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自分図書館  作者: 椿 冬華
第三幕 「我輩」の章
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第四自我 【甘い自我の人生も甘いとは限らない】




第四自我 【甘い自我の人生も甘いとは限らない】




「ほいほいほいっぷ♪ ほいほいほいっぷ♪」


 館長が謎の唄とともに巨大ないちごを召喚し、これまた巨大な包丁を取り出して真っ二つに切り分け、いちごを開いた。その中に見えたのは──甘い甘い、甘味だらけの世界。


「きゃあ! ふわふわのスポンジ地面にクッキーの石畳ですわ!」

「この木、ブッシュ・ド・ノエルだ。葉っぱは飴細工になっている」


 可食物質系列世界第四種 №52──お菓子の世界。

 読んで字の如く、お菓子で出来ている世界であった。流れる川はチョコレートであるし、空を羽ばたく小鳥は砂糖菓子のように見える。雲もおそらくわたあめであろうし、丘の向こうにはホットケーキの城が見える。


「──で、僕らはクッキー人間か?」

「ジンジャーマンだ」


 人型の型でくり抜かれ、焼かれたクッキーにキャンディもしくはアイシング、チョコレートなどで模様付けがされている。当然クッキーであるからして、体は平べったい。奇妙な感覚だ。


「ここは〝スイーツキングダム〟と言ってな。生物は大別してジンジャーマンとメレンゲドールから成っていて、派生してチョコドール、ショコラマン、キャンディドールと色々いる」


 アイシングクリームで作られた髪を揺らしながら館長がぽてぽてとクッキーの石畳を進んでいく。感触も香りも確かにクッキーであるのだが、普通に動ける。奇妙だ。


「ホットケーキタウン、ショートケーキシティ、ガトーショコラドームと街もたくさんあるんだが、今回は〝ワタシ〟がいるホットケーキタウンに向かうとしよう」

「ところでこの姿でどうやってドレーミアを愛でればいいのだ」

「てめえの頭にゃそれしかねえのか色ボケ野郎」


 何を言うか。重要なことであろうに。


「……最早、わたくしの心配よりも我欲を満たすことを優先しておられるように、最近は思いますけれど?」

「〝我輩〟を愛でる、故に我輩在り」

「開き直んな」「言い切らないでくださいませ」


 どれいとドレーミアの両方に小突かれた。そしたら仲間外れにされていると思ったのか、館長も小突いてきた。ふむ、悪くない。


「マゾに目覚めたか」

「貴様に(ねぶ)られるように虐められるのも悪くないかもしれんなあ」

「冗談でもやめろおぞましい!!」


 本気なのだが。


「なおタチ悪い」


 つれないやつめ。


「ところで僕らクッキーだけど生態どうなってんだ? この花とか食べられるのか? あっ食べられる……ってか吸収できるってか……」


 どれいがキャンディの花を割って、チョコクリームで再現されている口元に運ぶと、融けるようにキャンディが吸収されていった。倣って、我輩も木から伸びているチョコレートの枝を折って口元に押し付けてみる。

 とろりと全身にチョコの風味が広がっていくとともに、心なしかクッキー生地が濃くなった気がする。


「お菓子だからな。甘いものを吸収すればするほど甘く、風味も変わっていく。経年とともに風味は落ちていくし、賞味期限を過ぎれば腐っていく。その前に吸収して補うのがここスイーツキングダムの基本生態だな」


 賞味期限もあるのか。

 動くこと自体不思議だというのに、そこは妙に現実的であるなあ。この草木にも賞味期限があるのか?


「あるある。切れる前にお菓子たちで食べてしまうか、()()が食べてしまうかだ」

「魔女?」

「ワタシじゃないし〝ワタシ〟でもないぞ★」

「かわいくねえウインクだなあ」


 館長のサマーソルトキックが炸裂して、どれいの目が吹っ飛んだ。ころころと転がるゼリーの目をドレーミアが慌てて拾ってくっつけに行く。


「──ほれ、あそこがホットケーキタウンだ」

「うっわ、ふわっふわのホットケーキがたっぷり重なって城になってる……」


 読んで字の如く、巨大なホットケーキが地盤となっている可愛らしい街だった。とろとろのバターが中央広場にあり、そこから溝に沿って波紋状にバターの水路が広がっている。家は主にビスケット生地で作られているようで、飾り付けに色とりどりのフルーツやゼリー、チョコレート、クリームが使われている。

