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自分図書館  作者: 椿 冬華
第三幕 「我輩」の章
120/138

【神々しい闇鍋】


 闇鍋。

 灯りのない暗闇で鍋を囲い、何が入っているのか闇に包まれた謎の寄せ鍋を喰らう会。そう館長は力説しておった。

 だがしかし。


「今にも神が降臨しそうだな」

「どうしてこうなった」

「太陽を入れるからであろう」

「とても明るいですわ」


 世界遺産の世界で探索の帰り道に大量に狩ったサン=スライムの亜種、であるらしい太陽。そのままであれば熱く程よい歯応えの寒天に、茹でればまろやかな舌触りの湯豆腐になるという優れものであったので、迷宮(ダンジョン)寄せ鍋やる際に入れることになったのだが。

 闇鍋には不向きであったな。サンサンと鍋から神々しい白い光を照射していて今にも何かが発現しそうである。


「まあいいや、喰おうぜ。──ところでドレイクさん、世界遺産の世界での話の続きだけどよ。ホラ、教育がないとか」

「ああ……」


 人が死に、産まれ、また死に、そして生まれる。

 そこに普通は()()()()()()()()()()()()()()()()()()もないことを、()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「それってどういう──」

「我輩の世界は〝輪廻(オルタナティヴ)〟し続ける。どれいの故郷にも輪廻転生とかいう考え方があるようであったが……」

「柊どれいの世界における〝輪廻転生〟は魂の循環であって連鎖ではない」


 肉をこんもり取り分けた小皿にがっつきながら館長が助け船のように解説してくれた。魂の循環。連鎖ではなく、循環。成程。


「どういうこった?」

()()は言わばリサイクルだ。人生をやり切った魂をまっさらな状態に戻して、また新たな人生を歩む。だが()()は違う。()()()()()()()()


 肉を思いっきり頬張って発声がいびつながらも、そう言い切った館長を見ていたどれいがはっとした顔で我輩を見やるのに、そんなに時間はかからなかった。

 そう。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 〝輪廻(オルタナティヴ)

 我輩たちの世界における平均寿命はどれいの世界とそう変わらない。だが、死してなお、人生が終わることはない。()()()となる体に魂が移り、続く。どんな生物でも、どんな植物でも、どんな有機物でも。


「じゃあ教育機関が機能してないって」

「そう。記憶が残ったまま生まれ変わるのだから勉強する必要なぞなかろう? だからいつだって同じメンバーが同じ職場に集っておった。新しいものに手を伸ばす輩もいるにはいるが、大部分が安定した、慣れた生活を好む」


 服飾の仕事を続けていた魂は、生まれ変わってもまた服飾の仕事を好んでやりたがる。生まれ変わりという性質上、容姿や性別、人種は変わるもののその()()は変わらないことが大半であった。同僚は生まれ変わってもまた同僚として一緒になることが多かったし、飲食店を経営していた人が亡くなっても十数年後、外見は違うが全く同じ人間が戻ってくる。我輩の世界は〝シュヴァルツ〟と〝ヴァイス〟のふたつの大地から成っているから、違う大地に生まれ変わってしまえば生活が変わることもあったが──それも技術の発展で行き来が可能になってからは薄れた。

 死し、生まれ変わってなお変化しない生活。

 停滞した世界。

 そう、それはまるきりあの昭和の世界のような。


「それではドレイクさまは一体どのくらい……」

「どのくらい転生したのか、か? ()()のころはもう憶えておらぬ。だが……はっきり言えることはある」


 我輩の世界における法則は三つ。

 ひとつ、魂は連鎖し続ける。

 ひとつ、全ては対になっている。

 ひとつ──生きとし生けるものは(あまね)く等しく、()()()がいる。


永遠の半身(ロ・エトパトス)


 魂には必ず惹き合う()()()がいて、死してもその絆は切れることなく次の人生に引き継がれる。容姿が変わろうと、性別が変わろうと、人種が変わろうと──()()()だけは絶対に変わらない。

 レン。

 我輩の──最愛の妻。最愛の〝夫〟であった時代も当然あったし、同性であった時代もある。〝シュヴァルツ〟と〝ヴァイス〟の行き来が容易でなかった時代はなかなか会えず、老いてからようやく会えたこともあった。先立たれたことも先立ったこともある。何十、何百、何千、何万、何十万、何百万と人生を重ね続ける中でたったひとつだけ不変だったのが、レンの存在。

 ……()()()()()()()


