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自分図書館  作者: 椿 冬華
第一幕 「僕」の章
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【スライムカレー】


「どうぞ」

「確かにわたくし、サファイアが好きになりましたけれど。限度というものがございますわよ、雑草さま」

「雑草、貴様は今日からウジ虫だ」

「ひでえ」


 僕のせいじゃねえ。

 洞窟の世界から図書館に戻ってきたその日の夜、ばあさんに分けてもらった蒼スライムでカレーを振る舞った。そしたらこの言われ様である。

 いや、あの世界のスライムがカレー味だったんだよ。僕も初めてばあさんに振る舞われたときは気が狂ってんのかとか食欲減退でダイエット目論んでんのかとか言ったけどさ。でもおいしいんだよ。

 ……まあ、メイドさんが着けているタイリボンも真っ青のショッキングブルーなカレーには食べる気失せるのもわかる。


「あーん」


 二回目となる館長は大した抵抗もなく、けれど視界にはなるべく入れたくないのか目を閉じて大口開けた。ぴよぴよと親鳥からの給餌を待つ雛みたいだな、と思いつつスプーンを差し込んで上に傾ける。館長の世話にもだいぶ慣れたもんだ。

 もっきゅもっきゅとおいしそうに食べている館長を見て、一応は食べられると判断したのか──執事さんとメイドさんがスプーンを手に取る。が、その手はやはり動かない。まあ食欲出ねえよな。


「こちら……スライムだと仰っていましたけれど」

「そうです。蒼スライムってモンスターが洞窟の中にいて、危うく捕食されかけたのを館長が助けてくれました」


 ブリザガ! って僕ごと凍らせやがったけどな。


「一見、これくらいの水たまりで……けれど足を突っ込んだが最後、ばくんって呑まれます」


 〝コア〟と呼ばれるスライムの心臓部だけがサファイアのように蒼くて、それ以外はほぼ水だってばあさんが言っていたな。洞窟だから水たまりも珍しくないし、浅めだったからそのまま突っ切ろうとして……うん、呑まれた。


「消化されなかったのは幸いであるな。無事で何より」

「へ? あ……ありがとう、ございま」

「玩具がなくなるのは惜しい」

「まあそうだろうなこのやろう」


 ブレねえなまったく。


「申し訳ございません、やはり食指が動きませんわ──雑草さま、わたくししばし思案に耽らせていただきます。頃合を見て、館長さまのようにわたくしにくださいませ」


 そう言ってスプーンを置き、そっと目を瞑ったメイドさん──いや待て、雑草で定着したのか?


「ふむ、では我輩も追従させてもらおう。ウジ虫、我輩がこのおぞましいブツを忘れたころに寄越すがいい」


 無茶言うな。

 ……まあ、要は見ないようにして一旦イメージを払拭するから、そのあとで食べさせろってことね。

 世話の焼ける〝僕〟だ、とため息を零しつつ館長にもうひと口食べさせる。ついでに僕もひと口──うん、おいしい。

 見た目は確かにアレなんだが、唐辛子の辛みを効かせた野菜と肉をじっくり煮込んだカレーのような味がしておいしい。ヒュマノ族の町の名産物だというチークポテシャという桃色のジャガイモと相性がとてもよくて、見た目はすさまじくアレだけれど本当においしい。

 ──おっと、そろそろいいかな。


「メイドさん、カレーですよ。口を開けてください」

「ええ、よろしくてよ」


 メイドさんは上品に、歯を見せぬよう唇をそっと持ち上げた。そう、大口を開けた館長とはまるで違う。やっていることは館長と同じだというのに、こうも気品に差が出るのかと感心するやら涙が出そうになるやら。館長よ。


「……まあ、これはとても味わい深いカレーでございますわね」


 もむもむ、と僕が与えたカレーをじっくり咀嚼してメイドさんは目を閉じたまま微笑む。長い睫毛が頬に影を落としていて、本当に何から何まで高貴な人だなあと感心せずにはいられない。


「おいウジ虫、我輩をいつまで待たせるつもりだ」

「あ、はいはい。食べたいんすね」


 腕を組んで踏ん反り返っている執事さんにこんもりとスプーンに盛ったカレーを突っ込む。執事さんの眉間が一瞬歪むが、カレーのせいで文句を言えないからか沈黙したままカレーを頬張って咀嚼する。

 味の方は──お気に召したようで、水を欲しがるでもすぐ呑み込むでもなくじっくり味わっている。


「……この肉は何だ? 牛肉──ではないな」

「角ウサギ……えぇっと、ベアットだったかな。ヒグマほどもあるでけえウサギの肉」

「実にカレーと相性のいい肉であるな。カレーのスパイスがよく染み込んでおる。それに、弾力があって噛み応えがあるのに歯が疲れる前に切れる絶妙な柔らかさもある」


 いたくお気に召したらしい。それはよござんした。


「ワタシも!」

「はいはい」

「わたくしも」

「はいはい」

「我輩を待たせるな」

「はいはい」


 ぴよぴよぴよぴよ欲しがる〝僕〟たちに代わるがわる給餌していく、甲斐甲斐しい僕。

 まったく、手間のかかる雛たちである。


「ウジ虫から足マットに昇格させてやろう」

「おい、それ昇格って言うのか? 生物ですらなくなったぞ」

「ではわたくしは親愛の意をこめてリボンさまとお呼びしましょう」

「やめてください雑草でいいのでお願いします」


 メイドさんがタイリボンをいたく気に入ってくれててよかったけどさ!!

 お前らまとめて裁判所で異議ありって指突きつけるぞ。


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