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私の主

 物心ついたときにある最初の記憶は、私を覗き込むお父様の顔と、お父様が作り出した魔法による光でした。


 私に親はいませんでした。お父様が言うには私は山の中に無造作に置かれたかごの中に置き去りにされていたそうです。


 私が生まれたと思わしきところは非常に貧しい村であったらしく、とてもじゃないが養いきれないと思った父か、それとも母が、正直な話どちらでも構いませんが、ともかく申し訳程度に飾ったかごの中に私を入れ、山の中へ置き去りにされていたとお父様は言っていました。


 何故お父様が私を拾うことになったのか。その理由はたまたまその日、お父様は私が捨てられたへ足を運んでいました。その山に固有の薬草が生えているらしく、それを採集するためにやってきたのだといいます。


 草木をかき分けながら薬草を探していると、微かに赤ん坊の泣き声が届いたと言っていました。獣の鳴き声や葉の擦れる音で溢れた森の中で、不思議とその声はよく聞こえたとお父様は聞かせてくれました。


 後々に分かったことなのですが、それはたぶん、いえ、きっと私の職業のためだと考えています。ともかくその声を聞きつけたお父様は、文字通り草木を薙ぎ倒しながら進み、最短距離で私を見つけ出しました。


 お父様がそのとき何を思ったのかは残念ながらわかりませんが、お父様曰く、お前は死なせておくのは惜しいと思った、だそうです。理由はどうであれ、そういった経緯で私はお父様に拾ってもらうことになったのです。


 その時住んでいた拠点に私を連れて帰り、何とか手を尽くして私を助けてくださりましたが、その代償か回復魔法でもどうにもならないほど私は衰弱してしまいました。


 お父様はどうしようかと考えていると、頭の中にある考えが閃きました。私の衰弱が回復するまで封印することにしたのです。


 そして私は何十年もの間封印されていました。封印されているときの記憶は残念ながらありませんが、ただ、まるで母親の胎内にいるという以外に言いようが無い様な、そんな不思議と安心できるような空間だったということは覚えています。


 そして今から十六年前、衰弱も回復したと判断された私は、ついにこの世界に再び産み落とされました。そう産み落とされたのです。


 封印される前に本来なら私の人生は終わっているはずでした。ですがお父様の計らいにより私は母親の体内へと戻され、そして何十年もの歳月を経て私は産み直されたのです。


 私にとって言うなればこれは転生でした。お父様に拾われる前の私を捨て、お父様の子となるために私は生まれ変わったのです。


 それからの日々は私にとって吹き荒ぶ一陣の風のように過ぎ去っていきました。お父様に遊んでもらったこと。勉強の覚えが良い事を褒められたこと。初めて魔法を発動させたときのことなど昨日の事のように覚えています。


 私が発動させた光の初級魔法≪ライト≫。ただ周囲を照らし出すだけの魔法に、お父様はまるで大魔法を習得したかのように私の事をこれでもかと褒めて下さいました。あの時のお父様の優しい笑顔を、私は生涯忘れることが無いでしょう。


 ここでの暮らしに私は何一つ不満を持っていませんでした。ですが成長するにつれ、私の中に外の世界に対する興味が着々と湧いてきていました。


 書斎にある物語や自然に関する本を読むと、私の中の想像力が自然と私の中に見た事も無い森や川、そこに住まう生き物たちの姿を作り出すのです。


 いつだったか、辛抱堪らず思い切ってそのことを伝えると、お父様お前にはまだ早いと、外の世界はお前が思うような優しいだけの場所ではないと一蹴されてしまいました。


 それでも諦め切れなかった私は何度もお父様に訴えましたが、お父様も同じように何度も私の事を一蹴しました。


 ですが最近は考えが変わったのか、こう言う様になったのです。せめてお前と一緒にいてくれる者がいれば、お前を外に出してやらんこともないのだがな、と。


 そんなときでした。私が目黒為雄様と、ダメ夫様(マスター)と出会ったのは。


 その日の洞窟内はやけに騒々しい音に溢れていました。洞窟に住み着いている魔物たちが、まるで異物を感知した昆虫の集団の様にあちこちを蠢いていました。


 その原因を探るため、私とお父様は分かれて跳梁ひしめく洞窟内を調査していました。そして私は見つけました。悲鳴を上げて、追いかけてくるキラータウロスから死に物狂いで逃げ惑うマスターの姿を。


 その時の心象を私は、言葉にすることがついにできませんでした。ですがとてつもなく興奮していたことだけはわかりました。


 お父様以外の初めての他人。外への繋がりの架け橋。私はしばらく遠くから眺めていたい衝動にかられましたが、状況が状況だったので断念しました。私は逸る心を何とか落ち着かせながら、お父様に向けて≪念話≫を飛ばしました。


 洞窟中を騒がせている原因を見つけた事。そしてその原因が洞窟に住むいかなる魔獣よりも脆弱である事。そしてこのままでは死んでしまう事を早口で捲し立てました。


 私の様子から事態を把握したお父様は直ちにその人物を助け出すように指示をしました。ただその際にあくまで自力でたどり着けるように誘導すること、と私に念を押して言いました。


 お父様にとっても一緒に修行をする相手が見つかったので、みすみす殺すわけにいかなかったのでしょう。さらに軟弱者では困ると言った理由から直に案内をせずに、光る石を使った誘導という形でマスターを導くことにしました。