「! そういや、前奥さんがいなくなったって……」

「レンと出会えなくなってから人生を重ねること、この体でちょうど百万回目だ」


 どれいたちが言葉を失くすのがわかったが、顔を上げる気にもなれず力なく手元の──空の小皿を眺める。

 永遠の半身(ロ・エトパトス)

 生きとし生ける者には(すべから)()()()がいる。転生しても決して変わらない半身が。だが、時を重ねていくにつれて()()()に会えない者がぽつぽつ現れるようになった。人間でも、動物でも、()()()を持たず浮浪者のようにひとり彷徨う者が現れるようになった。

 そんな者たちを、人は〝欠け者(ベントロキュズム)〟と呼んで嘲った。まだレンが傍にいた頃の我輩も、そんな半端な絆しか持たぬ彼らを蔑んだ。

 そんな我輩もある人生で突然、レンに会えなくなった。その頃のことを思い出しながらドレーミアがよそってくれた小皿を傾け、昆布出汁がよく効いた汁ごと湯豆腐ならぬ湯太陽を飲み下す。


「昭和の世界でも見たであろう? 停滞した世界は少しずつ壊れていく──我輩の世界もそうであったのだ」


 連鎖し続ける人生に、人類はやがて進歩を止めた。不便があれば修正するが、不便がそれほどでもない不便に改善されればそこで満足してしまう。生活に困らなければそれで十分であるし、仕事だって前の人生で築いたコネがあるのだから困らない。学校も行く必要性がほぼない。唯一人の力を必要とするのは乳飲み子時代のみ。

 友人関係だって変わらない。家族は変わるが、それは家族を作るというより新たな人脈、新たなコネを作る感覚でしかなかった。当たり前である──たとえレンとの間に子を設けたとて、その子には既に人格があるのだ。何百何千何万もの人生を重ねてきた明確な自我があるのだ。我輩たちの子であって、子ではない。自立できる年齢になるまで世話をする義務があるから世話をする──それだけのこと。

 だから頭打ちが来て当然だったのだ。

 停滞してしまった世界が少しずつ綻んで、当然だったのだ。

 レンがいなくなり、レンを探し求める人生を歩むようになって百万回目の人生。〝欠け者(ベントロキュズム)〟は少しずつ、けれど着実に増加していた。何故なのかはわからない。何故なのか調べてもいたが、わからなかった。だが昭和の世界を見てわかった──。


 我輩の世界は、滅びかけておったのだ。


「…………レン」


 レンがいなくなったのはもしかしたら、既に滅んでしまったからかもしれない。そうであってほしい。間違っても、レンが我輩を嫌ったからだとか我輩以外を愛したからではない。絶対に、ない。ない。ない。ないはずだ。本当に? 本当にないと言い切れるのか? 証拠は? いや、ない。レンは我輩を愛している。絶対だ。だからない。そうだろうか? 驕りではないのか? いいやそんなことはない。何で言い切れる? レンに聞いたわけでもないのに。本当に? 本当に──……

 かたりと小皿を下に落として、両手で顔を覆う。


「レンは……我輩を、愛しておるはずだ……」


 怖い。

 やはり、怖い。向き合うのが──怖い。知るのが怖い。どうしようもなく怖い。どうすればいいのかわからなくて怖い。

 シバかれた。


「もうっ、お皿が割れたではありませんか。ほらどれいさま、片付けてくださいませ。ドレイクさま、食べ物を粗末にしてはいけませんわよ。ほらしっかり召し上がってくださいませ」

「……ドレーミア」

「以前も申し上げましたけれど、大丈夫ですわ。ドレイクさまが不安になろうと無駄ですわよ、わたくしは信じておりますもの。ドレイクさまが愛した、奥さまのこと」


 会ったことも話したこともないというのに何故、と胡乱な目つきになる我輩にドレーミアが慈愛に満ちた笑顔を向けてくる。以前にも見た、そして毎晩ベッドの中でも向けてくる笑顔だ。


「だってドレイクさまがそんなに愛情を注がれる相手なんですもの。そんな風に愛しみ、愛してくださる方を嫌うだなんて天地が引っ繰り返ってもありませんわよ。常日頃からドレイクさまに愛情を注がれているわたくしが言うんですもの、間違いなくってよ」

「…………」




 ──ドレイク。




 ああ、声がする。我輩を求めてやまないと心の底から乞うている、レンの愛情に満ちた声が。


「…………」


 ──ああ、敵わない。まったくどうしてこう、ドレーミアはいい女なのだ。レンがこの場にいたら我輩ではなくドレーミアに惚れてしまうかもしれない、そう危惧する程度にはいい女だ。まったく、本当に敵わない。





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