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自分図書館  作者: 椿 冬華
第三幕 「我輩」の章
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【タルト・タタンポリン】


 はるかな天から落下する〝我輩〟たちをタルト・タタンポリンの柔らかな弾力が受け止めたことで〝我輩〟たちは無事帰還した。

 どうせすぐ〝魔女〟が新たなお菓子を求めて手を伸ばしてくるだろうが……まあ、ひとまずはよかろう。

 スイーツキングダムに戻った我輩たちは〝我輩〟たちが民衆に囲まれて治療を受けているのを傍目に、タルト・タタンポリンの処分に加わることにした。


「食べてしまってよろしいのですか?」

「うん。使っちゃって傷んじゃったからね。まだ予備はあるし大丈夫さ。タルト・タタンポリン食べるの初めて? おいしいよ!」


 タルト・タタンポリンというのはタルト生地に焼きリンゴを敷き詰め、その上にさらにタルト生地を被せて焼いた菓子のようだが、この世界においてはトランポリンのように弾力を持っている。ぽいんぽいんと跳ねているお菓子たちを他のお菓子が(たしな)めつつ、巨大なキャンディーナイフで切り分けていった──跳ねていたお菓子の中に館長がおった。どれいが怒りながら回収しに行った。相変わらずであるなまったく。


「ひと切れもらってきましたわ!」


 ドレーミアとどれいが館長の乗ったタルト・タタンポリンを頭上に掲げながら戻ってくる。ひと切れとはいってもクッキー視線では背丈ほどもある。


「ねえ、食べてしまう前に記念撮影しませんか? 四人で撮ったこと、よく考えましたら一度もございませんでしたもの」

「んあー、そういやそうだなぁ。よーしじゃあワタシはこうやってタルト・タタンポリンに仁王立ちになって……」

「初撮影がクッキーの姿て」

「まあ良いではないか。我輩たちらしい」


 そう、〝我輩〟たちらしい。四人での初写真がクッキー姿なぞ。

 ──ああ、そういえば。

 写映機が発明されたころ、レンと初めて撮りに行った時は赤ん坊が大泣きの上大暴れで写映屋がサービスしてくれたフラワーブーケをもみくちゃにして──とんでもない一枚になってしまったものであるなあ。

 ……レン。

 レン。我輩の、最愛の妻。


「おっし、セットできた! 執事さ~ん! タイマースタートしますよ! 十秒後です!」


 ビスケットのカメラをチョコレートの三脚に……いつの間に用意したのだあんなもの。館長か。

 ともあれ、どれいに促されるままタルト・タタンポリンに集まる。仁王立ちする館長の足元に我輩とドレーミア、どれいで並んでカメラのレンズを注視する。一瞬のフラッシュののちにかしゃりと軽快な音が響いた。


「うふふ、思い出の一枚ができましたわね!」

「そうですね~。今まで意識してなかったけど……これからはちょくちょく四人で撮りましょうか」

「現像したヤツは談話室に飾るぞ、談話室に」


 カメラに集まってわあわあとはしゃぐ三人は──撮影終了後すぐカメラへ駆け寄っていくレンたち家族と、まるきり同じだった。

 ──……レン。


「よーし、喰うぞタルト・タタンポリン!! はぐぅ!」

「いきなり食らいつくな!」

「お行儀悪いですわよ。……ですが、一度でいいから背丈とそう変わらない巨大なケーキを食べてみたかったのですよね。あのホットケーキのお城、たいへん美味しそうでございました」


 はぐはぐとモグラの如く食べながらタルト・タタンポリンの中に潜っている館長はさておき、ドレーミアがさらに小さく切り分けてくれたタルト・タタンポリンを三人で食べてみることにする。


「! ほぉ、先ほどの家に比べると随分味が深い」

「なんて香ばしいのでしょう。焼きりんごに焦がし砂糖、カリカリタルトの衣がとってもしあわせ!」

「んぐんぐ……さっきの家はよ、ありゃ〝魔女〟がお菓子を作るために作ったんじゃなくて、お菓子で家を再現したものだろ? 味よりも見てくれ重視なんだろうし、だからこその違いじゃねえか?」


 ああ、成程。

 ここにあるものは全て〝魔女〟が作った。そのひとつひとつの味はとてもいい。質がいい食材を使っているのだろうし、ただの敷道ひとつに使うだけのクッキーも丁寧に手掛けているのはわかる。先ほど口にした家の柱や壁だってそうだった。美味であった。

 だがしかし、そこが〝見栄え重視〟の限界なのであろう。

 思えば、ホットケーキ城はあまりにもホットケーキすぎた。窓らしき部分はあったものの、外見はふつうにホットケーキであった。あれはホットケーキを城らしく作るよりも、ホットケーキとしての美味しさを保てる形を優先したのだろうと思う。


「この世界の住民にとっては敵だが……中々、職人気質な料理人のようだな」


 言いながらまたひと口、タルト・タタンポリンを頬張る。クッキーの口ゆえ頬張るのではなく吸収する形ではあるが。歯応えという味わいがないのは残念だが、味と風味は人間の体以上に染み渡る。

 焦がしバターの風味香るタルト生地に焦がし砂糖に包まれた焼きリンゴが敷き詰められて、その上に薄いタルト生地を被せてバターと砂糖を塗り込み、焼く。そんな料理風景がひとつひとつ、染み入るように蘇ってくる風味と言えばいいのだろうか。このように感じるのは我輩の体がクッキーであるからか。


「ドレーミアさんならコレ作れるんじゃないですか?」

「そうですわね……トランポリンのようなこの弾力をどうやって出しているのか、それはわかりませんけれど……これを抜きにすれば作れそうですわ」


 そう言いながらタルト・タタンポリンの表面をぽよぽよと叩くドレーミアに確かに、と頷いてしまう。要はアップルタルトなのであるからある程度の柔軟性は焼きリンゴにあるにしても、トランポリンほどの弾力は出ない。


「それはスイーツキングダムの特色だな。外の世界……んん~、多重世界系列世界第十五種 №312でいいか。そこには生命の樹って呼ばれる木が沢山あってな。その果実を使って〝世界の種(ワールドドーム)〟を作っているんだ」


 木の形をしたものを入れれば木に、家の形をしたものを入れれば家に、そうでなくとも入れれば何らかの個性を帯びて固定される。巨大なホットケーキは城になって、ある程度の硬度と柔軟性を持つアップルタルトはトランポリンになり、まんじゅうは羊となってお菓子たちの乗り物代わりになる。

 改めて、不思議な世界であるなあ。いずれ外の世界もじっくり観察してみたいものだ。





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