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自分図書館  作者: 椿 冬華
第一幕 「僕」の章
24/138

【カップラーメン】


 お湯を注いで三分。


「インスタント食品最高」


 サバイバル生活クソ喰らえ。


「極端から極端に振り切れたな」


 と、言う館長も館長で今日はスナック菓子しか食べていない。

 大自然の世界でのサバイバル生活を終えて三日──人間の食べ物を受け付けなかった胃も落ち着き、人間の生活を思い出した僕らは反動で味の濃い食べ物を求めるようになってしまった。血錆臭い生食はもうごめんだ。


「カップラーメンって日本が開発したんだよな」

「ん、お前の知識でもそうなのか。ワタシのもそうだ」

「ああ、世界によって違うか」


 けれど少なくとも、僕と館長の世界はほぼ同じ歴史を歩んできているようだ。〝僕〟がひとつの世界にふたりいるわけねえから違う世界なのは間違いないが、な。


「そうでもない。五つ子の〝ワタシ〟がいる世界もあった」

「マジかよ」


 五つ子は五つ子でも単なる一卵性多生児ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()〟であるらしい。


「マジかよ……」

「分裂ではなく分割だからな──五体揃ってようやく一人、という〝ワタシ〟だったよ」

「……世界は、広いな」


 メイドさんに何でもアリだと語っておいてなんだが、いくら何でもアリだと理解したつもりでも破壊される常識が尽きない。


「カップラーメンって量少ねえよな」


 ぢゅるん、とカップに残った最後の一本を啜って僕は立ち上がる。

 一杯分だと一食分に全然足りない。物足りない。もっとこう、がつんと欲しい。ああ、そういえば大盛りサイズのヤツもあったなあ……。


「そのようなお食事ばかりなさっていてはお体を悪くしますわよ」


 キッチンのシンク下を漁っていると、執事さんにチャーハンを作らせているメイドさんが眉間をきゅっと潜ませて苦言を呈してきた。そう、執事さんにやらせている。メイドさんは優雅に微笑みながら佇んでいるだけだ。何気に強いんだよな、メイドさん。


「そのうち収まると思うんで大丈夫ですよ。今は反動でこうなっちゃってるだけで」

「ならばよろしいのですけれど」


 メイドさんの心配を背に受けつつ、シンク下に大量に貯め込まれているカップラーメンを物色していく。地球系列平行世界に渡るたびに買い漁ったらしい。僕の常識に馴染むカップラーメンもあれば、僕の常識では到底あり得ないカップラーメンもある。カップラーメン赤ワイン煮込み風味とかはまだわかるけど、カップラーメン丸ごとみかん入りとか理解できない。どこの世界のカップラーメンだ。

 冒険心はサバイバルで十分味わったので、無難にカレー味を選んでお湯を注いでいく。


「……執事さん、チャーハン少し分けてもらってもいいっすか?」

「跪いて懇願するならな」

「哀れなわたくしめのためにどうかチャーハンをお恵みください」

「おい、どうした〝我輩〟っ」


 僕が素直に応じるとは思わなかったのか、珍しく動揺している執事さんに少し笑ってしまう。生き抜くためならば何でもこなしてきた一週間のおかげで、今の僕はプライドよりも欲望が勝っている。欲望ってか、生きるためなら何でもしてやるという貪欲さかな。

 しばらくしたら戻るだろうけど。


「まあ、おもしろい。雑草さま、わたくしにも跪きなさいませ」

「なぜに」

「おもしろいからです」

「…………」


 跪く。何でこう、この人たちは加虐的なんだ。


「雑草さまには矜持というものがございませんのね。雑草さまとお呼びしておりましたが、これからは雑魚さまとお呼びしたほうがよろしいでしょうか?」

「魚類である分、雑草よりもランクは上がるのではないかね?」

「まあ、言われてみればそうですわね。困りましたわ──ねえ雑魚さまと雑草さま、どちらがよろしくて?」

「どっちも嫌です」

「足マットさまという呼称をお気に召されておいでですのね」

「ちげえよ」


 自分虐待よくない! 〝僕〟は大切にしよう!


「虐めて欲しいのであればいつでも付き合うぞ? 〝我輩〟」

「死んでも嫌だ」


 顎掴むな。


「足マットさま、ラーメンが伸びてしまわれますわよ」

「うわっとと」


 そのままだったカップラーメンと執事さんからよそってもらったチャーハンの小皿を持ってテーブルに戻──足マットで定着したの!?


「僕の人権について真面目に議論したく候」

「ワタシが〝ワタシ〟の人権について案ずる、か。なかなか深いではないか」


 ポテトチップスをつまみコーラを飲み、と自堕落な食事をしている館長がおかしそうに笑ってきて、そういやそうだと眉間に皺を寄せる。

 自分が自分を虐げて、そんな自分の人権について自分で考察する。ここにいるのは〝僕〟だけなのだ。ちくしょう、〝僕〟なのに変人だらけってどういうことだ。


「お前も十分変人だぞ」

「失礼なことを言うな、僕は常識人だ──あ、チャーハンうまい」


 一度カリッと焼き上げた豚肉を絡めて中華鍋で炒めた執事さんのチャーハン──絶品であった。ラーメンとよく合う。むしろラーメンがカップラーメンなのが残念でならないくらい、とにかくチャーハンがうまい。


「…………」

「おかわりが欲しいのであれば我輩に愛を乞うことだな」

「僕に愛を恵んでください」

「ワタシにもプリーズラブ」

「棒読み甚だしい」


 文句を言いつつ、新たにチャーハンをよそってくれた執事さんに感謝しつつチャーハンをモシャる。ああ、やはり人間の作った飯最高。


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