【クリスマス・キャロル】
「楽しいクリスマスをあなたに♪」
「そして幸せな新年を♪」
「喜びの便りをあなたと家族に♪」
「クリスマスに♪ 幸せな新年に♪」
〝クリスマス・キャロル〟というらしい讃美歌を小人たちが高らかに唄う。館長もそこに混じって音程を外しながら高らかに唄っている。
「このローストターキー、たいへん柔らかくて美味ですわ」
「小人たちが前日から頑張ってくれてたもの。私が焼いたジンジャークッキーもあるから後でどうぞ」
「ジンジャー……クッキー……」
……うむ、その気持ちはわかるドレーミア。共食いにはならぬから安心しろ。
つい昨日まで地獄のデスマーチを繰り広げていた工場にて、盛大なクリスマスパーティーが開催されていた。小人たちが讃美歌を唄い、世界のクリスマス料理をテーブルに並べてシャンパンに舌鼓を打ちながら腹を満たす。地下には大浴場もあり、地上露天風呂へも通じているようだからたらふく食べて疲れを癒し、じっくり休み──さあ、クリスマスまであと364日しかないぞ!! と喝を入れる。
とんだ肉体派企業であるな。
仕事にトラウマのあるどれいが怯えた顔をしている。これは早めに帰った方がいいかもしれん。
「人間は別よ、さすがに。妖精ほどタフじゃないし長寿でもないもの。クリスマス前は別だけど、それ以外の月は一日六時間労働で穏やかよ」
「一日六時間……そ、それで採算取れるのか?」
「あなたどこで働いてるの? ジャパン? ああ……働きアリ大国かつ自殺大国ニッポンね。知ってる? 働きアリも自殺するのよ」
「…………」
もうやめてやれ、とさすがにどれいを庇った。
「ところでどれい、おぬしは何を貰ったのだ?」
ターキーを頬張る──美味い。前日からオーブンでじっくり焼いたようだが、中に詰まっている挽肉と併せて美味い。だがローストビーフの方が好みであるなあ。ヨウルキンクという豚肉にパン粉をまぶして焼いた料理も美味い。
「僕は気になってた色んな漫画全巻……HXHはやっぱり終わってなかったけど」
「ほう。我輩も読ませてもらうとしよう──ドレーミアは?」
「ランボルギーニをいただきましたわ。サファイア色の!」
「どうやって持って帰るのよ、それ……配達頼む?」
「大丈夫ですわ。館長さまが運びますので」
「……、…………?」
そりゃそんな顔にもなろうな。きっと脳内では貧弱小娘館長がスポーツカーを背負っている光景が再生されているに違いない。
──しかし成程。
〝魂の片割れ〟とはかようも相性がいいものなのか。話していてわかる。どれいたちと話している様子を見ているだけでも十分ではあったが、いざ普通に会話してみればより一層感じられる。相性がいい。
「人間さん、ぼくを食べて!」
「ぬ?」
ふいに呼びかけられて、死線を落とすとジンジャークッキーが我輩を見上げていた。きらきらと目を輝かせて再度、ぼくを食べてと乞うてくる。
「…………」
ジンジャーマンだったころのことを思い出してつい、引いてしまう。あの世界では〝食べられること〟に強い拒絶感を抱いているお菓子ばかりであったが、このジンジャークッキーはそうでもないようだ。
「ぼくを食べて!」「ぼくを食べて!」「ぼくを食べて!」「ぼくを食べて!」「ぼくを食べて!」「ぼくを食べて!」「ぼくを食べて!」「ぼくを食べて!」「ぼくを食べて!」「ぼくを食べて!」「ぼくを食べて!」「ぼくを食べて!」
躊躇している間に他のクッキーたちも集まってきて、とんでもなく不穏な大合唱が始まってしまう。どれいやドレーミアも引いていて一向に食べる気配がない。そりゃそうだ。
「なーにしてんの? 食べなさいよっ、私が焼いたクッキーなんだから!」
「え? この……自己犠牲精神の塊を……?」
「クッキーなんだから食べられることに意義を見出して当然でしょっ! 動くのは妖精たちの力だから気にしないで」
気にする。十分気にする。
……だが、カレンデ嬢が作ったとなれば。……断るわけにもいくまい。とりあえず一枚、指で挟む──びったんびったん跳ねるな、お前はシャケか。やはり食べ辛いな。食べるが。
「食べてくれてありがとぉ~!」
「口の中で叫ぶな、響く。……うむ、うまい」
「やった~!」
だから口の中で叫ぶなというに。
バターたっぷり、ナッツたっぷりのサクサククッキーで美味い。口内で叫ばれると反響して変なことになるからやめて欲しいのだが、二枚目も口内で叫びおった。喜んでいるようだからいいのだが、あの世界のジンジャーマンであれば絶望の断末魔でトラウマであろうな……。
「ところでカレンデさまは何故こちらに勤めようと思われたのですか?」
「私? そ~ね……きっかけはサンタに憧れたから、って単純な理由だったわ。でもいざ就職してみると、夢は夢のままがいいって思ったわね」
ああ……クリスマス・イヴの夜、工場内にあったサンタクロースの絵本を読ませてもらったが、アレを読んでサンタクロースに夢を抱いていた子どもたちは現実に衝撃受けるであろうな、とは思った。
真っ白な大きな袋を抱えた、真っ赤な服のサンタクロースが木ぞりに乗って真っ赤な鼻のトナカイに引かれながら世界を回り、煙突から入って眠っている子どもへのプレゼントを置いて行く。
実際はイケイケのランボルギーニで巨大なコンテナを引いて、これまたイケイケなサングラスをかけたサンタクロースが爆走させながらひとりあたり0.0000288秒でプレゼントをぶち込んでいく。赤っ鼻のトナカイも絵本にあった可愛らしいものではなく、前肢の蹄から頭のてっぺんまで三メートルある怪物だ。
「これでもイメージ守るための企業努力はしたのよ? 私が来る前は赤い服すら着てなかったんだから。葉巻ふかしながら〝ようこそバンビーナ〟なんて言われたのよ?」
「…………」
妖精とてヤンチャしたくなる時はある、か?