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さいはて荘の空き部屋を借りて一泊した翌朝、健康的な和食を朝食に頂いて我輩たちはそこを去ることにした。
既に出勤しているらしいゆーちゃんや蝶野もろみの店へ赴いてから食糧調達して、そのまま帰ることにした我輩たちはさいはて荘の正門へ向かう。
「待て」
鋭い一声。
振り返らずとも誰の声かすぐわかる。〝レン〟でなくとも、この敵意ある声は嫌でも覚える──神宮寺蓮だ。
黒錆夫婦と別れ、帰路につこうとしていた我輩たちを呼び止めて神宮寺蓮は厳しい表情を浮かべている。
館長がふんっと鼻を鳴らして下から神宮寺蓮を不遜な眼差しで見上げた。
「遊んでほしいのか? 遊んでやらんこともないが、美少女たるワタシは暇じゃあないのでな」
「黙れ。俺様にそんな口を利いていいのは俺の〝魔女〟だけだ。貴様じゃない」
「ひゅーう、熱烈だなぁ」
茶化す館長を無視して、神宮寺蓮が我輩を睨む。
我輩を。
「出ていく前に貴様に伝えておいたほうがいいと思った」
「……我輩に?」
神宮寺蓮の無情緒な、無愛想でいっそ氷のような冷たささえ感じる眼差しがまっすぐ我輩を射抜く。射抜く。
〝レン〟が、我輩をまっすぐ射抜く。
「貴様ら全員見ているだけで不愉快だが、中でも貴様は見ていると奇妙な感覚に陥る」
「……奇妙な感覚」
カレンデ嬢の言葉を思い出す。我輩を見ていると落ち着かなくなる、焦る、だから近付きたくないと。
そういう感覚を抱くのかと問うてみれば、そんな感じだと首肯が返ってきた。
「貴様を見ていると焦燥感が募る」
焦燥感。
〝レン〟が、我輩を見て──憔悴する。
どくりと心臓がひと際強く脈打つ。
「それだけじゃない。貴様を見ていると、勝手に声が出そうになる」
「……声?」
「声というか、言葉だな。俺様の意志と関係なく、叫びそうになる」
心臓が早鐘を打つ。
どくどくと血流が滾り、体温が上がる。なのに頭部はひどく冷たくて、凍えそうですらある。
「とりあえず、伝えておく。そうした方がいいと思ったのでな」
──ドレイク。
「〝助けて〟」
鼓膜に反響するレンからの掠れた呼びかけと、〝レン〟から伝えられた言葉。
血の気が一気に失せた。だというのに、思考が体に追い付いていない。血の気が引いて体温が一気に下がった体を我輩の精神は他人事のように捉えている。思考が、ままならない。
〝レン〟は、今何と言った?
「待て!! どういうことだ神宮寺蓮!!」
脳を揺さぶるほどの大声量の叫びが思考停止した我輩を正気に戻した。
館長が、驚愕に目を見張って神宮寺蓮に詰め寄っていた。
「どういうこともなにも、そのままだ。俺様にも理解不能で不愉快だ」
「……!! まさか──いや、そうだ。そうだった。〝永遠の半身〟──ドレイクのところは全てが対となり、必ず引き合う性質を持つ。他の世界とは全く違う。じゃあ魂が同調する可能性も──」
ぶつぶつと、顔色を悪くしながら忙しなく視線を彷徨わせて呟く館長の声を背景に、我輩はじわじわと──己がとんでもない勘違いをしていたことに、気付いて焦燥感で頭がどうにかなりそうなのを堪えていた。
〝助けて〟
それが、〝レン〟が我輩に伝えたかった言葉。
そう、そうだ。いつだってレンは我輩を呼んでいた。我輩に呼びかけていた。幻聴だと、レン恋しさに我輩が記憶から掘り起こしている声なのだろうと思っていた。
だが。
だがもしかしたら。
◆◇◆
ドレイク・シュヴァルツ。
「ドレイクぅううぅう~~~~!!」
「どうした!?」
「ゴキブリぃいいいぃいい!!」
大粒の涙を零しながら駆け寄ってくるレンにため息を零しつつ、手に持っていた雑誌を丸めて手早く始末する。
「何回生まれ変わっても慣れんな、お前は」
「無理無理無理無理。コイツだけは無理無理無理もぉほんと、ドレイクいないと無理無理無理」
「俺も嫌なんだけどな、ゴキブリ」
「でも呼んだらいっつもなんだかんだ、助けてくれるし。うふっ。またよろしくね、ドレイク」
◆◇◆
アーリーヤ=ドレイク。
「ドレイク~~~~!!」
「きゃあ!! ちょっ、レン!! 何事!?」
真夜中の藁張りの家。
前回の人生を過ごした町へ戻るべく旅の準備を進めていたところ、レンに抱き着かれて手元の服を地面に落としてしまった。
「何よっ」
「トイレに虫がいた!!」
「だから何よっ!! あーもー! わかったわよ一緒に行くわよ! アンタ狼とか平気でたたっ斬るくせに何で虫苦手なのよっ」
◆◇◆
ドレイク・D・ドロワ。
「レン!!」
「っ、ドレイク!!」
レンに銃を向けていた兵士をまとめて手榴弾で始末して、傷だらけのレンの元へ向かう。
「バカか! なぜ僕を呼ばなかった!!」
「ぐっ……呼んだら、ドレイクは……無茶、するだろ。今代はンなひょろい体してっのに……」
「虫がいつまで経っても怖いお前に言われたくないっ。いいから呼べ!! 何かあったら僕を呼べ!! 必ず助ける!!」
「……ドレイク」
◆◇◆
榎木ドレイク。
「ドレイク」
「ん? どうしたのだ、レン」
「ん~ん。うふふ、何でもない」
「……どうしたのだ?」
我輩の問いかけには答えず、レンは嬉しそうに微笑んで我輩に凭れかかる。
「ドレイク」
「ん」
「うふふ。ドレイク」
「うん」
「──これからもこうやって、わたしが呼んだら応えてね」
◆◇◆
「帰るぞドレイク。ワタシはとんでもない勘違いをしてしまっていたようだ──お前の嫁はまだ生きている」
レン。
レン。
我輩の、最愛の妻。