申し訳ないが、修行回はNG ver1.1 まほー編
日の光届かぬはるか地下にある薄暗い洞窟の中に、破砕音が響いた。
その音の方向へ目を向けてみると、二つの影がぶつかっては離れているのを繰り返していることが確認できることだろう。
一人は為雄、もう一人はグローバルである。
「わはははは!ぬえい!」
「どあーっ!?」
頭上からの降ってきた落下攻撃を転がるようによけ、間髪入れずに繰り出された回し蹴りをジャンプしてかわし、何とか体勢を立て直すと半ば自棄になりながら突っ込んでいく。
「そおれ!」
「だあああああああああ!」
為雄はグローバルの突きを身を捻ってよけるとともに蹴りを繰り出した。しかしあっさりと蹴りはかわされ、グローバルは蹴りの硬直を狙って見事な正拳突きを放った。
「ぬんっ!」
「ぐえー!」
よけそこなった為雄は正拳突きを腹に受け、まるで弾かれたピンポンボールの様に勢いよく吹っ飛び、洞窟の壁にたたきつけられた。たたきつけられた壁にクモの巣状の罅が入り、パラパラと破片が飛んだ。
「痛てーっ!」
背中をしたたかに打った為雄は血を吐きながら、殴られた腹と叩きつけられた背中を抑えてばたばたとその場にのたうち回った。
「ふ~む、随分と時間がかかったが、まあひとまず及第点と言っていいだろうな」
のたうち回る為雄を見下ろしながら、グローバルは淡々と告げた。だが為雄は痛みのためそんなことを聞いている暇は無く、ただ痛みから逃れるのに必死だった。
「うぎゃあああああ痛えええええええええ!!!」
「はぁー仕方のない奴じゃ、おいアンナ!」
「はいお父様、ヒール」
名を呼ばれたアンナは言われるまでもなく為雄に歩み寄り、彼に回復魔法をかけた。為雄の体を柔らかな光が包み込んだ。
回復魔法を使える系統の魔法は光魔法と水魔法の二系統である。
水魔法の回復魔法は自然回復を高める系統のもので、光魔法の回復魔法は超自然的な光で傷を癒すといった効果がある。彼女の回復魔法は後者の光魔法のものであり、光魔法の回復魔法は肉体の修復よりも痛みの緩和や精神の安定といったものが多く、逆に水魔法は肉体の修復や毒の治癒に優れているものが多い。
当然効果は本人の練度によって変わり、しっかり練度を積まなければかすり傷一つ直すことはできない。何より光魔法を使えるものは実はかなり稀であり、それ故もっぱら使われるのは水魔法の回復魔法であった。
為雄はアンナに助け起こされながら、先ほど殴られた腹を不思議そうに擦った。傷も痛みも綺麗さっぱり消え失せていた。回復魔法の習得は面倒くさく、さらに磨くとなればもっと面倒だと聞く。
先ほど彼女が使ったヒールは回復魔法の中で最も簡単に習得でき、同時に最も効果の少ない魔法だった。それなのにこれ程てきめんに効果があるのを見るに、彼女もまた相当な練度の魔法の使い手であることにもはや一考の余地は無かった。
(こいつもしかして…全然弱くない!?…そもそも聖騎士なんて職についてるやつが弱いわけなかったわ)
頭の中でぼんやりと考えながらアンナの顔をまじまじと見やる。いつ見ても綺麗な顔だよなぁと見つめているとアンナもこちらに目を向けてきた。銀の瞳と黒の瞳が一時交差した。
初めの方は彼女との意思疎通は困難を極めたが、今ではアイコンタクトだけでそれなりに通じるくらいには仲が深まっていたが、だからと言って完全に理解できるとは言い難く、今だって何を考えてるのかさっぱりわからなかった。
(それなりの付き合いにはなったと思うけど、果たしてこれから先分かるようになる日が来るのか?ていうかこいつの考えを十全に理解できる奴が果たして存在するのだろうか?)
