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自分図書館  作者: 椿 冬華
第三幕 「我輩」の章
114/138

【831ページ】


 不老性を得たことで食事の必要性がないとはいえ、嗜好食として色々保存しているようだった。


「畑もあるんだよ~」

「畑ですか? ですがドレイラさま、一旦集中されると時間を忘れてしまうとか……」

「そうそう。だからね、畑の経過時間を取り換えっこしたんだ。一秒と一日を取り換えっこすれば百日経っても百秒しか経たないことになるからね!」


 ……館長も大概理不尽であるが、こやつも大概であるな。


「気を付けないといけないのは、うっかり収穫して保存する前に取り換えっこ解除しちゃうと百秒で百日経っちゃうんだよね~。それで何度か枯らしちゃったよ、あはは」

「保存とは?」

「これだよ、これ!」


 そう言いながら一段目の本棚に尾を伸ばし、取り出したのは一冊の、何の変哲もない本であった。

 ふむ、これまでの法則を省みるに──〝野菜〟と本の〝ページ〟を取り換えたとかそんなところか?


「その通りだよっ! 正確にはそれぞれのの〝味〟と〝質〟を取り換えっこしたんだけどね。見た目はただの紙でも味も質もキャベツ、ただし劣化速度は紙の時のまんまだから鮮度が落ちにくいみたいな」


 そういいながらページを破って手渡し──いや、尾渡してきたのでひと口モシャる。キャベツだ。どれいにもモシャらせる。キャベツだと返ってきた。ドレーミアにも口移しで食べさせて、余りは館長の口に突っ込んだ。


「基本的には料理したものを保存してあるんだけどね。コレはサラダ用の野菜が入ってんの」

「はぁ~……次元がちっげぇなぁ」

「ワタシならこの図書館そのものをプリンにすることも可能」

「やめろ絶対すんなぁ!」


 対抗意識を燃やしている館長を抱っこして(なだ)めつつ、ひとまずドレイラの好意に甘えて昼食タイムとなった。


「わあ……先ほどの紅茶もこうやって淹れたのですね」


 紅茶のページをちぎり、館長が出した人数分のティーカップに入れてお湯を注いだドレーミアが感嘆のため息を漏らす。傍目には紙を入れただけにしか見えないというのにティーカップからは濃厚なアールグレイの香りが立ち昇っている。


「〝紅茶の味〟を閉じ込めたものだからねぇ。材質も紙じゃなくてでんぷんと取り換えっこしてるから溶けるし」

「素敵ですわね、ドレイラさまのお力!」

「ワタシ指先から紅茶スプラッシュできるし!」

「あっつぅ!?」「熱ィ!!」


 館長が拘束衣からはみ出ている指先十本から紅茶を噴出させて、両隣にいたドレイラとどれいがモロに喰らった。三人の取っ組み合いが始まったところで、ドレイラが指定していた料理本〝831ページ〟を開く。


「ドレイラさまの〝おふくろの味〟なのですよね」

「そうらしいな。〝831ページ〟が五十ページくらいある──やけに重いなこの紙? 人数分千切ればいいのか」

「ページにはトバリミストローとありますわね。ミネストローネスープのようなものでしょうか?」

「食には見た目も食感も肝要であるからして、紙で済ますというのは些か寂しいものがあるな……」

「とりあえず食べてみましょう。何事もまずは経験ですわ」


 ドレーミアに促されるまま、ふたりでともに紙を少し千切り口に放り込ん──熱い!!


「ゴホッ」

「あっ、熱いから少しずつ千切った方がいいよ~」


 館長を全力で締めあげているドレイラがにこにこと、何事もないかのような顔で戻ってくる。


「質量もね、見せかけだけ取り換えっこしてるんですよぉ。やっぱりお腹にはたまったほうがいいですし~」


 紙を食べる、という感覚はなかった。

 紙を口に含んだ瞬間、焼けつくような熱と魚肉の豊満な香りとともにトマトスープが広がった。〝取り換えっこ〟したといってもあくまで取り換えたのは数値のみ。いくら質量を取り換えようと一グラムは一グラムであり、一キロは一キロである。綿一キロと鉄一キロは全く同じなのだ。一キロの鉄を一グラムの鉄と同じサイズに圧縮しようと、それは結局一キロだ。

 無理な圧縮は、少しの刺激で崩壊する。

 そう、〝唾液〟という刺激を紙が受けたことにより圧縮された質量が崩壊し、口全体に灼熱のスープをぶちまける羽目になってしまったと──そういうワケであろう。

 熱い!!


「ワタシなら完璧に圧縮してみせれるけどな?」

「締め付けてるのに喋らないでよ」

「もっとだ。もっと館長を〆てやれ!! 積年の恨みをぶつけろ!!」

「いエッさー!!」

「ぎゅム」


 ……どれいとドレイラは随分意気投合したようであるな。


「こちらの……えぇっと、トバリミストローはトマトスープをベースに、ハンバーグステーキのようなものを煮込んでいるのでしょうか?」


 ベースが灼熱のトマトスープなのは間違いない。野菜も芋類も豊富にあって、同時に質量解放されたものだから口内がパンクして噴き出すところであった。

 それともうひとつ……トマトスープで煮込んだ、というよりは後から追加したようにも思える魚肉。ひき肉を練ったものなのは間違いないだろうが、肉にしては脆く、魚にしてはこってりしていた。


「トバリネっていう虫だよ!」


 ドレーミアが硬直した。ついでに、我輩も硬直する。


「見た目は……えーっと図鑑図鑑……あったあった、こんな感じ!」

「ほう、ゴ「オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 館長の台詞の途中でどれいがいきなり金切声を上げたために聞き取れなかったが、知らない方がいいというのはなんとなくわかった。ドレイラが手にしている図鑑にも絶対に視線を向けない。向けたら、何かが終わる気がする。


 我輩とドレーミアはその後トイレに駆け込んだ。が、人間用のトイレじゃなかったため何処に吐き出せばいいのかわからずどうすることもできずふたり揃って崩れ落ちた。




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