 奥には分厚く巨大なホットケーキを十枚重ねた城があって、てっぺんからとろとろの蜂蜜が流れ落ちて回りに蜂蜜の堀を形成している。


「こんな世界、漫画で見たことあるぞ……」

「わたくし、絵本で拝見したことがございます! あれはお菓子のおうちだけでしたけれど、現実に目の前にしてみると……なんとも、感無量ですわね」


 うっとりとお菓子の国に見惚れているドレーミアと、一心不乱にビスケットのカメラを構えて撮りまくっているどれいを横目に、館長の隣に立つ。


「──ここは()()()()世界なのだ?」

「……ほう? もう気付くか」

「〝お菓子〟とは()()()()()()()だ。自然に生まれてくるものでもあるまい──ならば何か裏があると考えるのが当然」

「柊どれいとドレーミアはそうでもないけどなあ。お前は理屈っぽく物事考えるからな~」


 貴様は理屈さえ蹂躙するねじ曲がった性根であるがな、とひそやかに思考するが当然、見抜かれていたようで館長が我輩を見上げて嗤う。


「執事さま! 早く参りましょう! わたくし、色々見てみたいですわ!」

「おい引っ張るな、腕がもげる」


 あっ、ボタン代わりのキャンディーが吹っ飛んだ。

 ずるずるとドレーミアに引き摺られて入ったホットケーキタウンはとろとろの蜂蜜の香りで充満していて、しかし我輩自身お菓子だからか強い香りへの不快感は一切ない。


「わあ、見てください。さくらんぼの街灯ですわ」

「飲食店はないようだが、服飾店が目立つな……キャンディーやチョコレートを服に加工して身に纏っておるようだ」


 服の着方は様々で、普通の人間のように羽織るタイプのもあれば、ボディーに直接ペイントするタイプのもある。我輩とどれいはペイント型であるが、ドレーミアと館長はすっぽり被るタイプの服であるな。


「あら……見てくださいませ。おうちの前に〝賞味期限間近〟の看板が……」


 広間へ通じる通りの一角にチョコビスケットで建てたのであろう家があり、人だかりができていた。館長がひゃっほうと喜びながら柱に飛び付いていく。よく見れば、他のお菓子たちも家のパーツを食べているようであった。


「成程。賞味期限切れが近くなればこうやって住民で食べるというわけか」

「新しいおうちはどうやって作るのでしょう?」

「さあな……ほれ、タイル床のクッキーだ。ナッツ味で美味いな」

「まあ、本当に。ここのお菓子はどれも質が高くて美味しゅうございますね。わたくしたち自身がお菓子だからか胸焼けも起こしませんし……夢のようですわ」


 そう言ってにこにこと笑うドレーミアクッキーは実に愛らしく、思わず撫でてしまった。ふむ、いやしかしクッキーでどうやって致せばいいのだ。交尾できるようにはなっておらんようだし……。


(よこしま)なこと考えながら食べるんじゃねえ!!」


 どれいにシバかれた。生意気な。


「ところで館長さま、〝わたくし〟はどちらにいらっしゃるのですか?」

「ん~、そうだなあ……そのうち出てくるとは思うが……」


 そう言いながら館長が大口開けて煙突にかぶりついた時だった。


「〝魔女〟だ!! 〝魔女〟の食事タイムだーっ!!」


 カンカンカンカン、というけたたましい警鐘とともにひとりのジンジャーマンが大声を張り上げた──〝我輩〟だ。


「標的はホットケーキ城!! 全員速やかに避難しろーっ!!」


 ホットケーキ城へ向かう大参道の入口がある大広間に騎士の鎧のようなキャンディーを身に纏っている勇敢そうなジンジャーマンがいる。そのジンジャーマンの指示に従って多くのお菓子たちが忙しなくも慣れた足取りで避難していた。

