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自分図書館  作者: 椿 冬華
第三幕 「我輩」の章
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【銀河カクテル】


 ドレイラとまた会う約束をして別れた我輩たちは図書館に帰還し、ここにもあの銀河のような空間が欲しいとおねだりしたドレーミアのために館長がバーを創った。中央館に地下への階段と地下室を創ってしまったのだ。


「なかなかいい空間であるな」

「とてもお洒落ですわね。たまにはこちらで食べるのもよさそうです」


 天いっぱいどころか床いっぱいにも銀河の広がる、小さなバーカウンター。カウンターの向こう側にもささやかなキッチンとワインセラー、冷蔵庫があるだけだが、それがまたいい雰囲気を出している。ドレーミアをバーテンダーにして、我輩とどれいは並んで座り、呑み交わす。

 館長? バーカウンターに寝ころんで空を見上げながらサラミをつまんだせいでむせて涙目になっておる。放っておけ。


「お、地球だ」


 ドレイラのところとは違い、こちらは館長が創り出したものだから回りに広がる銀河に規則性はない。おそらく色んな世界の色んな銀河をランダムに映し出しているのだろうとは思うが、今は我輩たちの頭上に青い、それはそれは美しい球体が浮かんでいる。

 地球。どれいと館長の、故郷。


「……やはり、惑星は丸いのが多いのだな」

「ん?」

「全てが対となり、総てが対で在り続ける双対界(そうついかい)。そのうち、現在確認されている限り生物が多数存在している唯一の惑星──〝シュヴァルツヴァイス〟」


 それが我輩の故郷だ──そう言って静かにグラスを傾けた我輩に、どれいとドレーミアが驚いた視線を寄越してくる。我輩のことなぞ、一度も話したことなかったからな。だがもう我輩は覚悟を決めた。


「我輩の知る惑星は球体ではない」

「そうなのか?」

「ああ。地球で喩えるならばこれが真っ二つに」


 と、口にした瞬間頭上に浮いていた地球が真っ二つになった。館長か。


「……それで、地球の美しい表面部分を断面図のところに」


 するりと地球の青い輝きが割れた断面図部分に移動し、元々の青い部分が味気ない岩盤の塊と化す。説明しやすいが……自分の故郷をこんな風にされてどれいは複雑そうであるぞ、館長。


「こんな風に対となって向かい合っているのが我輩の認識する〝惑星〟だ。太陽も月もありとあらゆる恒星も小惑星も彗星もブラックホールも、全てが対となっておる」

「はああああ……すっげぇなぁ……重力とか海とかどうなってんだ?」

「我輩の故郷はそれぞれ〝シュヴァルツ〟と〝ヴァイス〟と言って、中心部に行けば行くほど反発が強く、外周部に近付けば近づくほど引力が高くなるという性質を持っておる。だから国や町は外周部に作られる」


 これまたわかりやすく、地球に重力の向きを示す矢印が現れた。どれいは当然のようにそれを写真に収め、ドレーミアは楽しげに相槌を打ちながら何やら作業をしている。


双対界(そうついかい)の呼称通り、全てが対になっておる。〝一個〟なんてのはない。常に最少の数字は〝二個〟であった。花はいつだって二輪同時に咲くし、果物だって必ず二個ずつ実をつける」

「まあ……そんな世界があるのですね。では、人間も?」

「ああ。いつだって双子が必ず産まれる。四つ子、六つ子と必ず二の倍数になっておるな」

「ではドレイクさまにも双子のご兄弟が?」

「──ああ。そしてもうひとつ、生物には必ず()()()がいる」


 永遠の半身(ロ・エトパトス)

 契ることを運命づけられた決して変わることのない、永遠なる魂の片割れ。


「まあ、ではドレイクさまにも?」

「ああ。レン──我輩の最愛の、妻だ」


 レン。

 レン。我輩の、最愛の妻。


「誰よりもレンを愛しておった。当然、今でもレンを愛しておる──だが」


 ──ある時から、レンがいなくなった。


「え? いなくなられた……とは」

「その当時、世界では()()()を欠いた者が目立ち始めていた。人間に限らず家畜や野生動物など、ありとあらゆる生物に」


 欠け者(ベントロキュズム)

 ()()()を伴わない者に付けられる蔑称。


「……()()()がいて当然の世界であるから、伴侶がいないというのは異常事態なのだ。だから愛を失くしたのだろうと、きっと不貞を働いたのだろうと、愛想を尽かされてしまったのだろうと蔑まれた。だが」


 我輩は、信じておらぬ。


「レンは我輩を愛しておる。これだけは絶対に言える。我輩がレンを愛しておるように、レンも我輩を愛しておる──()()だ」


 レンがどこに行ったのか、未だにわかっていない。どれだけ待とうと、どれだけ探そうとレンは見つからなかった。見つからないまま、館長のところに落ちてしまった。


「だがどんなに信じていても、ふと折れてしまいそうになる時がある。疑いそうになる時がある。諦めてしまいそうになる時がある」


 もしかしたらレンはもう、我輩を。


「……だから、館長さまの旅に同行なさらなかったのですね? そうですわよね……〝わたくし〟と言えど、色々な方がいらっしゃいますもの。中には度し難い〝わたくし〟もいるかもしれない……それを見てしまえば、奥さまが……」


 ドレーミアはそれ以上言葉を続けなかったが、我輩は頷く。


「レンが愛する我輩と魂を同じくする〝我輩〟なのだ。我輩もまた、愛せて当然」


 だから怖かった。

 我輩が愛せない〝我輩〟が現れたら、確信してしまいそうだったから。レンが我輩の前に姿を現さなくなったのは、我輩が愛せない〝我輩〟と同じ部分が我輩にもあり、だからレンが──……


「こちらをどうぞ、オリジナルカクテル〝銀河〟ですわ」


 ことりと、カウンターにカクテルグラスが置かれる。中には銀河をそのまま凝縮して閉じ込めたような、青みが掛かった黒い酒が入っていた。


「白ワインやベルモット、ジンにドレイラさまよりいただいた〝星くずキャンディ〟を入れてみました。味見はできませんので保証はいたしかねますけれど」


 ドレーミアはそう言って微笑みながらカウンターに頬杖をつき、我輩を見上げる。


「大丈夫ですわ。奥さまは今でもドレイクさまを愛してらっしゃいます。これは保証いたしますわ──だって、〝わたくし〟ですのにわたくし、ドレイクさまに惹かれておりますもの」


 そう言って微笑むドレーミアは、この途方もない銀河空間に広がるどの星くずよりもずっと綺麗だった。


「恋慕かと言われますと首を傾げたくなりますけれどね。ですが、自分を好きになるとはこういうことなのかもしれませんわね──さ、お飲みになってくださいませ」

「……ああ」


 ──そうだな。

 ここにいる〝我輩〟はみな魅力的だ。最初は警戒したどれいも、今ではすっかり愛でる対象だ。こいつらを見ていると、自分が嫌いになるどころかどんどん好きになっていく。まったく──罪作りな〝我輩〟たちだ。

 笑いながら、カクテルを傾ける。

 熱く辛く、けれど甘い星くずが流星の如く流れ落ちてくる。





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