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自分図書館  作者: 椿 冬華
第一幕 「僕」の章
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【ドラゴンのうろこのマグマ揚げ】


 ドラゴン。

 ファンタジーの定番とも言える伝説上の生物。あまりにも王道かつ定番で、抽出に抽出を重ね煮詰めに煮詰め、それでも飽き足らず出がらしを絞りに絞って煎じまくったフィクションの設定。──されど出がらしになってもなおその蜜は乾かない。それほどまでに人々の羨望を集める幻──それを僕は、この目で見た。


「頭を掻こうとして足が届かなくて悶えてた」

「まあ、おかわいらしい」


 僕が洞窟の世界で目にしたのは輝くような翡翠の鱗を持つ、太くたくましい後ろ脚と体長の大半を占める雄々しく肉厚な翼が美しいドラゴンだった。薬草を採りに草原へ繰り出した僕と館長の頭上を大きく羽ばたくその姿のなんと美しいことか。

 まあ、先述の通り痒いところに脚が届かなくて僕らが代わりに掻いたんだけどさ。その拍子にぽろぽろって鱗が落ちて……。


「それを頂いてきましたのね?」

「ええ。ばあさん曰く、カリッと揚げるとうまいらしくて」


 魚の骨をカリッと揚げるようなもんだろうか。


「こんなに美しいのに少々勿体のうございますわね」

「けれど老廃物には変わらないらしいんで……鱗職人っていう専門の業者にでも依頼しない限りは食べちゃった方がいいみたいです」

「残念ですわ」


 厨房にある振り子時計によれば、夕暮れ時。窓の外は相変わらずなんだかよくわからない空間が広がっているが。

 夕食の準備をすべく、メイドさんと並んで料理中である。まあ、僕は手伝い程度だけれど。

 ドラゴンの鱗は両手のひらに載せてもはみ出るほどに大きく、ずしりとした重量感に溢れている。さすがはドラゴンだと言う他ない。


「ではこちらの袋に入れて……砕いてくださいませ」

「ハイ」


 当然のことながら、そのままでは食べられない。だから細かく砕いて揚げものにすることになった──のだが。


「オウフ」


 鱗をビニール袋の中に入れ、その上から麺棒で思いっきり叩いた僕は──反動で腕が死んだ。じぃぃんと痺れる腕に声も出せなくなっていると、メイドさんから情けないですわねと辛辣な言葉を投げかけられた。

 いや、普通に考えて当たり前だった。ドラゴンだぞドラゴン。麺棒で叩いた程度で砕けるような鱗ならドラゴンじゃない。ウーパールーパーだ。


「仕方ありませんわね、館長さまを呼んでまいりますわ」

「ハイ……」


 困った時の館長。ご都合主義の鬼、館長。某青ダヌキと呼んだ方がいいかもしれない。


「ドラえもんになった覚えはない」

「著作権」


 館長は意外とすぐ来た。すぐ外の廊下でふらふらしていたらしい。お腹空いてたんだな。


「ドラゴンの鱗か。マグマじゃないと揚げられないぞ」

「えっ」

「まあ。ではマグマ鍋をお出ししますわね」

「えっ」


 そして本当にマグマが入った鍋が出てきた。あっちぃ! あっちぃってか痛い!! 本物のマグマじゃねえか!! 蜜柑(みかん)色と金糸雀(かなりあ)色の狭間を揺らめいている、とてもじゃないが直視できないほどに熾烈な光量と熱量と質量とを孕んだ粘着質なマグマ溜まり。それが紅色の鍋に封じ込められている。


「以前、太陽の中に人が住まう世界に渡ったことがあってな。そこで入手した」

「太陽の!?」


 いや待て、太陽はガスの塊だろ!? マグマなんてねえはずだぞ!!


「ほお、意外と賢いな。世界が違えば形も違う、それだけのこと」


 意外は余計だ。つまり、マグマで構築されている太陽の世界で──その中に人が暮らしていた、と。恐ろしい世界だな。


「この鱗は内部干渉に弱いタイプだな。ちょちょいと魔力を流し込んでやれば──ほら」


 館長が人差し指を鱗に載せた、ただそれだけでぱきんと鱗が粉々に割れた。あんなに硬かったのに。


「マグマで二度揚げすれば外質を保護する鱗脂(りんし)や水分を飛ばせて食べられるようになる」


 鱗脂ってのはドラゴンの鱗を堅強なものに仕立て上げている重要な皮脂のひとつらしい。さすがに数多の世界を渡り歩いてきただけあって、詳しい。




 ◆◇◆




 歯を立てればパリッと割れて、飽満が過ぎるほどに垂涎を誘う肉々しい風味が口内を満たし、飽和状態となる。鱗は元々内部までぎっしり鱗脂が詰まっていたのが、二度揚げしたことで鱗脂がすっかり溶け落ち、外質のみとなっている。魚の骨を彷彿とさせる歯応えだが、風味はとても肉々しい。館長が衣には小麦粉ではなく米粉を使うよう指示していなければ脂っこさにそう多くは食べられなかっただろう。

 だが米粉をまぶしてカリッと揚げた鱗はしつこくもくどくもなく、肉々しい風味でありながらそう長いこと後を引かないさっぱりさで何個でもつまめてしまう。


「足マット、棚から〝ヴォルティドラゴンの涙〟を出すがよい」

「はいはい、赤ワインね」


 ドラゴンの鱗にはドラゴンの涙で酌を、ってか。

 僕も執事さんに付き合って、執事さんの罵倒を聞き流しつつ鱗をつまみながら赤ワインで舌を楽しませる。酒を呑めない、かつ呑まない女子二人組は果汁を炭酸で割ったもので優雅な晩餐と洒落込んでいる。

 四人の〝僕〟で過ごすひととき。

 他人と過ごすよりも心安らぎ、けれど家族で過ごすよりも寂しいひとときだ。家族のこと覚えてねえけど。


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