 ホットケーキ城から離れるように避難していく人々を見て、気付く。──子どもがいない。やはりこの世界は──……


「ホットケーキ城の中に人は!?」

「王侯らは避難しました!! まだ従業員が数十名……!!」

「窓の下にタルト・タタンポリン設置しろ!! 飛び降りさせるんだ!!」


 〝我輩〟の指示で部下らしき騎士たちがアップルタルトのような、先ほどの物言いからしてトランポリンと思しきそれを運んでホットケーキ城の周りに設置する。


「飛び降りろ!! 時間がない!!」


 〝我輩〟の張り詰めた絶叫に、しかしホットケーキ城の中にいるお菓子たちは怯えたように窓の外を見下ろすばかりで飛び降りようとしない。

 そうこうしているうちに、ふいに空が暗くなった。


「え!?」

「あれは──手!?」


 どれいとドレーミアが驚き戸惑う中、館長は嗤う。嗤う。ただ、嗤う。


「飛び降りろぉおぉおおおぉぉ!!」


 喉が張り裂けるのではないかと思うほどの声量で〝我輩〟が叫んだと同時に、ぱらぱらと零れ落ちるようにお菓子たちがホットケーキ城から飛び降り──


 空から現れた巨大な()が、ホットケーキ城を丸ごと持っていってしまった。


「飛び降りろ!! まだ間に合う!! 飛び降りろぉおおぉぉ!! 〝魔女〟に喰われるぞ!!」


 ぱらぱらお菓子が零れ落ちる中、それでも怯えに打ち勝てず中に残ったままのお菓子たちに向けて〝我輩〟がなおも、叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。

 館長が、唄う。




 ()の人は(あらが)う。

 ここは魔女のためのスイーツキングダム♪

 大地も天空も草木も家も城も人間も♪

 すべてすべてすべて、魔女のもの♪

 何故ならばすべて♪ 魔女が作ったお菓子だから♪

 ああ、不条理に立ち向かわんとすお菓子たちの哀れさよ♪




 つまり、この世界は〝魔女〟が()()()()()()()()()()()()お菓子の世界ということなのであろう。

 青々とした空の彼方に遠ざかってゆき、次第に色が薄れていくホットケーキ城と巨大な手を見上げながら囁けば、館長が首肯して嗤う。


「正確には〝多重世界系列世界〟といったところか。外では元のワタシたちのような人間たちが暮らしていて、料理の保存として冷蔵ではなく〝世界の種(ワールドドーム)〟という技術を使っている」


 相応の技量を持って世界を形成し、そのドームの中に保存すれば〝世界〟が構築され生きるようになる、というものであるらしい。つまりこのスイーツキングダムにあるありとあらゆるものは我々が〝魔女〟と呼ぶ外の人間が魂を込めて丁寧に作り上げたもので、だからこそすぐ腐らず長く生きるのだという。


「他にも〝ライスキングダム〟〝パンキングダム〟〝グルメキングダム〟と色々ある。自然発生した世界の中に人工的に作られた世界がある混合世界だな」


 この世界自体は〝可食物質系列世界〟だが、大枠で見れば〝多重世界系列世界〟に当てはまるし、この世界をただの人工物として切り離すならば物質に生命を宿しながら暮らす〝特殊概念系列世界〟にもなると館長は語る。


「まー、名付けなんざ適当だからな」

「それよりも彼らの手当てをお手伝いいたしましょう。割れている方も多いようですわ」

「おうそうか、じゃあワタシはさっきの家に戻って食事をぉおおぉぉぉおおぉおおぉぉぉ」


 ずるずるとドレーミアに引き摺られていく館長を追って、我輩たちも手伝いに行くとする。

 この世界における〝我輩〟は騎士アーモンドジンジャーマン。名はなく、周りからは騎士アーモンドと呼ばれているらしい。スイーツキングダムには〝魔女〟の襲撃に対応する騎士団がいくつかあり、〝我輩〟はホットケーキ騎士団の第一隊副隊長を務めているそうだ。

 多少融通が利かないところはあるものの誠実で思いやりがあり、市民からの人望は厚いようだ。


「割れてしまった部分は溶かしチョコやキャンディで繋ぎ合わせて保定するのですね」

「うむ」

「食べてしまった場合、どうなるのでしょう?」

「一応、共食いはスイーツキングダムの法律で禁じられてる」


 で、あろうな。ドレーミアの問いかけに治療を受けておったメレンゲドールが硬直しておる。


「被害者は?」

「破損は百人ほどです。連れ去られたのはおそらく二十人ほどかと……」

「近いうちに新たなホットケーキ城を〝魔女〟が降らすはずだ。ここ一帯を封鎖する」

「畏まりました!」


 〝我輩〟の指示を聞くに、どうやら〝魔女〟のおやつになったものは後日、新たに作られて補充されるらしい。ふむ、この大地とかも根こそぎ持っていかれることがあるのか?


