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自分図書館  作者: 椿 冬華
第三幕 「我輩」の章
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【太陽のあんみつ】


「歴史ってのぁ人間の()()のようなモンだ。地面の下がどうなってるかなんて知らなくてもオレらは生きていける。断層の仕組みなんて知らなくても死なない。でもな、断層の仕組みを知ってりゃあ地震の予測ができる。どこで地面が()()るかわかる。より安全な枠組みを考えることができる」


 十階層と十一階層の狭間である水面と鳥居の空間にて、奴礼がそんな人類の歴史の積み重ねだと言って差し出してきたのは太陽であった。

 文字通り、太陽である。さんさんと〝朱丹の迷宮(ダンジョン)〟十階層を照り付けていた何十、何百、何千もの太陽の中の、ひとつである。

 十階層は灼熱の迷宮(ダンジョン)であった。東西南北、北西北東南西南東、北北東東北東東南東南南東南南西西南西西北西北北西──四方八方余すことなく太陽が(ひしめ)いていて、世界は真っ白であった。

 長年、この階層は攻略不可の迷宮(ダンジョン)であったらしい。強すぎる光に視界が閉ざされる上に数秒もいれば服が燃え上がり肌が焦げ付くほどの灼熱。だが近年になって冷房を内蔵した耐熱スーツが開発されたらしく、この階層までは攻略が進んだそうだ。奴礼は自前のを、我輩たちも館長に出してもらった耐熱スーツを着用して次の鳥居へ向かったのだが、その道すがら奴礼が太陽のひとつを掴んできたようだ。


「こいつは〝サン=スライム〟って北米の迷宮(ダンジョン)によく出没するモンスターと同種だって近年の研究でわかったんだ。オレみてぇな炎使いでもなけりゃ灼熱を吸収しきれねえけどよ、スライムのガワ部分を覆う炎を吸収しちまえばただのピカピカ光るスライムだ」


 コイツにどれだけの人間が犠牲になったことか、と言って口を吊り上げる奴礼に──我輩は水面に浸していた腕を上げ、太陽を受け取る。つるりとしてぶにぶにと指が沈む感触は自分図書館で時折持ち込まれるスライムに近い。世界が違ってもスライムとはどこも似たようなものなのだろうか。


「なんだか美味しそうですわね。どうですか? 館長さま」

「寒天になるんじゃないか? ちょうど小豆アリを九階層でいっぱい捕まえたんだしあんみつにしようあんみつに」

「いいですわね。ですがこの水面ですと座れる場所もお料理できる場所もなくて不便ですわ」

「テッテケテッテーテーテテー〝どこでもシート〟~」


 謎の効果音とともに館長が広げたビニールシートが水面の上に浮かべられ、そこに館長が飛び乗るが水に沈んで歪むようなことはなかった。ふむ、また奴礼にどう誤魔化せばいいか面倒なものを出しおって。


「〝知識〟とは〝歴史〟の積み重ね。先人が築いた地層を読み解くもの。──それが()()なのであるな」


 奴礼の関心をビニールシートから逸らしがてら、ぽつりぽつりと囁く。どれいが我輩の故郷では違うのか、と敏く問うてきた。


「ああ。我輩の故郷にも学校という施設こそあれど、まともに機能していなかった。──学びに来る者がほぼおらなんでな」

「いない? 義務教育じゃないとかそういうんか?」

「〝教育〟の必要性がなかったのだ。我輩たちにはな──」


 〝教育〟とは主に、教養や社会規範、常識にルール、職を得る上で必要な知識を()()()()()()()()()に教えることを言う。だが我輩の記憶の中で、まともに教育システムが機能していたのはもうずいぶん遠い昔のことだ。

 〝何も知らぬ子女〟が時代を経るにつれて減少していたゆえに。


「あん? そりゃどういうこったよ、ドレイク氏よぉ。少子化が著しい過疎村の出身とかなのかぁ?」

「まあ、〝子どもがいなくなる〟という意味では近いであるな……」


 奴礼がいるここではあまり詳しいことを話せない。これ以上はまた図書館に戻った時に、であるな。だがいや、しかしこうして見るとなかなかどうして。


「その緋色の髪も虹彩も鎧も、最初は自己主張が激しすぎるのではないかと思ったがこうしてじっくり見てみると──中々そそられる」

「えっ」

「〝屈服〟を知らぬという目だ。我に生き、我に死ぬ志を中枢に打ち据えたその顔、蹂躙してみたい」

「見境ねえな」

「嫉妬か? 愛いなどれい」

「ふざけんな」


 この世界の〝我輩〟は実に好ましい。これまでに見て来た〝我輩〟たちはみな、気弱であろうとお気楽であろうと何処かに決して折れない信念を据えていた。あやつらも実に好ましかったが、この〝我輩〟は見ているだけでゾクゾク加虐心が擽られる。我欲の塊であるこいつを打ちのめして打ちひしいで打ち砕いて、その上でやはり折れずこちらを睨む様子を見てみたいと心の底から思う。




 〝ドレイクって見ていると、なーんかいじめたくなるのよね〟




 ──ああ、そういえば。

 レンもやたら、我輩を虐めるのが好きであったなあ。そうか、ではこの加虐心はレンが我輩に対して抱いていたそれと同じか。ふむ、悪くない。


「何が!? ちょっどれいクン何この人!? 怖いんだけど!!」

「変質者なので」


 蒼褪めて我輩から距離を取る奴礼とどれい、ああ、発音が同じであるなあ。どれいコンビ。実にそそられる。虐めたい。可愛がりたい。おや、ふたりの顔が蒼白になった。面白い。


「あんみつができましたわよ。ドレイクさま、虐めるのは後にしてくださいませ」

「む。ならば仕方ない」


 後ででも嫌だ!! という叫びは無視して、ドレーミアが作ったあんみつを覗き込む。奴礼が捕まえた太陽を賽の目状に切ったものに、小豆アリを煮詰めて練ってまた煮詰めて作った粒あんを載せていた。そこに七階層で採った花の蜜をかけて、あんみつの出来上がりというわけだ。太陽の寒天がギラギラと輝いているせいかやたら神秘的なオーラが出てしまっている。

 少々目に痛いと思いつつも、スプーンで掬って口にふく熱い!! いや、流石に太陽ほど熱くないが……そもそも太陽の熱さ自体味わったことないが。淹れたての珈琲くらいには熱い。おまけに、さんさんと照り続けている太陽を口に含んだものだから微妙に光が漏れて今にもビームを発射しそうな(てい)になっている気がする。


「ドレイクさんビーム発射一秒前」

「やめんか。──美味いな。ホットミルクに餡子と蜂蜜を混ぜたような味がする」


 かしゃかしゃとシャッターを切ってくるどれいを無視して、ドレーミアに称賛の声を投げかける。館長がよし! と力強く頷いて自分たちも食べようと言う。我輩に毒見させておったのかおぬしら。




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