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自分図書館  作者: 椿 冬華
第三幕 「我輩」の章
123/138

【プロティーンイェミスタ】


 樹洞には時折、森林がある。大樹に根付く植物は多彩で、中でもハーピィが好んで世話をしたがるつる系植物、プロティーンがあった。

 プロティーンの実は栄養価が高く、成長期に摂食することで筋肉が効果的に育つらしい。プロテインかよ、とどれいが呟いておったな。

 そのプロティーンの果実の中身をくり抜き、肉や木の実を詰めて蒸し焼きにしたのがイェミスタという料理であるらしい。〝我輩〟の母君が別れる際に持たせてくれたお弁当であるのだが、館長が既にどれいの背に乗りながら食べている。


「うまい! おかわり!」

「僕らのぶんまで喰うな!! 食べさせろ!」

「ドレイクさま、はいあ~ん」

「むぐ」


 ほとんど翼を動かさず滑空しているだけとはいえ、飛びながら食べるというのはなかなかにやりづらい。うむ、美味い。ピーマンの肉詰めに近い味わいだ。背に乗っているドレーミアがふた口目を口にし、また口元に運んでくる。うむ、美味い。


「僕の!!」

「食べてしまったZOY☆」

「てめえぇ!!」


 館長が振り落とされて真っ逆さまに落ちていくが、誰も助けに行こうとしない。ドレーミアが余りをどうぞ、とどれいに差し出すのを横目で見ながらこれからどうするか問う。


「そうですわね。ひと通りこの世界を見回りましたし、食糧も補填しましたし……館長さまの気分次第、ですわね」

「じゃあドレイクさん、次の世界はどんなのがいいんだ? ドレーミアさんはよくリクエストするけどドレイクさんはそうでもないだろ?」

「…………確かに、そうであるなぁ」


 どれいを見習って流されるがままであったのでな、と(うそぶ)くとどれいがじっとりとねめつけてきた。愛いな、咬みたい。


「まあ。どれいさまの羽毛がぼわっとなりましたわ。おもしろい」

「今なんかすっげぇ寒気した」

「期待の間違いではないのか? いつでも応えるぞ、我輩は」

「フザけんなてめえ! ──ってかそういや、ドレイクさんって今は男で一人称も〝我輩〟だけどそれがデフォルトってワケじゃないんだよな」


 何を藪から棒に、と思ったが一度きりの人生を歩む者からすれば不思議に映るのかもしれんな。

 その通り、今でこそこの容姿で一人称も〝我輩〟であるが、全ての人生がそうだったってわけでは当然、ない。女であった時もあるし、一人称を〝朕〟にしていた次代もある。


「朕て」

「様々な国、様々な人種、様々な生活様式を経験したであるからな。数えるほどしかないが、王族であったこともある」

「へぇ……ん、でも待てよ。血の繋がりって大して重要じゃないんだろ? ドレイクさんの世界」


 ほう、と思わず感嘆の声が漏れる。

 その通り──我輩たちにとって重要なのは魂に刻み付けられた名前、魂譜(こんぶ)名だけでその肉体に流れる血脈を示す血譜(けつふ)名はさして重要視されない。()()()()は。


「歴史が古い血譜(けつふ)名は守りたいと考える者も一定数おった──と、いうか名家に関わった者は次の人生でも名家に戻るから必然的だな、良い血統に対するプライド、のようなものか」

「あぁ……王族に産まれるかどうかは完全ランダムにしても、元王族の使用人とかはまた集まるから恒久的に外堀が埋められているみたいな」

「その通りだ。姫をやっておった時、ろくに外に出られなくてストレスが溜まったものである。()()()だけは決まっておったから、政略結婚というワードは図書館に来てから知った」

「ほぉーん」


 三百年という年月で様々な世界を知り、見聞を広めていなければこの旅路はカルチャーショックの連続であっただろうな。一番の衝撃は死ねばそこで終わる、という生命の価値だった。死んでも次がある我輩にとって、死ねばそれで終わるという人生は到底、想像できなかった。

 だが、と思い出す。

 館長と出会い、我輩の価値観を知った館長に言われたあの言葉を。




 〝死ぬぞ〟

 〝今のお前は既にお前の世界のシステムから外れているから、その体で死ねばもう終わりだ〟

 〝次はない〟

 〝絶対に〟




 だから、考えてしまった。




 〝では、死ねばもう苦しまなくていいのか〟




 だから、用意した。

 ()()用の小型拳銃、クラウンシングルデリンジャーⅧ型βモデルを。

 これは館長に頼んで用意してもらった。もうこれ以上耐えられない時、レンの我輩への愛を疑ってしまった時、我輩のレンに対する愛が雲った時──真の意味で死ねるように。


「結局、死ねぬまま三百年経ったがな」

「けれどそのおかげで、今のわたくしたちがおりますわ。ドレイクさまがいなければわたくしだって今、ここにはおりませんもの」


 生きていてくださってありがとうございます──そう言って、顔は見えないけれど背中でドレーミアが微笑んだ気がした。

 ああ、とため息のような吐息が零れる。

 〝生きる〟ことの意味を今、理解できたような気がする。何百万回もの人生を経て──三百年もの沈黙を経て──わずか数年の旅路で、ようやく自分は〝生きている〟のだと何故か、思った。

 レン。

 我輩の、最愛の妻。

 お前も──まだ、生きているのか? 願わくばどこかで、生きていてほしい。




 ──ドレイク……。




 レン。





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