 石を置く際に、ほんの、ほんの一瞬だけ振り返ってマスターを見ました。マスターは何とかキラータウロスから身を隠すことに成功し、次の手を考えているように見えました。


 ですが後からマスターから聞いた話なのですが、この時のマスターは半ば諦めの境地にあったそうです。もしこの時私が振り返らなければ、マスターは私の置いた道しるべに気づくことなく死んでいたで事でしょう。


 一瞬だけ見えた私のおかげで石に気が付くことができたと、マスターは私に対し深々と頭を下げて感謝の旨を述べていました。


 それを見て、ああ間に合って本当に良かったという思いがじんっと胸に広がりました。


 マスターが家の前にやってきたとき、お父様は私にマスターを家へ招くように言われました。


 私は緊張と興奮でドキドキする胸を押さえながら彼に近づき、ですがやっぱり面と向かって話しかける勇気が無かった私は、マスターの背後へ回り込み、後ろから声をかけることにしました。


 思い切って声を掛けました。顔は赤くなっていないだろうか、きちんと話せているだろうかと、正直気が気ではありませんでした。


 ですが、マスターはそんな私に気さくに話しかけて下さいました。手を引く私に文句ひとつ言うことなく、それどころか私に話しかけて緊張をやわらげて下さいました。


(当然のことだが、これは彼女の回想である。過去の記憶というものは往々にして自分にとって都合の良い解釈をしがちだ。彼女もまた、自分にとって都合良く記憶を解釈しているが、それは果たして悪いことと言えるのだろうか?彼女は社会に触れたことが無く、それ故同年代に比べ精神的に幼い。だからこそ初めて触れた外の世界の存在に対し、無意識の内に依存してしまったのはある意味当然の帰結だったのかもしれない)


 そして家へマスターを案内し、ひと悶着合ったもののお互いに自己紹介することもできました。お父様からのお願いも快く承諾してくださったマスターは、こうして私たちと暮らすようになったのです。


 それから過ごした日々は私にとって人生で最高の時であったと断言できるほど幸せな時間でした。お父様がいて私がいて、そしてマスターがいる。三人だけの静かで、何者も介入してこない閉ざされた空間。後の事を思うと、本当にこの時の日々が本当に貴重であったと常々痛感します。


 私が今まで使っていた時間は、主にマスターのお世話に割り振られるようになりました。衣服の精製から始まり、訓練でできた怪我の治癒、食事の用意、などなど。


 お世話をしているとその人の事を身近に感じる分、わかってくることが多々あります。


 例えば、マスターは一人の訓練の際はそれほど用を足しに行きませんが、お父様との訓練のある日にはよく行くようになるとか、動物の肉よりも魚を好むこととか、寝相が悪く、時々掛け布団を蹴っ飛ばしてしまう事とか、その度にかけ直さなくてはなりませんが、全く苦になりませんでした。他には服を脱ぐ際にはまずシャツから脱ぐ事とか、お風呂で体を洗う際にまず腕から洗う事とか、時折私を見て股間を膨らませることがある事とか、その際に処理するなら手伝うということを伝えておりますが、普段あまり私の言うことに拒絶しないマスターがこの時だけは断固として拒否をしてくる事とか、その他いろいろと共同の生活をしていくとたくさんのことが分かってくるのです。


 とても充実した日々を過ごしているある日、私はいつものようにマスターの部屋を掃除し終え、次にリビングへ向かい、食事の用意をしているとお父様が入ってきました。


 私は食事の用意をしながらお父様の言葉に相槌を打っていると、お父様は私を見て、まるでダメ夫の付き人だなと言って笑いました。


 付き人、その言葉は不思議と私の胸へと突っかかりなく落ちて行きました。私は付き人。あの人の付き人。素晴らしいと思いました。


 私はそのことをお父様に伝えると、お父様はいささか面食らった様子でしたが、それでも次に瞬間には笑顔で私の事を肯定してくださいました。


 ですが付き人ならば、あだ名で主人を呼ぶのはおかしいことではないか?ですが他にどう呼べばいいのか分からず、私は藁にも縋る思いで書斎の本に望みを託しました。


 そして私は本の中から自分が呼ぶのに最もふさわしいと思う単語を引っ張り出してきたのです。


 後はそれらしい会話を引き出すだし、呼び名を変える口実を聞き出すだけ、と考えているとマスターから呼び名を変えて欲しいと私に提案してきました。きっと私の思いを汲み取ってくれたのでしょう。お優しい方です。


 ですのでそのお言葉に甘え、私はダメ夫様ではなくマスターとお呼びすることを伝えました。その際なぜか「処理」を提案した時と同じくらいの騒ぎ様でしたが、きっと照れ隠しか何かでしょう。可愛らしいお方です。


 こうして晴れて私はマスターの付き人になりました。私がマスターという単語を引用した本によると、付き人は絶対に主にそばを離れてはいけないと言います。


 もとより私にはそんなつもりはありませんでしたが、その本からまるで忘れるなと忠告をされているようでした。


 マスターは今日も自己の研鑽のために家を離れて行きました、私はマスターの一歩後ろから付き添って歩きます。その後ろ姿は初めて会った時よりもずっと逞しくなっていました。


 私はお父様に拾われて新たなる生を受けました。そしてマスターに出会って私は私の使命を自覚しました。


 為雄様(マスター)。私はマスターの集中を切らさないように、心の中で誓いを立てました。


 私は貴方へついて行きます。どこまでも。いつまでも。永遠に。私の両親の様に決して貴方を離したりなんてしません。


















 誰にも渡さない。







 私は心の中でそれを刻み付けるように、何度も何度も呟き続けました。





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