「あるある。それもう大災害だろうなあ」


 大災害。──そんなものではないだろう。住んでいる土地が丸ごと消失するのだ。下手すれば一緒に喰われてしまうし、たとえ生き残ったとしても後日新たに与えられる大地を前に、虚しくなるばかりであろう。


「〝魔女〟だ!!」


 仰向けになっていた破損ジンジャーマンのひとりが、恐怖に引き攣れた顔で金切声を上げた。咄嗟に天を仰げば──巨大な、指先で綺麗に切り揃えられた爪が実に健康的な、とてもとても魔女たる館長と同じとは思えない標準的な、けれど巨大な手が再び降ってくるのが見えた。


「ワタシのカワイイ手を貶さなかったか今」


 骨が何か言っておる。

 〝魔女〟の手はホットケーキ城跡地で茫然としている破損したお菓子たち目掛けてまっすぐ伸びていて、それに気付いた〝我輩〟が逃げろと叫ぶ。


「どれいさま! 執事さま! 身動き取れない方を早く!!」


 愉しげに〝魔女〟の手を見上げている館長は無視して、ドレーミアが我輩たちに声を上げた。特に助ける義理もないのだが、まあ乗りかかった船ということで数枚のジンジャーマンを小脇に抱えて駆ける。


「ダメだ間に合わない!! おいやめろ騎士アーモンド! 間に合わない!!」


 必死の避難も虚しく、十数人のお菓子が取り残された跡地に影が差す。それにも関わらず〝我輩〟は抱えていたお菓子たちを下ろして再び駆け出した。間に合わない。


「騎士アーモンド!!」


 〝我輩〟ごと、お菓子たちが〝魔女〟の手の中に呑み込まれた。いや──指の間から〝我輩〟が三人ほど、お菓子をこちらに投げ捨ててきた。当の本人はというと指に挟まれて身動き取れないのか、脱出する気配がない。

 そのまま、天に昇っていく。


「騎士さま!!」「アーモンド!!」「騎士アーモンドーっ!!」


 市民や騎士たちの悲痛な絶叫が木霊するが、もう助ける術はない。

 いや。

 いるとすれば、ここにただひとり。


「──見に行くか? 〝外の世界〟」


 サクサククッキー生地にペイントされただけの単調な顔だと言うのに、館長が嗤うとそれだけでとてもとても、とても邪悪に見える。


「じゃあ見学ターイム!!」


 唐突に現れた生クリームがとぽんっと我輩たちを呑み込むのを呼び水に、ふわふわクリーム色の魔法陣が展開される。どれい曰く過剰演出の余計なエフェクトである魔法陣に包まれて──我輩たちの体が、浮かび上がった。


「生クリームの雲でひとっとび♪」

「さっさとなさいこの下郎ッ!!」

「ぇあ、はい」


 ドレーミアの剣幕に圧されていつもの享楽主義者ぶりが(しぼ)んでしまった館長の操る生クリームの雲に乗って青空をひたすら昇り続け、わたあめの雲に引っ掛かってべたべたになりながらもひたすら昇り続け──やがて、空の終わりが見える。

 青空の果てにあるは、宇宙では勿論ない。

 〝魔女〟の住まう世界──何処かのキッチン、それがそこに広がっていた。


「割れているクッキーばかりだけど、まあ美味しいしいっかぁ」

「新しいクッキーとホットケーキ焼かなくちゃね」


 女がふたり。見た目には、元の我輩たちと何ら変わらぬ普通の人間だ。ジンジャーマンである我輩たちからすれば巨人に見えるが、おそらく我輩たちが人に戻ればそう変わらないサイズであろう。……それにしても、少々暑いな?

 ともあれ。あの女性たちは到底〝魔女〟とは思えない。本当に普通の、おそらく姉妹ではないかと思われる平凡な女たちだ。皿にホットケーキやクッキーを並べて今からティータイムといった具合のようだ。


「ああっ……〝わたくし〟が!」

「食われたら死ぬよな? さすがに」

「死ぬも何も……お菓子は食べるためにあるもんだぞ」


 むしろ食べられたくないと抗う方がおかしいんじゃあないか、と問いを投げかけて館長は嗤う。食べるために作られた存在が、食べられることを拒絶するのは存在価値の否定ではないかと嗤う。お菓子という生物としての本質を全うすべきではないのかと、嗤う。ただ、嗤う。

 生物としての、本質。


「……それを言い出してしまえば、館長。死んでなお生きているどれいとドレーミアはどうなるというのだ」


 ため息を吐いてから、館長の頭を小突く。アイシングクリームが手についてしまった。


「生物である以上確かに本質も本髄も本懐もあるだろうが、それに従うかどうか選択する自由は(すべから)く与えられておるはずだ」


 食用として品種改良された家畜が脱走し、野生に生きる道を選んだとしても別段おかしなことではない。生命を宿し、意志を持った以上どう転ぶかわからないのが生物だ。


「ほう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 永遠の半身(ロ・エトパトス)

 欠け者(ベントロキュズム)

 自分の言葉が、自分に突き刺さる。

 レン。

 レン。我輩の、最愛の妻。


「っ……この、ドレーミアに殴られてしまえ!!」


 殴られていた。いい気味である、と毒づきながらシンク台に降り立って駆ける。クッキーの足だと滑って敵わん!


