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自分図書館  作者: 椿 冬華
第三幕 「我輩」の章
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【木の枝ラーメン】


 微笑みながら重機関銃をぶっ放してモンスターの群れを掃討したドレーミアに、ねぎらいの意味合いも込めて口付けを落とす。ふにゅりと容易く沈む唇を軽く吸い、かすかに開いた隙間から舌を滑らせてドレーミアの吐息ごと、ねっぷりと愛でる。


「ひゅ~ぅ、お熱いねぇ! ゆうべは おたのしみでしたね」

「聞いてたのかアンタ」

「ねーちゃんがアンアン艶めかしくてなあ~男としては聞きたくなるモンだ。まあ不思議と少しも興奮しなかったけどな」

「そりゃそうだろうな……」


 異世界の〝我輩〟にとっても我輩たちは〝我輩〟であり、情欲の対象にはならないようだ。ふぅむ、我輩は普通に興奮するがなあ。

 ともあれ。

 物資をモンスターに喰われたとかで一旦下に降りるつもりであったらしい奴礼は、我輩たちと合流する形で退却を取りやめ、ともに上を目指すこととなった。そうして今は八階層まで来ておるのだが、さすがにここまで来ると八岐大蛇クラスのモンスターが群れで登場して、厄介だ。


「フハハハハ!! その調子で進めぇ、ワタシの下僕たちよ!!」

「おめーも働けよ」


 いや、館長も地味に働いておる。八岐大蛇の群れがあの掃討如きで殲滅できたのも館長が弱体化させてくれてたからだ。


「マジかよ」

「フフン! ワタシを褒め称え崇め奉れ!!」

「さすが〝魔女(ワルプルギス)〟ぅ。〝古代数秘術(カバラフィロト)〟の遺物使ってるんだろぉ? どんなん?」

「ナイショだ!」


 世界遺産迷宮(ダンジョン)は今は失われし魔術〝古代数秘術(カバラフィロト)〟によって作られたものだが、時折その力を閉じ込めた〝遺物〟が迷宮(ダンジョン)に眠っていることがある。本の形をしていたり、銃の形をしていたり、はたまた剣の形をしていたりと様々だが例外なく強力な力を秘めていて、それさえ持っていればSランクになるのも夢じゃないと言われている。

 我輩の太刀はただの武器だが、ドレーミアの重機関銃には〝遺物〟の一部が使われていて、だから弾が無限なのだそうだ。


「でもあの反動にびくともしないあたりすげぇやねーちゃん」

「お褒めに預り光栄ですわ。奴礼さまの武器も素敵ですわよ。燃え盛る斧だなんて、ロマンがありますわ」


 奴礼も〝遺物〟である斧を所持しており、百キロ超えのそれを自由自在に使いこなしている。確か〝蜿炎長蛇(イフリート)〟という名前だと言っておったか。


「ここらで昼メシにしようぜ! ちょうど木の枝いっぱい落ちてるし、川近いしな」


 七階層から八階層へと通じる迷宮(ダンジョン)は四季が滅茶苦茶に入り乱れている山の中になっていて、在る場所では吹雪いているのに一歩足を踏み出せば真夏の炎天下に襲われ、かといって炎天下から逃れようとすれば秋の台風に見舞われ、といった具合で天候が安定しない場所であった。


「昼メシはラーメンにすっぞ、ラーメン」

「らーめん!」


 春と夏の境目あたりにテントを張り、料理の用意を始める。今回は着ぐるみの世界のように物資が限られているわけじゃあないから、贅沢に人類の英知の結晶たる野営キットを使ってサバイバルである。火熾しがボタンひとつで済む。生水を毎回蒸留水にしなくとも浄水器を使えば済む。技術万歳。


「麺類を持っておるのか?」

「ん? いや、木の枝あるだろぉ」

「…………?」

「…………?」


 見つめ合って静止した我輩たちを見かねてか、館長が木の枝を茹でると麺類のようになると割り込んできた。どういうことであるか。


迷宮(ダンジョン)の常識だろ?」

迷宮(ダンジョン)は色んな物が狂ってるからな。食用にしか見えない果実が鉄だったり、この木の枝のようにどう見ても食べられないものが加工で食用になったり色々だ」

「そうなのか……」


 そういうことは先に教えておいてほしいものである。Bランクだというのに何故知らないんだという顔で見られたではないか。

 奴礼が木の枝を沸いた鍋の中に入れるのを見守りながら、道中で狩った猪型のモンスターを捌いていく。木の枝はどこからどう見てもただの木の枝だったというのに、沸いた湯の中でくにゃりと柔らかくくねり、奴礼が差し込んだ菜箸に合わせてくたりくたりと形を変える。麺類とまるきり変わらないそれに内心驚きつつ、捌いた猪肉を直火で炙っていく。


「スープは味噌でよろしいですか?」

「いいねぇ味噌ラーメン! ねーちゃん頼んだよ!」

「木の枝もっと持ってきたー! おかわり自由だぞ!」

「おぉ〝魔女(ワルプルギス)〟ちゃんナイスぅ~」


 基本的に喋るのが好きなのだろう。絶え間なくべらべらと誰かに話しかけては笑い、また誰かに話しかけては笑っている。こんなにお喋りな〝我輩〟も珍しい──と思った矢先に、カメラの話題になってどれいが食い込み気味に奴礼と早口で喋り出したので、案外我輩たちにもそんな性質があるのかもしれん。

 やがて麺もスープもチャーシューも仕上がり、五人で昼食と相成った。館長が何処からかラーメン用の赤いどんぶりを出して、奴礼にサバイバルでそのどんぶり見るとは思わなかったと突っ込まれながら五人分のラーメンを盛りつけて、鍋を囲んで座り込んだ。


「いっただきま~す!! ほれ柊どれい、喰わせろ!!」

「ここしばらく自分で食べてると思ったら……ああうん、いいよ。ほれこっち来い」


 我輩たちと逸れて以来、食べさせてもらうよりも一緒に食べる方を選んでいた館長であったが、今日は食べさせてもらう方を選んだようだ。どれいと向き合って座り、大口開けて待機する館長につい、笑みが零れる。

 さて、木の枝ラーメンの味はいかほどか。


「うむ、スープはいつも通りドレーミアの味であるな」


 味噌汁を濃い目にしただけ、ではあるがモンスターとの連戦で程よく疲労した体には程よい塩分だ。次に麺を啜る。見た目はふにゃふにゃになった木の枝、であるのだが口に含んでみるとなるほど──麺そのものであった。本来の麺のように長くないし太さも一定ではないが、味噌スープが面白いくらいに吸い付き、絡んで美味い。

 即席チャーシュー、というかただ猪肉を炙っただけの焼肉も味噌スープに浸すとなかなかどうして、美味い。

 ネギや煮卵が欲しいところであるなあ。

 それ以降、食べ終わるまで我輩たちは無言であった。ラーメンを食べる時は何故、こうも言葉少なになるのか。




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