカいおじさんで、彫りの深い顔つき──ってか外国人だった。でも日本語流調だし、帰化したか、元々日本人かかな。

 さいはて荘にいたあの超絶イケメンほどじゃないけどそこそこ整った顔をしていて、だからなのか店内には妙におばさん客が多い。


「ここの店主で、ゆーちゃんだ」

「はは、ユリウスです。ゆーちゃんって呼ばれています」

「どうも……愚妹がいつも世話になっているようで」


 店主ゆーちゃん。なるほど、この容姿で、かつ人の好さそうな性格が人気なのか。おばさんたちもゆーちゃんゆーちゃんってしきりに話しかけている。


「どれも美味しそうだな」

「美味しいぞ。お、新作だ」


 トレイにパンを並べつつ店内を見回っていると、おばさんたちの接客を終えたらしいゆーちゃんが僕らの元にやってきた。


「ちょうど今メロンパンを焼き上げたところだよ~買ってくだろ?」

「もちろんだ!」

「ああ……メイドさんが欲しがってたメロンパン」

「メイドさん? きみらの家、メイドさんがいるの? すごいね~」


 メイドってかメイドの皮を被ったお嬢様ってか。


「焼きたてを今、食べてみるかい? サービスするよ」

「いいんですか?」

「ご新規さんの心はがっちり掴まないとね~」


 そう言いながらにこにこと嬉しそうに笑うゆーちゃんに、なるほどこの店目当てによそから人が来るわけだ、と納得する。

 ゆーちゃんがメロンパンを紙に包んで持ってきてくれたので、トレイをいったんレジ台に置かせてもらって、ふたり分の席しかないイートインスペースで食べることにする。

 メロンパンはメロンパンでもくま型のメロンパンで、普通のメロンパンにちょこんとくまの耳が乗っかっていた。かわいいな。


「ほれ」


 メロンパンを千切って館長に食べさせる。途端に館長の顔が幸せそうにとろけたので、僕もひと口放り込む。

 さっくりカリカリなクッキー生地に、もちもちふわふわのパン。焼きたてほかほかで少し熱かったけれど、焼きたてほかほかだからこそなのかクッキー生地に負けないくらい中身も甘くておいしい。


「すごく美味しいですね、これ」

「ほんとかい? ありがとう」

「おい愚兄! もっと!」

「はいはい」


 ねだる館長をいなしつつ餌やりする。ぽいぽいメロンパンを千切っては館長の口に放り込む僕らを見て、ゆーちゃんが顎髭を撫ぜながら話しかけてきた。


「仲いいんだねぇ」

「え? ああ……いや」


 そうか、館長の拘束が見えていないのか。腕があるように見せかけているのかもしれない。前にもここに来たというのなら、腕があるように見せかけて普通に買い物していたんだろうな。


「……自分で食べろよ」


 ゆーちゃんに聞こえないよう、小さく館長に文句を言う。けれど館長はどこ吹く風で、さあワタシに尽くせと大口開けている。腹が立ったので、一番美味しいであろう耳の部分はふたつとも僕が食べた。


「あっ!? おいこら! ひとりでふたつ食べるなんてひどいぞ!」

「ああこれは失敬」

「棒読みだ! うがー!」


 取っ組み合いの喧嘩になった。


「こらこら兄妹喧嘩はほどほどにね。買うパンはこれと、メロンパン八個でいいかい?」

「あ、はい! お願いします! ──噛むな!」


 がじがじ噛んでくる館長をぶら下げてレジで会計を済ませ、大きめの紙袋を手渡される。


「ありがとうね。きみら、これから隣でごはん食べるんだろ?」

「ん、ああ。そのつもりだ」

「ちょうど今日から〝夏色まかない〟っていう夏限定のメニューが始まってね。おいしいから食べていくといいよ」

「もちろんだ!」


 〝元王様のパン屋さん〟の隣には〝もろみ食堂〟っていう定食屋があって、連携を取っているらしい。


「つか店名の元王様ってなんで元王様なんですか?」

「ん? ぼくが元王様だから」


 何を言っているんだこの人は。


「ははは。で、由来は何ですか?」

「いや、だからぼく元王様なんだって」

「そういう設定ってことですか?」

「設定とかじゃなくて」


 王様をやめて田舎でパン屋をしているって設定かな。絵本にありそうだ。


「……ほんとのことなのになんで誰も信じてくれないかなあ」

「らしくないからだろ」

「ひどい」


 ちぇー、と唇を尖らせて拗ねるゆーちゃんに館長がおっさんのその仕草は可愛くないぞ、と追い打ちをかける。ゆーちゃんが泣きべそかき始めた。

 うん、愛されキャラだなこの人。


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