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自分図書館  作者: 椿 冬華
第三幕 「我輩」の章
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【シャーモン漬け丼】


「ごはんの匂いだ!!」

「白米もうないんじゃなかったんですか?」


 炊飯器から香る白ごはんの香りに誘われて、米を主食とするどれいと館長が釣れた。どれいなぞ泣いておる。ずっとろくな食事は出なかった上に海底の世界では当然の如く白米なぞ出んかったからな……。


「ドレーミアが隠しておったのだ」

「ご~は~ん~!」「ご~は~ん~!」


 館長とどれいが肩を組んで喜びのダンスを踊る。そんなに嬉しいか。


「白米は日本人にとって〝心〟だ!」

「ああ。白米なくして日本人は生きられん!」

「うまさは我輩にもわかるが……そんな中毒効果でもあったか?」


 主食といえば我輩の世界ではパンの国もあれば芋の国もあった。米が主食の国もあったが、白米より黄色っぽくてねばついていて、だから焼き飯にすることが多い。

 だがどれも、館長やどれいのように中毒症状が出るほどの恋しさは持たなかったであるなあ。


「今日のメシは何だ?」

「シャーモン漬け丼ですわ。今朝、シャーモンをブルーアップルと漬け込んでおきましたから、ごはんが炊けましたらすぐ食事にできますわよ」


 海底の世界には丸一週間滞在した。レイシェルド王国各地の市場を回りながら食材を買い込んで、ついでに観光も楽しんでつい昨日図書館に帰ってきたところである。我輩にとっての〝はじめて〟の渡界──思ったよりも焦燥感に苛まれなかったのは、〝我輩〟たるレミリナ姫との接触がほとんどなかったからか。

 レミリナ姫は海の〝果て〟を夢見て幼いころより何十回も何百回も天を目指して昇り続け、つい数年前挫折した。ドレーミアが館長に乞うて介入した世界線で、レミリナ姫は挫折から立ち直り技術大国へ留学することで再び〝果て〟を目指そうと夢見た。

 その末に現在の夫となる王子殿下と出会い、恋し、契った。国民たちの噂話によればレミリナ姫は昇水艇(しょうすいてい)と呼ばれる、中凍層よりもさらに上層の極寒の海へ昇れる乗り物に興味を示しているらしく、王子との婚姻後もそれに携わる職に就くのではないかと言われているようであった。それから判断するに、おそらく夢は諦めていないだろうが。


「ま~、夢よりも恋に走った世界線もあれば夢を諦めていない世界線も当然あるし、妊娠出産を機に夢を完全に捨てる世界線だってある」


 どれがお前にとって()()()()()

 ──そう言ってにやにやと薄い笑みを浮かべながら我輩を見上げて来た館長を見下ろして、我輩は鼻を鳴らす。


「炊けましたわ。どれいさま、よそってくださいませ。わたくしはお味噌汁を用意しますわ」

「はいよー」

「執事さまはお茶とお箸をお出しになってくださいませ。館長さまは邪魔なので天井に張り付いててくださいな」


 館長が心なしか哀愁を漂わせながら天井に張り付くのを見やりつつ、食器棚から人数分のコップと箸を出す。


「ブルーアップルってかアボカドですねこれ……」

「まあ。つまみ食いははしたのうございますわよ」

「ん? おいドレーミア、麦茶がないぞ」

「そちらのやかんの中にありますわ。ついでにポットに移し替えてくださいませ」

「ル~ル~ルルル~ル~ル~」


 館長の哀しげなメロディをBGMに、夕食の用意を三人でこなしていく。こういう風に協力し合うのもどれいが来る前まではなかったことだ、とふと思い出してつい笑みが零れてしまう。


「……同じ〝我輩〟でありながら、以前は完全に別個として切り離しているふしがあったであるなあ」

「あん?」

「自分の仕事だけこなしていればいい──以前はそう割り切っておったからな」

「あ? そうなのか」

「そういえば、そうでしたわね。日々を無為に過ごしていた気がしますわ」

「ル~ル~ルルル~ル~ル~」


 心なしかメロディの音量が大きくなった。あまり放置しておると癇癪を起こすであろうな、急ぐとしよう。


「ご用意できましたわ。館長さま、降りてらっしゃいな」

「わーい!」

「ごはっ!!」


 館長がくるくるとどれいの膝に、もはやタックルと変わらぬ勢いで着地したのを横目にダイニングテーブルに着く。


「いっただきまシャーモン♪」


 館長の楽しげなひと声を合図に、我輩たちも食前の挨拶を済ませて──そういえばドレーミアの食前の祈りがいつの間にか館長やどれいと同じになっておるなあ。

 〝いただきます〟か。

 食前の祈りに(こだわ)りはない。手のひらを胸に当てて食材を司る双神に感謝し、頭を下げる仕草が一番短く楽であったからそれをこなしてきたが──……ふむ。


「──いただきます」


 どれ。ひとつ、両手を合わせて実りに、自然に、食材に、そして料理してくれたドレーミアに。ついでにこの平穏な場所を提供してくれている館長と、調和をもたらしてくれているどれいに。

 ──ふむ、悪くない。


「シャーモンってサーモンか。うめー」

「おかわりもございますわよ。いっぱい漬け込んでおきましたの」

「おかわり!」

「はええよ! 僕まだひと口しか食べてねえぞ!」

「まあ、館長さまったら。何故わたくしが行かなくてはなりませんの? ご自分でよそいに行きなさいな」

「あっはい……」

「弱っ」

「館長、ついでにスプーンも持ってきてくれ。スプーン使いたいのでな」

「主人を小間使いする従者とか聞いたことねえよ。あっ館長、七味唐辛子持ってきてくれ」

「よーしお前らまとめて後で呪ってやる」


 賑やかで愉快な食卓。

 全員〝我輩〟であるがゆえに、家族団欒と呼ぶには一抹の寂寞が残る。が、家族団欒以上に心を許し安らぐことができる場であるとも言える、奇妙な空間。

 悪くはない。

 悪くは、ないが。




 ──ドレイク。




 ……それでも我輩は。




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