そんなことを考えていると、横からグローバルが話しかけてきた。
「喜べダメ夫!今日で肉体面の修練は一応は終了だ」
グローバルは一応をやけに協調しながら、為雄に訓練の終了を告げた。
「あ~やっとかぁ、これでもう」
おさらばと言おうとしたが、その前にグローバルが被せてきた。
「そうだ、これでようやく魔法の修行の方に移れことができる、よかったな!」
「ああ!そうだった!」
グローバルの言葉に為雄はすっかり忘れてたとばかりに頭を抱えた。あまりにも長い間肉体鍛錬しかしてこなかったものだから、気分はすっかり格闘家になっていた。
「お前自分が一応は魔法使いだということを忘れてたな?」
グローバルはあきれたような顔で為雄のことを見たが、為雄はどうでもよさそうだった。
「今までのは言うならばオードブル!これからはメインの魔法の修行に入るぞ!手始めにわしのギガノボルケーノを何とか凌げるくらいにはなってもらうかのぉ」
「なんて物騒な名前でしょう、こんな汚いじじぃよりかわゆい女の子の方に回復魔法を教えてもらいたいんだなぁ」
そう言って為雄はアンナに歩み寄りその肩に手を置いた。
「私にですか?」
話を振られたアンナはいささか困惑気味に眉をピクリと動かした。まさか自分に何かを習いたいなんて言われるとは思ってもいなかったのだろう。感情の突起の少ない彼女の顔に、傍から見てもわかるほど困惑が広がっていた。
「だめかや?」
「いえ、ダメとかいやとかでなく、むしろ」
「わっはっは、確かにアンナは回復魔法だけで見ればわしより才能がある!何、心配することは無い、それもみっちり叩き込んでやるからな!覚悟しておくように」
アンナの言葉をグローバルの言葉が遮った。彼女は口を開いたままグローバルを見やったが、結局言葉の先を言うことなくその口を閉じた。
「えぇー…」
「怪我については心配しないでください、私が全て治しますから」
「そういうこと言ってるんじゃないんだなぁ、もうあんなつらいのは嫌なのよぉ~」
がっくりと肩を落とした為雄にアンナは精一杯の励ましの意味を込めてこう言った。
「ですので気にせずお父様に挑んでください「マスター」」
「…ソウデスネ」
為雄はマスターという単語に反応しないよう細心の注意を払いながらアンナに背を向け、彼女に気づかれないように顔を顰め、うんざりと頭を振った。
何でこうなった!?畜生!やっぱりこいつの考えてることはよくわからん!と心の中で毒づきながら、マスターと呼ばれるようになった経緯を思い出していた。
それはグローバルが食料を調達してくるとどこかへ行ってしまい、課せられた修行のノルマを一人こなしているときの事だった。
グローバルは度々そのようにして姿を消すことがあり、その時はこうして一人で黙々と修行に励んでいた。トレーニングメニューはもとより一人でできる事ばかりだったので、いなくなった所で特に困ることは無かった。
一通りノルマをこなして休憩のために腰を下ろし、外はどうなっているのだろうかと考えていると、ふと後ろからアンナに話しかけられた。
こいついっつも背後から話しかけてくるなと思いながら、アンナへと振り向く。相も変わらず何を考えてるかわからない無表情で、隣に座ってもいいでしょうかと、聞いてきた。
為雄は構わないと手ぶりで示し、アンナはおずおずといった感じで彼の横に腰を下ろした。二人はしばらく無言でお互いの息遣いに耳を澄ませていた。
「私は」
とアンナはおもむろに口を開いた。
「私は、体が弱かった私は何十年かお父様に封印されていました」
「知ってる、センセイが言ってた」
為雄はさして興味もなさそうに言った。
「封印が説かれて十六年が経ちましたが、その間でお父様以外の人と話す機会が一度としてありませんでした」
「それも知ってる」
時折生じる風が彼らを撫でた。風はアンナの銀髪を柔らかく揺らし、その際顔にかかった髪をかき上げる動作がえらく様になっていて、為雄は改めて顔面の格差とはかくも残酷なのだなぁとしみじみ思った。
それからアンナは自身の身の上話をぽつりぽつりと語り始めた。魔法を教えられ、それを初めて撃てた事。今までの人生で感じたこと。そして何より外の世界へ憧れていることなどなど。
為雄はその間時折頷いたり相槌を打つ程度で、口をはさむことはせずただ黙って彼女の話を聞いていた。
「ずっとお父様と二人だけで生きてきました、話し相手もお父様だけでした、ですのでダメ夫さんを見つけた時、私は凄く嬉しかったんです、ようやく外の人と話すことができると、そう思いました」
「…」
「私にとって、ダメ夫さんはとても」
「あーちょっと待ってくれ」
「はい?」
話を遮られやや不服そうであったものの、それでもアンナは為雄のために口を閉じて待った。
「そのダメ夫ってのをやめてくれないか?いい加減うんざりしてるんだ」
「なぜです?あだ名で呼ばれることは友好的な関係を維持するうえで重要なことであると本に書いてありましたよ?」
「ええいくそたれ!そんな糞本の言うことなんてどうだっていい!重要なのは呼ばれる本人がそれに納得するかどうかだ」
「納得するかどうか、ですか?」
「そうだ!」
為雄は鼻息荒くアンナへと講釈を垂れる。
「どこへ行ってもダメ夫ダメ夫と!いい加減うんざり何だよ!たまには普通に名前を呼んでくれてもいいじゃないのよ~!何だよ~!あんまいじめんなよ~!」
「ダメ夫さんはダメ夫さんというあだ名が気に入らない、と」
「イエス!」
為雄は両手で指さしながら、アンナに肯定を示した。
彼女は形の整った顎に手を当ててしばらく考え込み、何やら納得したように頷いた。
「わかりました「マスター」、これから改めてお願いしますね」
そう言ってアンナは無表情だった顔に誰もが見惚れるほどの笑みを浮かべて為雄を見た。
おそらく普段の為雄なら思わず見惚れていただろうが、しかし今は直前の単語が頭の中でぐるぐるしており、そんなものに構っている余裕などなかった。
「おおいちょっと待て!?何だ!何をどう考えたらあだ名でそんな単語が出てくる!?や、やめろー!考え直せ!今なら間に合う!」
彼の訴えを、しかしアンナはもはや話すことをすべて話したというようにすくっと立ち上がり、そのままどこかへと歩き去っていった。
彼女が何を思って「マスター」何て呼ぼうとしたのかは結局理解できなかった。何度も訂正しようと彼女に詰め寄ったものの、もう変える気がもうないらしく、何を言ってもその要求は聞き入れてはくれなかった。
(やばい、何だかわからんがとにかくやばい!は、早くこいつを説得できねば何か致命的なことが起きそうな気がする)
為雄はアンナに背を向けて歩き出しながら、一人心の中で焦りをあらわにしていた。その予感が確かに当たっていたことに気が付いたのは、その致命的なことが起こった後の事だった。