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自分図書館  作者: 椿 冬華
第一幕 「僕」の章
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【いちごシャドージャム】


「ハニー♥ 貴様からの土産だというパンツ、穿いておるゆえにな。丁寧に手洗いするがよい」

「もちろんわたくしはひとかすりたりとて触れませんのでお願いいたしますわね、ハニーさま」

「全力で館長を呪ってやる」


 最悪の朝を迎えた僕です、おはようございます。


「今日はトーストと目玉焼きにいたしましょうか」

「あ、それなら土産のいちごシャドージャムがあるんでトーストに塗っちゃいましょう」

「……空に見えるが、これも影なのか?」

「そうだよ」


 そう言いつつトーストをトースターにセットする。トーストはちゃんと実体のほうのトーストだ。影食パンもあるっちゃあったけど、影食材ばかり持ち込んでも影科学に慣れていないここじゃ使い勝手悪いから、高い金支払って天然食材を大量に買い込んだ。


「ハニー、冷蔵庫に空の(おけ)があるようだがこれは何打?」

「ああ、それは今夜にでも食べようと思って。またのお楽しみにな」

「ふむ。まあ期待しておこう」


 と、そこでチンッとトーストが焼きあがる音がしたので、トーストを入れ替えて再度セットしつつ、焼きあがったトーストの方にバターを塗っていく。


「そこの懐中電灯持ってきてくれ」

「これか?」

「ああ、これをここに置いて……ジャムを照らせば、ほら」


 影の陰影を散らすことなくはっきり映し出すことを目的としている、要は光が分散しない一点集中型の懐中電灯。夜道を照らす用途には使われない。かちりとスイッチを入れて白い光が溢れ出たのを確認してから、机に置いてジャムを照らす。そうすれば真っ赤ないちごジャムの入ったジャム瓶の影が壁に映し出される。こうして影を作り出すために作られた懐中電灯なのだ。影を映し出す場所を限定しないためか、持ち手が可動式になっていて対象物を上から照らすように設置することもできる。


「まあ、空の瓶でしたのに影では中身がたっぷり……不思議ですわね」

「このブレスレットなら影に触れることができまして。残念ながらあっちから持ち込んできたものの影にしか使えないんですけど……こうやって」


 光に手をかざして影を作り出し、さらにその影を動かしてジャム瓶に手を掛ける。そうやって瓶のふたを開け、これまた影科学世界から持ち込んできたペーパーナイフでジャムを掬ってトーストに塗りたくっていく。トーストの、影に。


「トーストには何もございませんが……いえ、影が見えますわね。真っ赤で透明なジャムの、影が」

「ええ。食べてみてください──おいしいですよ」


 そう言いながらメイドさんにトーストを手渡せば、メイドさんは楽しそうな笑みを浮かべながら上品に両手でトーストを持ち上げ、これまた上品に端っこにかぶりつく。


「──まあ! なんて熟れたいちごなのでしょう。美味しゅうございますわ」

「でしょう? 見た目もかわいいですし、お土産にするならこれって思ったんですよね」


 影食材はほとんど持ち込んでいない。持ち込んだのはいちごシャドージャムに冷蔵庫に入っている例の桶くらいで、他は天然の食材くらいだ。


「影食材買うかどうか迷ったんですけど、影で料理するって難易度高いですしね」

「それは確かに、そうでございますわね。わたくし、そんな食材を渡されましたらボイコットいたしますわ」


 笑顔で言われてしまった。持ち込まなくてよかった。


「こちらのいちごジャム、減ることはないと仰っておりましたけれど」

「ええ。影ですからね──ただ、影素ってどんな物質にも成る分、少しの劣化で全くの別物になりますから……この実体の方のジャム瓶の蓋を開けることなく大切に保管しておけば三年は劣化しないそうです。もっとも、万が一を考えて消費期限は一年に設定されていますが」

「実体の方をむやみやたらに扱わず、影のみを操っていればそれだけ長く使える──ということですわね。いちごジャムがたっぷり使えるのはとても喜ばしいことですわ。ありがたく、大切に保管させていただきます」


 図書館という閉鎖的な環境に住んでいると、どうしても物資に限りが出る。僕らが大量に購入しているし、本格的に物資不足となれば館長がだらけつつ魔法で構築してくれる。だがどうしても、〝好きなもの〟となるといつでも手に入れられるわけではない。手に入れられたとしても好きであるぶん、どんなに節約していても消費は早い。なくなったからと再構築を館長に頼むのは気が引けるということでメイドも執事も、決して最低限以上の要求はしない。

 わがままで横暴で高慢に見えて、結構謙虚なのだ。

 だから、嬉しいのだろう。自分の好きな味を、残量を気にすることなくたっぷり使えるというのが。


「ああ──けれど匂いはしないのですわね」

「影ですからね。あっちじゃ、匂いの粒子も影素で再現するって研究がされてました」


 そう。

 影に匂いはない。──ゆえに、食欲を誘うけれど嗅ぎすぎると胸焼けするようなジャンクフード特有の匂いも、あのマクドナルドンには一切なかった。影料理を口にすれば風味が口から鼻先にまで広がる。が、それ以上は広がらない。料理店で無臭はちょっと、味気がなかったな。


「ジャムをたっぷり塗りましたわ。さあ、朝食にいたしましょう」


 これでもかってくらいこんもりといちごシャドージャムが盛られているトーストが影に映っているのを眺めつつ、メイドさんが差し出してきたトーストと目玉焼きを手元に置く。こっちに盛られているジャムは普通の量だ。


「館長は起こさなくていいのか?」

「わたくしお腹ぺこぺこですの」

「我輩、足がくたびれておってな」

「働けてめえら」


 ──とか言いつつ僕も面倒臭かったので朝食を優先した。

 遅れてやってきた館長に拗ねられた。


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