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自分図書館  作者: 椿 冬華
第一幕 「僕」の章
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【リザードしっぽ丼】


 洞窟の世界にいた時、リザードマンというモンスターと戦ったことがあった。鉄のように硬いうろこに覆われたトカゲが二足歩行していて、文明を築く知恵はなかったけれど獲物を狩るための技巧は備わっていた。集団で獲物を追い立て、沼地で獲物の機動力が下がったところで本格的な狩りに入る。と、言っても決して逃がさぬよう取り囲んだ上で爪に塗りたくった沼キノコの毒で獲物をじわじわと衰弱させるという、かなりえぐい狩りだ。

 ……要は、僕と館長で山菜狩りしてる時にリザードマンの群れに追われたのである。ばあさんがこしらえてくれた槍でどうにか応戦していたが、館長がいなかったら喰われてた。

 いや、館長がだな。

 山菜狩りしてる途中で見つけたキノコを炙って食べてだな。しびれて うごけない! 状態になっていたんだ。動けない館長を背負って、館長が魔法を使えるようになるまで死に物狂いで槍を振り回した。何度館長にバカヤロウって言ったかわからない。

 そんなこんなで、最終的には館長のアルテマ(著作権的に大丈夫なんだろうか)でリザードマンは一掃された。大半をばあさんに譲って、一番おいしい部位であるらしいしっぽをお土産に持って帰ったのだが──


「あはっ、うふぅ、〝わたくし〟ぃん」


 メイドさんが酩酊(めいてい)状態になってしまった。


「おい足マット、この肉にはアルコールが入っておるのか?」

「いや……知らないが……メイドさんは酒に弱いのか?」

「壊滅的にな」


 リザードマンのしっぽは鶏もも肉のようにやわらかく、皮も含め調味料がよく馴染むいい肉であった。だからメイドさんが他人丼にしてくれた──のだが。


「もぉ、今日もナマイキなおヒゲをしておりますわねぇん。執事さまってばぁ、〝わたくし〟のくせにぃん、百年も生きていない小坊主のくせにぃん」

「鬱陶しい」


 他人丼の具をこしらえてひと口、リザードマンしっぽの肉を口に含んだ途端メイドさんのほっぺたがさくらんぼのようにふっくら赤くなって、このザマである。

 執事さんに体を絡ませて艶めかしく耳元で囁いている。〝僕〟だからちっとも興奮しない。それは執事さんも同様のようで、めちゃくちゃ迷惑そうな顔をしている。そりゃ自分に迫られるとか嫌すぎる。


「でも……百年も生きていないって?」

「こやつの認識では平均寿命は三百歳で、成人年齢は百五十歳であるそうだ」

「マジかよ」


 そういえばここに来たばかりのころ、なんかそんなことを口走ってたなメイドさん。


「〝わたくし〟ってば余所見しないでくださるぅん? ほらぁ、わたくしを見て……わたくしを、わたくしをぉ……」


 甘く、とろけるように甘く、砂糖菓子を煮詰めてはちみつに流し込んだように甘く甘く──それでいてどこか切なくも聞こえる嬌声(きょうせい)を上げてメイドさんが執事さんを誘惑する。

 けれど執事さんは一ミクロンも眉を動かさない。当然だ。感覚的には、レコーダーに録音した自分の喘ぎ声を聞いているといったところか。萎えるんだよなぁ……。


「確かに我輩は〝我輩〟を愛しておるがな。酩酊して我を失っておる〝我輩〟に興味はない。素面で誘惑しに来んか」


 そうだった、こいつ自分大好きだった。


「うふふ、うふふ、うふふぅん。〝わたくし〟はほんとうに、いつみてもかわいくないですわぁ。でもそこがかわいいですわぁん、わたくしぃ」

「……だめだこりゃ」


 完全に酩酊状態のメイドさんにため息を零しつつ、けれどいくら酒に弱いとはいえ火も入っている肉ひと口程度でこうなるものか、と中華鍋に入っている他人丼に菜箸を差し込んだ。


「鶏もも肉……の赤ワイン煮込みの味に近い……けど、アルコール分飛んでないな。火にかけてたのに……メイドさん、赤ワインは入れてませんよね?」

「うふ、うふふ、うふふふふふふふ」

「入れておらんそうだ」

「じゃ、リザードマンの肉が元々そうなのか」

「作りようによっては酒のつまみによさそうであるな」


 確かに。鶏もも肉に近いし、カリッと揚げればよさそうだ。


「我輩はこの愚か者を寝かせてくる。こうなってしまっては寝かせるしか手がないのでな」

「じゃ、僕は夕食の用意を──って、館長は大丈夫なのかコレ」

「館長は酒を呑まんが、弱いわけではない。問題なかろう」

「なるほど」


 執事さんがメイドさんを抱き上げて厨房を後にするのを見届けつつ、どんぶりを取り出して盛り付けていく。途中でふらふらと館長が飛んできたから、ひと口食わせてみた。うまい! おかわり! ときたので大丈夫そうだと判断して館長を椅子に縛り付けた。


「食わせろー!」

「執事さんが戻ってくるまで〝待て〟な」


 館長の扱いがひどいって?

 別にいいだろ自分なんだし。


「やれやれ、酩酊したメイドは足マット並みに鬱陶しい」

「罵倒しながら帰ってくるんじゃねえよ」


 ダイニングテーブルに人数分のどんぶりと麦茶を並べたところで執事さんが戻ってきた──のだが、一体何があったのか、その服は乱れ切っていた。ボタンが千切れ飛んでいるワイシャツからは鎖骨が覗いていて、ぽつぽつと赤い花が咲いている。

 てめえナニしてた。


「何もしとらん。酩酊状態の〝我輩〟なぞ誰が手を出すか。あやつは酔うと吸い付き魔になる」

「なるな。ワタシもやられたことがある」

「なんなんだあの〝僕〟は」


 僕らのような、僕ら基準でのオードソックスな人間種ではないことだけは間違いないみたいだが……。


「おい執事が戻ってきたんだから食わせろ!」

「あーはいはい」


 本日の夕飯、リザードしっぽ丼。リザードマンのしっぽをひと口大にネギレイド(踊る玉ねぎっぽいの)、シュリタケ(手裏剣しいたけっぽいの)、マンドラゴラ(叫ぶにんじんっぽいの)を刻んだものを混ぜ込んでだし汁で煮込み、溶き卵を落としたシンプルながらも箸が止まらなくなる丼もの。

 アルコールが入っているにも関わらず僕ら三人ともぺろりと二杯たいらげてしまった。素材がいいというのもあるが、それ以上にメイドさんの料理の腕がいいのだ。明日、メイドさんが起きてきたらおいしかったって言おう。メイドさんこれ食べられねえしな。


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