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自分図書館  作者: 椿 冬華
第一幕 「僕」の章
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【石ころシチュー】


 一週間が過ぎて、約束の日がやってきた。

 この一週間何をしていたかって? 食べ歩き。


「おう、来たか──やっぱり我に似てるな、お前たち。少し待っとれ、今持ってくる」


 宝飾店〝ティアネイル〟に入るやいなや〝僕〟──レッドミーシャが対応してくれた。僕らを見た時には目を丸くするのだが、やはり一瞬で瓦解する。


「驚いてはいるが、そこまでではないっぽいよな」

「まあ、記憶があるからな」

「記憶があるから──ああ、そうか。そりゃそうか」


 レッドミーシャは僕らとは違う。

 〝僕〟を持たない僕らと違い、レッドミーシャは〝僕〟を持っている。

 そりゃ〝僕〟に驚きこそすれど、すぐ他人だってわかるよな。


「待たせたな。注文の品だ──ほら」


 レッドミーシャのくすんだ鼠色の手にはふたつの宝箱があって、それぞれにオーダーメイドした商品が入れられていた。

 ひとつはルビーが静かに鎮座しているタイピン。

 ひとつはサファイアがその存在を主張しているタイリボン。


「ほう、見事だな」


 タイピンはルビーの輝度をあえて抑えているようで、光にかざしてもそこまで反射しない。とか言って存在感を完全に殺しているわけでもない。ただ静かに。ただ目を閉じて。


「──嗜虐(しぎゃく)紅玉(ルビー)


 そしてタイリボン。タイピンと実に対照的で、存在感の塊だ。サファイアの宝玉を中心部に携えて、サファイアのリボンが大きく花開いている。光にかざしてもいないのに爛々と煌めいていて、実に目立つ。


「──仮初(かりそめ)蒼玉(サファイア)


 どちらも右手がうずくほど素晴らしい、一品だ。見惚れて、魅入ってやまない。

 ──と、そこで館長とレッドミーシャが沈黙していることに気付いて顔を上げる。


「なんだよ、ふたりとも僕を見て」

「……いや、我の作品に相応しい名前だと思ってな」

「くっくっく、無意識か。それもまた〝ワタシ〟のかけら──ようく記録しておけよ」


 そう言われてはたと気付く。

 そういえばこの街をホテルから見下ろした時も、夕焔(ゆうえん)に沈む街って形容していた。……なんだ。なんだろう。


「……なんか、口を突いて出た」

「ワタシの唄のようなものだな」


 唄──ああ、館長よく唄うもんな。……無意識か? あれ。そうは見えなかったが。


「いい名前を貰えてこの作品も喜んでいるだろう──そうだ、夕食がまだなら我の家で食べてゆくとよい」


 レッドミーシャは尊大な態度で僕らを手招きし、関係者以外は立ち入り以外となっている店の裏に入れてくれた。レッドミーシャはアトリエから離れるのが嫌だということで店に住まわせてもらっているらしく、二階部分がレッドミーシャの自宅となっていた。

 とはいってもほとんど寝るだけの場所で、部屋というよりは仮眠室のような造りだった。簡易キッチンで火にかけていた──ちなみにこの世界では火も宝石だ。ゆらゆらと形も色も不規則に変化する宝石の炎だ。綺麗だからと触ったら火傷するから気を付けるべし。──うん、僕だけどね。

 ともかく。レッドミーシャが戻ってきた時、その手にはほこほこと湯気を立てるシチューが人数分、お盆に載っていた。


「ほぉ、原石のシチューか」

「ああ。この街のやつらは加工品を好むがな──我は原石のまま食べるのが好きだ」


 レッドミーシャが持ってきたのは、この一週間で目にしたどの料理よりも色褪せてくすんでいるものだった。

 輝きひとつないクリームシチューに浮かぶ、輝きひとつない石ころの具材。

 けれど何故だろう? この一週間の中で一番──おいしそうに見える。

 僕が元々、宝石を食材としていないからなのか。あるいは〝僕〟が作ったからなのか。


「──おいしいな」


 石ころの具材はやはり石ころの感触だったけれど、歯を立てて皮を破ればほくほくと甘く煮られたじゃがいもが姿を現して、よく染み込んだクリームシチューとともに舌を喜ばせてくれる。

 素朴で安心できる、味だ。


「うむ、うまい」


 大口を開けて待機していた館長の口元にもシチューを運んでやって、満足そうに笑う館長にくすりと笑みを零す。

 そんな僕らを見て、レッドミーシャは不思議そうに首を傾げる。


「腕が硬化してしまっているのか?」

「ああ」

「なるほど。代替宝石と入れ替えるのは嫌──といったところか?」

「まあ、そんなところだ」

「誰でも自分の体を削りたくなぞないしな──もし代替宝石が欲しくなったらいい職人を紹介してやろう」

「その時は頼むよ」


 ──館長とレッドミーシャが一体何の話をしているのか、よくはわからないけれど。

 多分……館長が腕を使えないことについて、レッドミーシャが気遣ってくれている、んだろうな。代替宝石ってのは……義肢のことかな。

 気位の高い〝僕〟だと思っていたけれど、その実、とても優しい少女のようだ。いや年齢よくわかんねえけど。


「ふたりは兄妹石なのか?」

「ああ。同じ洞窟で生まれた」

「ほお。兄妹石だとしても、そんなに仲いいのは珍しいな」


 洞窟で……生まれる……? 宝石……だからか?

 鉱山でみんな生まれてくる……的な?

 確かに胎生も卵生も想像つかねぇけど……洞窟で生まれるって……自然発生、なのか?


「お前たち、旅行者だろう? いつ発つつもりだ?」

「明日にでも出る予定だな」

「それは残念だ──またこの街に来ることがあれば店に来るがよい」

「是非そうさせてもらおう」


 ふたりの〝僕〟のたわいもない雑談を聞きつつ、石ころシチューを交互に自分と館長の口に運んでいく。甲斐甲斐しいな、とレッドミーシャに笑われた。

 その後も特別な話をするでもなく、石ころシチューをおかわりしつつ談笑してレッドミーシャとの──〝僕〟との逢瀬は終わりを迎えた。

 図書館に住まう、〝僕〟を持たぬ〝僕〟らとしか関わりを持っていなかった僕にとってはじめての──〝僕〟を持つ〝僕〟との関わり。


 それは驚くほど、普通だった。


 普通で──安心できる団欒だった。


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