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自分図書館  作者: 椿 冬華
第三幕 「我輩」の章
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【プロティーンカレー】


 服がきつい。

 何故だと思ったら、大樹の世界でずっと飛び続けていたために胸筋が微妙に発達したらしい。渡界先に合わせた体の変質は行うが、帰還した際に戻すのは変質させたものだけで渡界先で成長したものまでは消していないそうだ。

 まあ、こちらでは飛ばぬからそのうち衰えるだろうが。


「やはりどれいさまとのひと走りは愉しいですわね。ドレイクさま、夕食作りをお任せして申し訳ございませんでした。ありがとうございます」

「館長のヤツ、コースいじりやがって……何だよ、マグマの壁が迫ってくるって」


 図書館の外へテンペスタースを走らせに行っていたふたりが厨房に戻ってきて、着替えることもせずそのまま作業を手伝ってくれた。ふむ、ふたりとも細身であるからシルエットに沿ったバイクスーツがよく似合う。起伏の薄いどれいも、起伏が明確なドレーミアも非常に愛い。そそる。


「寒気がする」


 気のせいだ。さて、カレーもだいぶ煮詰まってきた。そろそろ盛り付けるとしよう。


「カレーだ!! 加齢で枯れた彼の華麗なカレイカレーはかれぇや!!」

「プロティーンカレーである。カレイは使っておらん」


 館長は流して、盛り付けた皿を順次どれいに手渡していく。スプーンも人数分出して、ドレーミアの出したサラダと麦茶と併せれば準備完了だ。


「ぴーまんかれー」

「プロティーンカレーである。館長は別にピーマン嫌いでもなかろう」


 カレーの具──プロティーン。以上。


「きらいじゃないけど、なんかこう……なんか……ちがう……」

「好き嫌いするでない」

「すききらいじゃない……ちがうんだ……なんか、こうかれーってのはもっとこう、わくわく……」


 プロティーンカレーを前にひとり絶望に打ちひしがれている館長であったが、どれいとドレーミアは別段気にしている様子もなく普通にいただきますして食べ始めた。


「カレーだし肉と芋欲しいけどな。でもその分サラダが贅沢だし」

「夕食の支度を全てドレイクさまに丸投げしてしまいましたもの。たとえこれがドレイクさまなりのイジワルだとて、不味くはありませんしカワイイお茶目ではございませんか」


 うむ。

 ドレーミアの言う通り、嫌がらせである。いきなりひと走りしてきますからカレーでも作っていなさいなと丸投げされたことへの、な。

 サラダはサーモンと大根のサラダに明太子ポテサラと少し手の込んだものにしたが、カレーに関しては完全に手抜きである。


「おにく……」

「ポテサラにベーコンあるだろう」

「たりない……」

「けれどこのポテサラ、大変美味しゅうございますわね。次回ポテサラを作る時はドレイクさまを使いましょう」

「使うと言うな」


 プロティーン特有の苦みをカレーのルーがマイルドにしてくれるものの、やはり物足りない気分になってしまう寂しいカレーライスが半分ほど消えたところでさて、と顔を上げる。


「次の渡界先だが」

「あら、リクエストをお決めになりましたのね?」

「いや……大樹の世界で枝葉に降り積もっていた〝雪〟は綺麗であったから雪景色を見てみたいと思っているのだが……」


 それだけでは足りないと、我輩の中にある何かが囁くのだ。我輩が前に進み、向き合い、真実を受け止めるにはより建設的な()()が必要だと、考えてしまうのだ。


「館長」

「うん?」

「これまで、おぬしはどれいという自我の確立のために。ドレーミアという自我の確立のために()()()世界を選んでいた」

「…………」


 館長がスプーンを咥えたまま、口を三日月型に歪める。


「だが我輩に対しては、さほどそういう意図を取っていないのではないか?」

「ほう。それで、ワタシに()()と言うのか? それこそ昭和の世界を選んだように」

「アレは悪意100%であろう」


 初っ端からアレを選ぶ意図なぞ、悪意以外に何がある。まあ次は自分の番だという焦りもあっただろうが。

 館長の愉しげな眼を見据えて、黙する。

 館長と我輩の視線が、交差する。

 意図と、意図が絡み合う。

 そして館長は意図の糸を、引く。


「じゃあ、次は〝魂の片割れ〟に会いに行くか? 空中都市の世界における〝ワタシ〟ミレン・ド・クロウにとっての〝レイン・ド・クロウ〟。硝子の世界における〝ワタシ〟ミドにとっての〝ジングジャー・レンデライト〟。飯テロ世界における〝ワタシ〟黒錆(くろさび)どれみにとっての〝神宮寺(じんぐうじ)(れん)〟。柊どれいにとっての〝宮野(みやの)蓮香(れんか)〟。そして──ドレイクにとっての〝レン〟」


 〝ワタシ〟の()()()と魂を同じくし、しかし同じではない存在に会いに行くか?

 ──そう問われて、我輩はすぐに答えを出せなかった。


「そういえばわたくしの時は何回かお会いしましたけれど、ドレイクさまもご一緒するようになってからは見かけませんでしたわね」

「レミリナ姫の結婚相手も魂の片割れじゃなかったしな……館長のくせにそのあたりは考えてるのか」

「ワタシのくせにとはなんだワタシのくせにとは」


 館長がUFOキック! と叫びながら両足をおっぴろげて高速回転しながらどれい目掛けて飛んで行くのを見ながら、考える。

 レン。

 レン。我輩の、最愛の妻。

 レンと同一だが、一致ではない存在。

 考えたことがなかったわけではない。たとえそういう存在に会ったとしても我輩が愛しているのはレンであるから無関係だ、と思っていた。だがいざ、会うかと言われてみると。

 答えが、出ない。

 いざ会ったとしても我輩のレンへの愛が揺らぐことはない。それは確信できる。レンが愛した我輩と魂を同じくする〝我輩〟を愛でてなお、この愛は揺らがないのだから。

 では、逆は?

 我輩の愛するレンと魂を同じくする──〝レン〟。

 同一だが一致ではない。しかし、一致ではないが同一なのだ。もし。もしも。万が一。

 〝レン〟が、我輩に対して何らかの不整合を見せたならば。

 それはもしかしたら、レンが我輩の前からいなくなった理由と。

 答えが──出ない。





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