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自分図書館  作者: 椿 冬華
第一幕 「僕」の章
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【魚影寿司】


 常闇に包まれた厨房にて、執事さんの灯す弱弱しい蝋燭の火を頼りに、ダイニングテーブルの中心部にセッティングした桶の裏をまさぐってスイッチを入れる。

 かちりという小気味よい音と同時に、桶の中から海の光が溢れる。


「わあ……!!」

「これは──見事な」

「フフン、影科学世界の日本名物、魚影寿司だ」


 桶の内部に仕込まれた投影装置から溢れ出た青い光が厨房の中に海を作り出し、その中を魚影の群れが悠々と泳ぐ。

 小ぶりのイワシが群れで潮の渦を作っているような、その中心部に僕らがいるような──そんな壮観な眺めだ。

 〝魚影寿司〟──その名称の通り、この魚の群れは寿司だ。魚の形をしているがきちんとシャリにネタが載った寿司である。ただ、どの魚がどのネタかはわからないのが欠点だな。それを抜きにしても、この魚影寿司は一生に一度は経験しておきたい食事だと思う。


「下に岩場の影がありますよね? 珊瑚が甘だれ、岩が辛口醤油、ワカメがわさびです」

「まあ。おもしろい」


 魚影寿司は影でつまんだ魚影を好きなタレに絡め、ぽいっと影の口に放り込むだけのお手軽さだ。潮の香りがないのがちょっと物足りないけれど。

 影炎(かげろう)BBQってのもあって、影で焼き肉するからニオイがつかないってのが利点だったな。肉特有の食欲誘う匂いも焼き肉に必要な要素のひとつだとは思うんだがな。


「では、試しにおひとつ」


 メイドさんが自分の手を光にかざして、影を見ながら手を動かす。影だけを動かすこともできるんだけれどメイドさんは実際に手を動かしながら影の動きを見る方がやりやすいみたいだ。

 メイドさんのしなやかな指が魚影の尾ひれをひとつつまんで、ぴちぴちと跳ねる魚影を離さないようそうっと珊瑚につけ──口に運んだ。


「──まあ、なんて新鮮で美味しい。ハマチでございましょうか? お魚にはあまり詳しくないのですけれど、とってもぷりぷりしていて噛み応えがございます」

「ほぉ。どれ、ひとつ」


 執事さんもメイドさんに倣って、けれどこちらは影操作を使って手を動かすことなく影の手で魚影を捕まえる。


「ふむ──エンガワか。懐かしい味だ」

「寿司食べたことあるのか?」


 執事さんはぱっと見イギリス紳士っぽいから、なんとなく寿司とか生食とは程遠いように感じる。


「刺身は好きである。──尤も、館長が土産にしてくる生食料理は大概腹を壊すのでな。地球系列平行世界で、日本の料理しか口にしないことにしておる」


 ……確か執事さんがここ図書館に来て三百年、だったけか。

 ……いろいろ、あったんだな。

 思わず同情の視線を執事さんに向けてしまう。が、館長に食べさせろってせがまれたのでしぶしぶ視線を外す。


「おいわさびつけすぎだ!!」

「残念、この寿司は既にお前の口に入る」

「むぐっ!? ──!! ──……!!」


 わさびたっぷり魚影寿司を館長の影に突っ込んでやった僕は悶える館長にほくそ笑みつつ、自分もぱくぱく魚影を口に放り込んでいく。


「とても美味しくいただいていますけれど、どれがどれだかわからないのが残念ですわね──ハマチをもう一度味わいたいのですけれど」

「ああ……そこは影の欠点ですねぇ。いちごジャムのように半透明で、色を映し出す試みはつい最近始まったばかりとかで、魚影寿司にまでは行き届いていませんでした」

「食べかけであるが、ハマチであるぞ。食べるか?」


 と、ひと口欠けた魚影を差し出してきた執事さんにメイドさんはにっこりと満面の笑顔を返す。


「お心遣い感謝いたします。けれど加齢臭は遠慮しますわ」

「我輩の匂いが落ち着くと毎晩言っておるくせによく言えたものであるな」

「おいこら、食事中に生々しい会話するんじゃねえよ」


 しかしこいつら、よく〝僕〟相手にその気になれるもんだ。自分だぞ相手。


「何を言っておる? 自慰と変わらんだろうが」

「やめなさいッ! よい子が聞いているでしょうッ!」


 いかん、キャラ崩れた。

 僕のキャラって何だって聞かれても困るけど。……いや、実際のところ僕のキャラって何なんだろうな。


「ツッコミ」

「凡庸」

「下働き」

「僕、明日からニートになります」


 とか言いつつ結局ボイコットせずツッコミも雑用も頑張っちゃうのが僕の凡庸たるゆえんなんだろうな。


「ですがハニーさまのツッコミがなければ物足りなく感じます」

「確かにな。実際、貴様が来てからの図書館は少々色付いたように思う」


 メイドさんと執事さんが捕捉するようにフォロー……と、言っていいのかどうかわからないが。僕の存在を認めるようなことを言ってくれて、ちょっと嬉しくなる。


「……ハニーが来る前の図書館がどんなところであったか、説明しろと言われたら……少々、苦しむところであるな」

「え? なんでだよ? お前らみたいな濃いメンツがいて」

「特異すぎるからこそである。我輩とメイドと館長、正直──浮世離れした会話しかした記憶がないのでな」

「……ああ、なるほど」


 そう言われてみれば、確かに──三人とも浮世離れしているから、なんつうか、噛み合わない気がする。ボケ倒しで収拾がつかねえっていうか。


「くっくっく、確かに──雑用が来てから図書館の中がまとまった感覚はあるな」

「凡庸は凡庸なりに存在価値がある、ということであるな。我輩もまたひとつ学んだ」

「ええ、わたくしもですわ。たかがハニーさまと侮って申し訳ございませんでした」

「笑顔でひでえこと言わんでくださいメイドさん」


 ……でも、なんだか嬉しくなるな。

 僕はここにいてもいいんだって、思える。


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