「どれい、この鍋を崩すぞ」

「へいよ」


 乱雑に重ねられていた鍋を押そうとして、この体だと無理があることに気付いてすぐ鍋に重ねられているフライパンの持ち手に飛び乗った。その衝撃でフライパンがくるくると回転し、鍋タワーの重心がズレる。

 ズレた重心そのままに盛大な音を立てて崩れ落ちた鍋タワーからどうにか逃げ出して、〝魔女〟たちの視線がシンク台に移ったのを確認する。


「館長さま? わかっておりますわね?」

「ハイッ! ゴメンナサイッ!」


 調味料入れの影で説教を受けていた館長が飴玉の涙を零しながらキンキンッと小さく地面を足で打った。ふっと空間が融ける、かと思えば次の瞬間には〝我輩〟ごと、攫われたお菓子たちの山がそこにあった。

 状況を把握できていないのか、目を白黒とさせて言葉もない様子だ。ちょうどいい、色々聞かれても面倒だ。このままスイーツキングダムに落としてしまえ。


「乱暴ですわよ!」

「割れても死なんし、トランポリンだってあったろう。後は連中次第だ」


 我輩たちが全部してやる必要はない──そうドレーミアを(たしな)めて、お菓子たちをスイーツキングダムに放り投げる。キッチンの一角にスノードームのような硝子のドームがいくつも置かれていて、硝子越しにミニチュアの王国が見える。その中のひとつ、スイーツキングダムのドームに吸い込まれるようにして消えていったお菓子たちを見送って、ドレーミアに振り向いた。


「これでいいか?」

「ええ。さすが執事さま、わたくしのしたいことをよく理解しておいでですわね」


 にこにこと上機嫌のドレーミアのそばで館長がむくれていて、それをどれいがどうにかいなそうと試みている。

 お菓子である以上、今助かったからといってこれから先も食べられないとは限らない。所詮一時しのぎの、その場限りの自己満足な偽善だ。だがそれでも──それでも見捨てなくていいうちは、見捨てない。それがドレーミアだ。

 我輩やどれいはどちらかといえばドライな方だが、ドレーミアのやることを無駄だと嫌悪するほどでもない。助けられるならば助けたい気持ちは少なからずあるし、な。

 それを考えて……つくづく、我輩たちは確かに〝我輩〟なのだなと思う。性格に違いはあれど根底は同じ。

 ……館長とも根底は同じかと言われると全力で否定したくなるが、残念なことに同じだ。




 人間の根底は変わらない。




「〝魔女〟に気付かれる前にワタシたちも戻るぞ~」

「ねえ見てください、あれ……パンキングダムだと思うのですが、住人が……」

「全裸の……焦げ茶色のマッチョ……?」

「不気味なことこの上ないであるな」

「ああ、ありゃあんパン人間だな」


 スイーツキングダムへ戻りがてら視界に入れた他のキングダムは──実に理解しがたい様相であった。

 パンキングダムとやらは街並み自体は焦げ茶色を基調にした落ち着いた造りで実に好ましいのだが、住人が悉く全裸で、マッチョだった。グルメキングダムは料理という料理に自我があるようで、エビピラフがバラバラになる自分の体集めていたりサラダの具材たちが誰と付き合うかで揉めていたりと混乱している。

 ──だがどのキングダムにも(すべから)く、共通点がある。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()


 食べ物に意志が宿り、生活する世界。食べられることを自覚せず〝魔女〟の襲撃に怯えながら気ままに暮らす食べ物たち。

 自由気ままに生きているように見えて、その実〝食べ物〟という宿命から逃げられない暮らしをしている。たとえこのドームから逃げられたとしても、ドームの外にはカビや埃という敵がある。次第に腐って死にゆくのがオチであろう。

 彼らが生き残るにはどうすべきか?

 己が宿命に気付き、理解した上で思考する必要がある。食べ物であることを自覚し、その上でどうすれば生き残れるか思考しなければならない。そう、生物が本質から逃れ真に自由になるにはまず、己が本質を理解しなければならない。

 本質を否定するにはまず本質を理解せよ。


 ──……ならば。


 本質のまま生きたいと望んでおるのに、本質から外れてしまった我輩たちは一体何なのだろうか。




 【逆理】




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