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自分図書館  作者: 椿 冬華
第三幕 「我輩」の章
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【プレゼントースト】


 宿泊用にと貸してもらった地下の一室で一晩明かした、翌日。

 クリスマス。

 我輩は、涙を流していた。

 カレンデ嬢に枕元にぶら下げておくといいと言われて、ぶら下げておいた靴下。そこに入っていた──クリスマスカードと一枚の、写真。


「う、ああ、ああああ、ああぁあ……」


 人生を何百万回も重ねていると次第に〝記録を残す〟ことをしなくなる。写真もビデオも気付けば撮らなくなっていた。どうせ次がある、という驕りは、記録の大切さを見失わせた。

 だから我輩の手元には〝レン〟とわかる形あるものなぞなかった。いつだって記憶の中に残るレンだけであった。時折聞こえる、幻聴めいたレンの声だけだった。

 だが今、今ここに。

 今、この手の中に。

 晩年、レンとともに赴いた海外旅行でレンが見せてくれた大輪の花も霞む、満面の笑顔。年の頃は今の我輩と同じくらい、だろうか。この代も確か、我輩は口髭を生やしていた気がする。たまに口髭に寝癖がつくとレンが笑いながら指摘してくれて、それが嬉しくて。ああ、そう。だから口髭を生やすようにしていたのだった。

 そう、そうだ──この後レンは急激に体調が悪くなって、だから。

 だから安楽死をともに選んで。

 眠るように、人生を終えて。


「うあああああ……」


 この直後から、レンに会えなくなった。何度死のうが何度生まれようがレンと合うことはできなかった。

 レン。

 レン。我輩の、最愛の妻。




 ──ドレイク……。




 レン。

 レン。お前はなぜ、我輩にそんな声を向ける? どうしてなんだ? 何かあるなら言ってくれ。レン、レン、レン──……


「……ドレイクさん、朝食持ってきたぜ。食堂で食べる気分じゃねえだろ」


 そう言いながらどれいがサイドテーブルに置いたのは、皿に載せられたプレゼントの箱であった。とてもそんな気分ではなかったが、とりあえずのろのろと体を起こしてベッドに座り直す。


「箱を食べろってか」

「プレゼントーストって言うらしいぜ」


 本当に箱を食べるのか。


「食欲がないのだがな」

「わかるが喰えよ。昨日だってろくに喰わず寝ちまったし」


 今夜ドレーミアさんに喰われて倒れても知らねえぞ、と言われてそういえばそろそろだと気付く。


「あと午後四時からクリスマスパーティーだってよ。立食式で、みんなで盛大に祝うらしい。だから昼メシはねえぞ」

「そうなのか」


 それならば今のうちに食べておかねばなるまい、と渋々箱を手に取る。うむ、箱であるな。質、重さ、中身の偏った重さを伴う空洞感。見事にただのプレゼントである。リボンだってつるりとした手触りからしてどう見てもリボンだ。


「食べられるんだろ。そういうの今までにもいっぱい食べてきたじゃねえか」


 そう言いながらどれいも自分の分のプレゼントーストを手に取る。まあ、可食物質系列世界だのなんだので散々変なものを口にしてきたのだ。確かに今さら、である。

 ふたり同時に箱にかぶりつき、それを見計らったようにドアが開いてカレンデ嬢が入ってきた。


「……なに箱にかじりついてんの?」

「ただの箱かよ!!」


 どれいの怒声ツッコミが響き渡る。

 箱を開けたら普通にトーストが入っていた。

 ううむ、異世界渡界の弊害がここで出たか。ちなみに焼きたてトーストにベーコンやレタス、トマトに目玉焼きが載った普通のトーストである。うむ、バターがたっぷり使われていて美味い。ベーコンも我輩好みのカリカリ焼きだし、目玉焼きも半熟ではなく固めなのがいい。美味い。


「珈琲持ってきてあげたのよ」

「お、ありがとな」

「礼を言う」

「…………」


 カレンデ嬢がじっと我輩を見つめる。あの嫌そうな顔は最初の一回きりでそれ以降は見せていないが、それでも若干身構えてしまう自分がいる。

 なんせ、どう頑張ってもやはり〝レン〟なのだ。レンではないが、〝レン〟なのだ。


「……その人が奥さん?」

「ん、ああ」


 サイドテーブルに置いてあった写真を眺めて、カレンデ嬢が〝私っぽい〟と呟く。そりゃ〝レン〟であるからなあ。ふむ、我輩と〝我輩〟を見る第三者の立場も中々面白い。


「…………悪かったわね、つまらない態度取っちゃって」

「……気にするな、と言いたいところであるが……我輩としては、理由を知りたい」


 知りたくない、と心が叫ぶ。

 これでもしもレンに嫌われている可能性が出てきてしまったら、我輩は。我輩は──


「落ち着かないのよ。あなたを見ているとなんか……すごくすごく、焦るの」

「…………?」

「私でもわかんないの。嫌いとかそういうのはないんだけど……むしろ好ましい方だって思ってるわよ。不思議ね、あなたたち四人とはなんだか仲良くなれそうって気になったの。でも……あなただけは、見ていてすごく落ち着かなくなる」


 自分の頭を掻き毟りたくなる──そう言ってカレンデ嬢はふうっと疲れたため息を零した。

 焦る。落ち着かなくなる。

 でも嫌ではない。むしろ好ましい。

 どういうことだ、と眉を顰めるがどれいにもわからないようで首をひねられてしまった。


 ──レン。

 レン。我輩の、最愛の妻。


 我輩はどうしたらいい?





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