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自分図書館  作者: 椿 冬華
第一幕 「僕」の章
38/138

【シャドウバーガー】


 影科学により食糧問題は解決した。

 だがしかし、資本主義社会における食糧の需給供給関係が破綻したかといえばそうでもない。影で食糧を生産するにあたり、影素の正確な組み立てが必要とされる。元素と違い種類に囚われることのない影素ではあるが、だからこそ組み立ての過程ひとつ間違えるだけで果実が鉱物に成る。

 ゆえに、正確な影素変換技術を保有する企業は重宝されていた。

 つまり何が言いたいかというと、この世界にもジャンクフード店はあるということだ。

 マクドナルドン──名前が僕の記憶と微妙に違うのが気になるが、ともあれ僕もよく知っているバーガーチェーン店に僕らは並んでいた。

 時刻は夕暮れ時。学校帰りの学生が大勢並んでいて、喧騒としている。


「いらっしゃいませ、ご注文をどうぞ」

「シャドウチーズバーガーMセットふたつ、コーラで」

「イートインでよろしいでしょうか?」

「はい」

「かしこまりました」


 と、店員がにこやかな笑顔で代金を述べてきたので支払えば他の店員が白い紙で封されている深めのトレイを差し出してきた。それとは別に、同じく白い紙で封をされている、何も入っていない紙コップも手渡される。

 学生の波を縫うように通り抜けて二階に向かい、席で退屈そうにぶらぶら足を揺らしている館長と合流する。


「はんばーがぁ」

「はいはい」


 館長の隣に座って、テーブル備え付けのベルみたいなライトをトレイの上部にセットする。そうすれば内部に仕込まれた影素組み換えシートを通してトレイを封している紙に影が映し出される。影素組み換えシートはいったん作ってしまえば何度でも使える──が、消費期限がある。消費期限というか、シートの劣化で影素の構成が変わってしまう。それを防止するという意味でも、こういう料理系の影素組み換えシートは持ち帰りが法律で禁じられている。テイクアウト用の使い切りシートでなければ個人が料理を持ち帰ることはできない。

 スーパーなんかに売っている野菜、果物、卵、肉、魚といった食材系の影素シートは個人も自由に使える。が、消費期限外の使用は厳禁されていて、それを超えて使用した場合は五百万の罰金と半年間の影素使用禁止という厳しい懲罰が下される。

 だからいくら影科学が発達した世界とはいえ、天然の食材が駆逐されたわけではない。晴れの日には天然の食材を扱う料亭へ向かうのが至高、とされている程度には高級品であるが存在はする。一部、影素で未だ再現ができていない食材もある──影科学はまだまだ発展の余地あり、なのだ。


「不思議だよな。僕の影が影の料理を食べただけなのにお腹膨れるんだから」

「主体が肉体にあるか影にあるか、あの〝ワタシ〟も言っていたが──この世界においては肉体にも影にも主体がある、ってところだな」

「だから主体が完全に影に移動しても大したことねえのか……」


 影と成った〝僕〟はあれから、他の影科学者ともラジカセなどの機械を通してコミュニケーションを取っていた。そう、取っていた。普通に。

 最初こそ他の影科学者たちは〝僕〟に驚き戸惑っていたが、すぐその存在を羨ましがったのである。なんなんだあのクレイジーな連中。


「影で食べるぶんにも十分味はあるし悪くねえんだが……こう、肉体が一切動いてないってのは奇妙な感覚だな」

「ワタシはいつものことだが」

「ああ、そうだったなてめえいつも僕が食べさせてるもんな働け」


 マクドナルドンの二階エリア。

 学生を中心に、ビジネスマンや子連れのママ、勉強熱心な若者と様々な年齢層の男女が集っている。飲食店だというのに誰もかれもが食事をするでもなくお喋りに精を出したり、ノートパソコンに向かって作業したり、はたまた漫画を読んでいたりと好きなことをしている。

 ──だが、そんな彼らの周りでは影が騒がしくにぎやかに、けれど音を一切立てることなく食事に勤しんでいる。


「……影で食べるから、肉体の方で別の作業ができるってのはいいとこだな」

「ワタシは影であろうと肉体であろうと食べていたい」

「お前本当に食べるの好きだな……」


 シャドウポテトをひとつつまんで影の僕の口に放り投げる。しゃく、と焼きたての香ばしいカリカリとしたポテトの味が口内に広がる。影だから実物は僕の肉体にはない。影の僕が口に入れても、実物が僕の肉体の方に出てくるわけではない──だが、感覚と風味はちゃんと口内に広がる。

 不思議な心地だと、思う。


「これ、土産にできるのか? 影素ってこの世界にしかないんだろ?」

「ワタシを誰だと思っている?」


 ──魔女だぞ。


 (うそぶ)くように嗤う館長に、なるほどと納得しつつ──やはり館長は僕らとは違うと実感する。〝僕〟が言った通り──館長は、人間である以前に魔女なのだと痛感する。

 魔女を前に、世の理など無意味。

 魔女を前に、理不尽など無価値。

 魔女を前に、不可能など無関係。

 魔女。それ即ち不条理の化物なり。


「くっくっく、今更気付いたか──だからな〝ワタシ〟、〝ワタシ〟に脅された時……お前、ワタシの首が切られるかもしれないと緊張していただろう?」


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「ま、普通に痛いし苦しいのは嫌いだしどっちみち大人しくするけどな」

「……じゃあ次からは見捨てるとしよう」

「いやだ! 痛いのはいやだ! だけど動くのもめんどくさい! 次も助けろ!」

「働け」


 僕が雑用になってから館長のニート化がすさまじい気がする。そういえば、最近は図書館でも風呂や着替えを全部僕がやっている。


「僕に着替えさせるのはまだいいけどよ、いくら〝僕〟でも女物のパンツ触るのは抵抗あるんだぞ」

「メイドの紐パン普通に干しているくせに」

「アレだって抵抗ないわけじゃねえんだぞ。いくら〝僕〟でも僕は男だからな。女物の下着は抵抗ある。真っ裸を見るのとはわけが違うんだぞ」

「くっくっく。女の裸体といえどそれは〝ワタシ〟である以上、なんとも思わない──だが付属品に過ぎない下着は別、ということか」

「そういうことだ」


 執事さんみてえな変態じゃねえからメイドさんや館長の裸は何とも思わねえけど、下着単体だと話は違う。なんつうか、気まずいんだよ。〝僕〟の下着ということは、僕の下着ということでもある──わかるか? 僕が女物の下着持ってるって感覚になるんだぞ。あのとんでもない何とも言えなさ。

 それに加えて、男なら誰しもが感じる女物の下着を手に取った時の気まずさ。


「じゃあスケスケのえっちぃパンツ買って帰るか」

「やめろ」

「執事にプレゼントするから安心しろ」

「もっとやめろ!!」


 あの人ならマジで穿くからやめろ!!

 ──シャドウバーガー? 僕の知ってるジャンクフードと同じでこってりとした味だよ!


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