【配給弁当】
「味がない」
「ございませんわね」
「無能め」
「僕のせいじゃねぇ」
地球類似系列世界第五種 №1111から図書館に帰ってきた僕らからのお土産……と、いうか余ってたのを貰ってきただけのヤツに執事さんが罵倒の声を浴びせかけてくる。メイドさんもお口に合わなかったようで、すぐ箸を置いてしまった。
あの世界で〝僕〟含む市民たちに配られる平等な食糧。興味があると言って館長が人数分かっぱら──いただいてきたのだが。
執事さんとメイドさんが酷評した通り、味がなかった。無味とまではいかないが、とても薄いのだ。素材の味を活かしている、とポジティブに言えたらいいのだが……素材の味しかしないとしか言えない。
「〝おいしい〟を知ってしまえばさらなる〝おいしい〟を求めるだろうからな。なるほど、幼少時から食とはこういうものであると仕込んでおけば──欲求は抑えられる。空腹さえ満たしておけば、暴走の恐れがない」
「最低の極みであるな」
執事さんがぐいっと配給弁当を押しやって、メイドさんに味付けし直せと命じた。
「まあ。このわたくしに命令なさるおつもり? いつから執事さまはわたくしより偉くなったのでございましょう? 存じ上げませんでしたわ」
「恨むならば我輩ではなくそこの無能を恨むがよい。このような不味い食糧を不躾に提供しおったそこの無能をな」
「僕のせいじゃねぇよだから」
「では雑用さま、まさかわたくしひとりに後処理させようなどとは考えておられませんわよね? とっとと来やがれです」
「僕のせいじゃないですってば!! ……お手伝いしますが」
配給弁当をいったん引き取って立ち上がる。ダイニングテーブルでふんぞり返っている執事さんと、異世界の記録でもしているのか紙と万年筆を大量に遊ばせている館長を尻目に、メイドさんと並んでキッチンに立った。
「お料理は当然、嗜んでおられて?」
「え? えっと……野菜炒めくらいは」
「まあ。役立たずでございますこと」
「満面の笑顔で言わんといてください」
執事さんといいメイドさんといい、少々Sっ気が過ぎるんじゃなかろうか。
メイドさんの微笑みを携えた罵倒──という名の指示を受けながら、配給弁当の食材を味付けし直していく。
配給弁当は栄養第一に考えて作られた弁当──と、いうよりは栄養しか考えていない弁当だ。食べ合わせも主菜副菜も彩りも一切考慮されていない。一食に必要な栄養素を忠実に再現した、それだけの弁当だ。
野菜は素材そのものだし、肉もぼそぼそぱさぱさとした乾いた肉に塩味がついているだけのもので、正直布を食べている感じがする。炒り豆はまあまあだけれど量がおかしい。栄養分の豆をどっさり、って感じだ。フルーツに干しぶどうもあるんだけど、ちっとも甘くない。しょっぱい。
こんな弁当を生まれた時から毎日、毎日食べているんじゃあ──〝食〟に対する執心は生まれないだろう。ここ、自分図書館の住人はみながみな、〝食〟に深いこだわりと興味を持っているというのに。
……いや、僕もおいしいもの食べるのはすきだけれど。でも館長と執事さん、メイドさんの美食家っぷりは目を見張るものがある。三人とも意外と大食だしな……。
「干しぶどうはこのままですと使えませんわね……館長さま、魔法をお願いしてもよろしくて?」
「む? おお、いいぞ。何作るんだ?」
「甘く仕上げまして、蒸しパンにしようかと」
「おいしそう!」
口元からよだれ垂らしながらふよふよと館長がやってきて、館長も交えてのクッキングタイムとなった。
なんというか……なんというか。
魔法すげえ。
「……わざわざ物資を調達しなくても魔法で何でも出せるんじゃないか?」
「できなくはない。が、むちゃくちゃ疲れる。有から有に転じるのは簡単でも、無から有を生み出すのはむちゃくちゃ骨が折れるんだ」
「そんなものなのか」
端的に話すと、だ。
館長の魔法で味気ない配給弁当がフレンチのフルコースになった。
うん、意味わかんねえ。てかこれもはやアレンジではなく改造の域だよな。
「見事。さすがは館長であるな」
「久々のキャビアですわ。ああ、おなつかしい味」
執事さんもメイドさんも満足そうに舌鼓を打っている。フォークとナイフを使う手つきもとても優雅で、元々の生まれが高貴なものであると窺わせるものだった。まあそれは最初からわかってたけれど。
館長は頑張った、疲れた、食べさせろと駄々をこねて僕に食べさせてもらっている。お子様か。
「そういや館長の魔法って、いろいろできるみたいだけど……できないことはあるのか?」
「ある」
フォークに突き刺したサーモンとレタスのサラダにかぶりついて、館長が笑う。てかサーモン、配給弁当の中にはなかったよな? しかも生。新鮮ぴちぴち生サーモン。どっから出た。
「死んだものを蘇らせることだけはできない」
絶対に。
──そう言って館長は、また笑った。