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自分図書館  作者: 椿 冬華
第三幕 「我輩」の章
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【団欒たまごアイス】


 さいはて荘では風呂場が共用になっていて男女交代制で入っているようだった。不便だなと思いつつもゆーちゃんや黒錆彰人、黒錆巡とともに入る大浴場はそう悪いものではなかった。

 姉である〝我輩〟に似ているからか黒錆巡には随分と懐かれてしまって、どれいが洗ってやるのを見守りながら浴槽でゆーちゃんたちと一杯交わす。


「ふは~、あったまりながらの一杯、最高だねぇ」

「元国王、最近高血圧気味なのだろう? ほどほどにしておけよ」

「うぐっ……ドレイクさんは筋肉すごいね。元軍人さんほどじゃないけどさ」

「執事の嗜みとして鍛えてはありますな」


 ドレーミアを可愛がるのにも体力は必要であるし、と付け加えるとどれいからシャワーが飛んできた。咄嗟にお猪口(ちょこ)をガードしたから酒は無事だったものの……何をする、どれい。


「ここにはちっちゃな子どももいるってこと忘れんなよ! 気を付けろよな」

「何をギャーギャーと……二歳児といえばそろそろ自立できる頃合。問題なかろう」

「てめえの故郷とはちっげえんだよ!! こっちはピュア! 何も知らねえの! これから知っていくの!」


 ん? ああ、そうだった。普通は何も知らぬのだった。


「ってか……ドレーミアちゃんといい仲なんだね。なんかほっとした」

「む? 何がであるか」

「いや……ぼくも(ねんご)ろにしている人が同じくらい年離れててね」


 ふむ? 年が離れている……まあ確かに難儀はする。早くに先だってしまっても、先立たれてしまっても寂しいからな。我輩の故郷ではその問題を解消すべく安楽死制度が充実しておったが。そうか、ゆーちゃんも寂しい想いするのは嫌であろうな。


「いや、ドレイクさんたぶん今考えてること微妙にズレてる」


 どれいから謎のツッコミを受けた。何がであるか。


「もちょこーおー、めーもー」

「ああ、終わったかい? じゃあおいで。どれいくんも」


 ゆーちゃんが湯船から身を乗り出して、持ち込んできたクーラーボックスから人数分のアイスクリームを取り出した。溶けるから湯舟にはつけないよう言われながら手渡された容器はとても冷たくて、中にはバニラの香りをほのかに漂わせる白いアイスが入っていた。


「たまごアイスだよ。卵と砂糖、あとバニラエッセンスだけで作ったんだ」

「きゃっほー!!」

「ほら巡、あーん」


 黒錆巡が父に食べさせてもらってご満悦な表情を浮かべているのを見やりながら、自分でもひと口掬う。

 ふむ、とても軽くさくさくとした食感で、味わいもとても軽い。すぐ溶けてさらさらとした甘みが口内に広がる。優しいアイスだ。

 ふと思いついて、湯船に浮かべてあるお盆に置いていたお猪口を手に取り、アイスに少しかける。


「おっ。ドレイクさん、なかなか乙な楽しみ方するね~。ぼくも真似しようっと」


 ひと口。

 うむ、美味い。日本酒のシロップはなかなか贅沢だ。ぬるいからアイスがすぐ溶けてしまうが、それでも美味い。酒シロップアイス。確か図書館の冷蔵庫にもバニラアイスがあったはずであるが……他の酒でも試してみるとしよう。


「ところで神宮寺さんは入らないんですかね? 僕らがいるから入りたがらないのだったらもう出ますけど……」

「そんな気を遣わなくてもいいよ~。社長くんは元々時間外にひとりで入ることが多い人だから」

「そうなんですか?」

「そうそう。それにきみたちに辛く当たってるのもああいう性格だからで、気にしなくて大丈夫だよ~。ツンデレなのさ」

「にーた、つんでりぇー」


 それにしては敵意剥き出しであったが、まあ気にしなくていいというのはその通りだろうと思う。あの男、黒錆つゆりには頭が上がらないようであるからな。


「かーたんはさいきょー」

「うんうん、母は強しだねぇ」


 それを聞いて、ああ成程ドレーミアが強くなったのは黒錆つゆりのおかげかと気付く。母は強し、〝親子〟の概念が薄くなった我輩の故郷にもその考えはある。子を産むのは母親であるからな。我輩も勿論出産経験があるが、母というのは不思議なものだと自分でも思ったものだ。子を宿した瞬間から子を守るために体が勝手に動く。体質も勝手に作り変えられるし、子を産む際の激痛にも耐えうるだけの精神力がある。子どもが自立して離れても母性というのは不思議なもので、今ごろ元気にしているだろうかと気になるのだ。

 普通の世界であれば、子が自立するまでに数十年かかるという。なれば母性は我輩の故郷の比にならぬほど育つであろうな。


「ところでどれいくんは懇ろにしている人とかいないのかい?」

「ブッ!! ごほっ、いきなりですね……いませんよ、特に」

「我輩が懇ろにしてやってもいいのだがな。こやつときたらつれない態度ばか」


 湯をかけられた。アイス食べ終えておったからよかったものの、何をするか。


「……ドレイクさん、ドレーミアちゃんといい仲なんじゃ……」

「む? うむ、まあそうなるか。だが我輩が愛するのはドレーミアただひとりというわけでもない。どれいも愛しておる」

「やめろおぞましい!!」


 おお、どれいの肌が一気に粟立った。可哀想に、寒いのだな。温めてやろ──殴られた。


「ドレイクさんって……」

「何であるか」

「いやっ、なんでも……」

「ああ、言っておくが男色でもない。貴様には微塵も興味が湧かん」

「湧かれても困ります」


 寒かったのか、ゆーちゃんが肩まで湯船に浸かった。と、そこで黒錆彰人が我輩を見つめていることに気付いて視線を寄越す。


「……全員、〝自分〟なのではなかったかね?」

「ああ、そうであるが」

「……それでも、愛しているのか」

「そうだが」


 何か問題でも? と問う我輩に黒錆彰人は曖昧な微笑みを返してきた。何であるか。


「へんちゃいばっかねー」

「僕は変態じゃねえ!!」


 我輩も変態ではないぞ──なんだ、その目は。




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